第22話 好きだからって、いっぱい食えるわけじゃねえ

 冬の水族館。

 なぜ、ここにいるのだろう。

つう』は、オレンジジュースをブクブク、ボコボコしながら窓の外を眺めている。

「ねぇ、あのカラス、さっきから飛んだり、降りたりしてるけど、何してるんだろう?」

「貝かな?、硬いモノを上から落として、割って食うんだよ」

「えっ、マジ?カラスって頭いいんじゃね、真っ黒なクセに」

(悪かったな、黒ずくめで)

 私は、その日、黒のスーツに黒のコートだったのだ。

 外では、カラスが貝を空から落とし、割って中身を食べている。

(コイツより頭いいんじゃないだろうか)

 目の前でジュースをボコボコしている、おっさんより、強風の中、知恵を振り絞って生きているカラスのほうが、立派に見えるから不思議である。


「なあ、なんで真冬に水族館なんだ?」

「あ~、急に思い出したの、お前と、この水族館来たことあるじゃん」

「あるね」

「お前、あんとき、水槽にサイフ落としたじゃん」

「落としたね」

「それを思い出したら、来たくなったの」


 私は、この水族館の大水槽の中に、サイフを落としたことがある。

 正面の大きな水槽は2階から見下ろせるのだ。

 私は、つい身を乗りだして見てしまった。

 胸ポケットから、長財布がポロッと落ちて、大きなエイの背中に乗っかったのだ。

 私は、水族館の受付嬢に、事情を説明した。

 ダイバーが大水槽で、サイフを、くっつけたエイを探し回収するまで、10数分、水槽の外から係員がエイを捜索し、ダイバーに指示をだす。

 ダイバーは水槽内を、エイを追いかけて……悪戦苦闘である。

(その節は、本当に申し訳ございませんでした)


 私は、水族館が好きだ。

 エピソードも多い。

 一番、申し訳ないことをしてしまったのは、通路展示のカニを逃がしてしまったことだ。

 あの日、通路に小さな水槽が、いくつも展示されていた。

 中には、クラゲや魚、そして、あのカニがいたのだ。

 あきらかに、水槽のサイズとカニのサイズが噛み合っておらず、ひどく窮屈そうであった。

 私は、なにげにフタを外した。

 カニを両手でそっと持ち上げると、カニは縮まっていた足をゆっくりと伸ばし、グニグニ動かし始めた。

 思いのほか、大きかったので、1回床に置き、カニから手を離した。

 カニは、ゆっくりと動いていたはずであった……。

 ちょっと目を離した隙に、カニが、とんでもねぇスピードで、通路の向こう側へ走り去った。

 ガサガサガサっとね。

 通路の向こうから、ギャーという悲鳴。

 私は、水槽のフタだけ戻して、その場を離れた。


 何十分かして、水槽の前に戻ると、人だかりができている。

(あぁ、カニは戻ったのだな)

 と思ったのだが、皆が足を止めていくのは、カニを探しているからであった。

 カラの水槽を真剣に眺め

「アレがそうじゃない?」

(それは藻だよ、お嬢さん)

「いや、木の中とかに入って見えないんじゃない」

(そんな小さくないんだよ、あのカニは)


 本当に申し訳ない。


 さて、真冬の水族館。

 ペンギンと白熊だけは絶好調である。

 しかし、屋外水槽は、室内ガラス越しにしか見れない。

 屋外は解放されていないのである。

 真冬だから。

(つまらない)

つう』は、楽しそうに、電気うなぎの水槽を叩いている。

(感電したらいい)


「みて、俺が叩くと、上の数字が上がるんだよ」

「電気だしてるんだよ、牛でも殺すほどの電気らしいよ」

「マジで、俺、耐えられないな~」

「いや、試してみろよ、なんとか水槽のフタ開けてやるから、手を入れてみてくれよ、頼むから」

「ビリッとくるのかな、ビリッと」

「いや、俺、感電したときは、ドゥーンって感じで、重い痺れだったな」

「マジ、マジ、お前、感電したことあるの?」

「あぁ、わりと最近だ」

「オホホホホホ、バカ!!」

(馬鹿にバカ呼ばわりとは……ナチュラル・ボーン・バカに……)


「ハラ減った、なんか食べようぜ」

「レストランあったな、行くか?」

「バカ、こんなとこで、何食ってもマズイんだよ、俺の、おすすめの店行こうぜ」

(また、バカ言われた……あぁ、あの口に電気うなぎを突っ込んで、体内から感電したらいい)

 ちょっと、想像してみても面白いのだ、そうなったら心の底から笑える気がする。

 いつか、私も心から笑える、そんな日がくるのだろうか?


 水族館をでて、車で、1時間30分以上走っている。

「まだ、着かないのか?、俺の家通り越してるんだが」

「大丈夫、もうすぐだから」

 隣の市まで走りました。


「ここだ」

 小さくて、ぼろいラーメン屋だな。

「ここの、ニンニクが旨いの」

「ラーメンじゃなくて、ニンニク、食わせる気なの?」

「超、うめえから」


「チャーシューメン2つと、焼きにんにく3つ」

「3つも食うの?」

「旨いんだって、ペロッと食えるよ、ペロッと」


「お待ちどうさまでした」

 運ばれた、丸ごとにんにく3個。

 見ているだけで、胃もたれしそうだ。

 彼は、にんにくの皮を剥き、ホクホクの実を旨そうに食う。

 確かに、3欠片くらいまでは、いいペースであった。

 1個食べる頃には、完全に飽きていた。

「食えよ、お前も、超旨いから」

(こいつ、食えなくなったから、薦めてきやがった)

「いや、俺いいよ」

「食えよ、身体にいいんだって」

「いや、いいよ、好きなんだろ?ペロッと食えよ、あと2つ」

「お……おう」

つう』は2個目を剥き始める。

 1個の中身を全部出す頃には、完全に冷めていた。

 ラーメンにボチャッと放り込み、ラーメンと一緒に流し込むように食った。

(そうきたか、考えたな)

 3個目である。

 冷めて、ホクホク感もない。

 ラーメンも、スープまで完食。

 お冷は何杯目だ?

 異様な音のゲップが止まらなくなっている。

 臭いうえに、見ているだけで不愉快だ。


「残せば?」

「えっ、いや食べるよ」


 数分間、にんにくを見つめている。

「すいませ~ん。袋ください」

(まさかの持ち帰り?)


「いや~、親父が好きなんだ、にんにく、あんまり旨いから、持って帰るよ」

 なんだか、青白い顔して、にんにく臭い中年が、虚勢を張る姿。

 これ以上、しゃべらせるとリバースしそうな顔。

(これ以上、追い込むと、俺が危ない)


「帰るか?」

「おう、ちょっと待て……」

(えっ、まさかのココでリバース?)


「すいませ~ん、メンマ1Kgください」

「はっ?」

「メンマ旨かった、ココにキロ売りしてるって書いてある」

「買うの?メンマ1Kg?業者?」


 車の中で、臭い息をまき散らしながら、メンマ1Kgとにんにく1個を大事そうに後部シートに置き、彼は家路についた。


 私の服まで、にんにく臭い気がする。

 あのメンマ差し出されて、家族はどんな顔をするのだろうか?

 毎日、みんなでメンマ食うのだろうな、と思うと身内でなくて本当に良かったと思った。


 なぜ、彼は旨いと思うと、食いきれない量を欲するのであろう。

 欲は身を滅ぼす。

 私に口うるさく言う彼だが、身を以て学んでいるから言えるのであろう。

つう』のフリ見て、わが身を正そうと思う。



 次回 1カラットのダイヤモンド

 大きけりゃそれなりに……。

 でも、お高いんでしょう?

 なんと、今なら……。

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