第30話 バーベキュー海岸編

 夏である。

 海である。

 日焼けをしない、私の異常に白い肌。

 そんな私でも、海へ駆り立てるような衝動に駆られる時がある。


「ねぇ店長、今度のお休みいつかしら?」

 お得意様のバーのママから声を掛けれた。

 ママとはいえ、私と年はそう変わりない。

「特売明けですから、水曜日ですね」

「ねぇ、海に行きませんか?」

「海ですか、何年も行ってませんね~、いいですよ、でも突然なんです?」

「いや、お肉頂いたのよ、お客さんから、店の女の子も誘ってバーベキューしましょうよ」

「あぁ、そういうことなら、ビールサーバー用意しますよ、海岸でなま飲めますよ」

「いいわね、じゃあ水曜日ね」


 飲めない私が、車を出すことにして、いざバーベキューである。

 当日、『つう』の夫婦と友人一人と現地集合にした。

 ママ達が肉。

 私が酒、ドリンク。

つう』夫婦が野菜

 もう一人の友人が『つう』と折半でバーベキューセットを購入した。


 現地までのドライブは楽しく、ママと2名の女の子を乗せ、私は上機嫌である。

 あいつら、誘わなきゃよかったな、などと考えていた。


 現地に着くと、『つう』達はすでに到着済みであった。


 皆、更衣室で水着に着替え、いざ海岸へ。

 ママ達の水着は、車内で見ていたのだが、

 いざ目の前にすると、やはりいい。

 デザイナー、グッジョブである。


 簡単な紹介を終え、『つう』夫婦は砂浜でなにやら、話し込んでいる。

つう』の水着は、一昔ひとむかしいや、二昔ふたむかし前のパツパツの地味な水着である。

 ママ達とは別の意味で人目を惹いていた。

 しかし、『つう』の奥さんほどではない。

つう』の奥さんは、その日、海岸で一番の注目を集めていたのである。


「ねえ、店長、アレ、マジ?」

 女の子が、小声で耳打ちしてきた。

(う~ん、どうかな~、ギリギリ警察沙汰かな、アウトだろうな)


 書きにくいのだが、その…下の毛が…。

 ボワッと水着から大きく、はみ出ているというか、

 水着の面積 < 下の毛というか…。


 ちょっと、人気ひとけのない砂浜へ移動を余儀なくされたわけである。


 海の家からは、少し外れるが、まぁトイレもあるし、ほかに人も居ないし、

 ここはこれでOKである。

 ひとしきり、海を堪能して昼食時間になる。

 私は、サーバーの用意をして、ママ達は手際良く肉を切っている。

 友人はバーベキューセットの準備と、火起こしである。


 問題は、野菜班『通』夫婦であった。

 おおかた、野菜は切ってくるものだが、まさかの土つきの新鮮さである。

 しかも大威張りで…。

「朝採ってきたウチの野菜だ、地元でも一番の野菜だ、そうそう食えねえぞ」

 一応、商売柄なのか凄い!! とママは喜んで見せてはいたが、

 持ってきただけで、洗うも無ければ、切るもない、水着同様、豪快な夫婦である。


 とりあえず、私とママが海の家で台所を借りて野菜を洗い、

 女の子が切り出した。

 持ってきた野菜も、ニンジン・キャベツ・ピーマン・トマト・きゅうり・枝豆

 盛りだくさんである。

 困難を極めたのは、枝豆である。

 バーベキューで生の枝豆?

 焼いたことないな~。

 枝ごとだし…。

 友人が、無言で枝豆をむしっていた。


 その間、『つう』は嫁をほったらかして、岩場でウロウロしている。


 若干、女の子が不機嫌になってきいたのだが、

 嫁はポツンと砂浜に腰を降ろしたまま微動だにしない。

(動かざること山のごとし)


 枝豆は、ほっておいて焼き始めるとテンションも上がる。

 野菜も旨いのである。

 友人が、焼きそばを購入していた。

 シメは焼きそばか、グッジョブである。

 鉄板に麺を入れようとすると、食通の『つう

「火力を上げるぞ、焼きそばは強い火力で焼いた方が旨い」

 と、炭と着火剤を追加する。

「そして、ビールだ、桜雪、さすがだな!! 解ってる!! ビールを入れると旨くなるんだ」

 と親指をグッと突き出す。

(知らなかったが、そうなのか?大丈夫か)

つう』は、私の心配を他所よそにドバドバとビールを鉄板に注ぎ込む。

 最初こそ、勢いよく蒸発していったビールだが、

 薄いとはいえ鉄板に並々と注がれたビールは鉄板を冷し、

 すでに麺がビールの海で泳いでいた。

「火力が足りないんだ」

 と、さらに着火剤と炭をぶち込む『つう

「あのさぁ、鍋でもそうだけど、沸点を超えないと蒸発しないんだよ、水を張った紙を下からあぶっても穴開かないでしょ」

「理屈はいいんだ!!」

 火力は増していく…熱いだけ…。

 一同が、徐々に鉄板から離れていく。

 とても側に寄れない。

 砂浜で火事である。


(下は大火事、上は洪水、な~んだ?)

 答えはバーベキューである。


 もはや、『つう』夫婦以外、鉄板から離れていた。


 しばらく海遊びを楽しんで、海の家でアイスなど買い、日も落ちつつある時間、

 あの砂浜へ戻った。

「どこ行ってたんだ?」

つう』が手を振っている

「帰ろうぜ」

 声を掛けると

「いや、焼きそば食えるから」

 と紙皿に、山盛りの焼きそばが用意してある。

「えっ、もういいよ」

「せっかく作ったんだ、食えよ」


 どうやら、夫婦は、焼きそば作りに没頭していたらしい。

「いや、いいから、なんか臭いし」

「まぁ、せっかくだから…」

 とママが全員分、取り分けた。


 皆、しぶしぶ口に運ぶが、なかなか2口目にいかない。

(まずい…なんか臭い)

 ビール臭が凄いのである、そこに不思議な風味が混ざるのである。

 ジャリッとした食感が、なんとも不愉快だ。


「どうだ、海鮮焼きそばだ」

「海鮮?」

「おう、さっきカニ捕ってたの、俺」

 岩場でウロウロしていたのは、小さいカニを捕っていたのだ。

「ジャリッとしたのは、カニか?」

「風味が出てるだろ、旨いだろ」

「いや、不快だ」

「えっ、海藻も入れてんだよ、コレ」

 紫の海藻が砂浜に散らばっているのは、そういうことか。

 ビールに混ざった生臭い香りはコレだな。


「食えよ、旨いんだろ?全部食えよ」

 私は、みんなの分を鉄板に戻した。

「オマエが全部食い終わるまで待ってるから…食えよ美味いんだろ?」


「解ったよ、食うよ!!」

つう』は、2分しないうちにギブアップした。


 片づけて、彼達と別れた。

 ママ達は、マズイ焼きそばより、あの夫婦のインパクトが強かったようだ。

「あんな人達いるんだね~」

「友達なの?店長?」

「いや、知り合いです、ただの…なんかすいません」


 その日の夜、友人から電話があった。

 私の日焼けの心配と、『つう』のその後である。


 帰り道、『つう』は、リサイクルショップに寄って、

 店主が必死で断っているのに、焦げた鉄板と、

 火事の焼け跡、生々しいバーベキューセットを持ち込んだそうだ。

 いらないという店主が諦めて、500円やるから帰ってくれと言われるまで売ろうとしたそうだ。

 儲かった、儲かったと上機嫌だったらしい。

 悪いと思ったのか、残った枝豆は店主に渡したらしい。


 電話を切り、その夜、私は全身の日焼けによる激しい痒みと、

 な腹痛に悩まされるのであった。


 次回 バーベキュー登山編

 山編である。

 山菜編なのである。

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