第23話 1カラットのダイヤモンド
「彼女にさぁ、プレゼントしたいんだよ」
前述の初彼女へのプレゼントである。
「なにをプレゼントするの?」
「いや~、結婚したいと思ってるんだ」
薄くなりつつ頭を掻きながら、真顔で言いだす、2段飛ばしの発言である。
「つきあって、どのくらいだっけ?」
「1週間」
「あ~、いきなり結婚とか嫌がられない?」
「いや、彼女嬉しいって言ってたよ」
「あっ、彼女には、もう言ってんだ」
「もちろんだよ、初日に言ったよ」
「あ~そう」
「おう、彼女、そしたらさ、俺の気持ちが知りたいからって、指輪頂戴だって」
(あ~、騙されてるな~)
「あのさ、最初のプレゼントだし、もうちょっと軽いモノにしたら?」
「お前さ~、ちょっと大人になれよ、女性と付き合うってことはさ、将来を考えてさ、きちんと…こう…なんていうか…あーっ!! ちゃんとしたの贈りたいんだよ」
「予算いくらなの?」
「5万くらいかな」
「結婚前提のお付き合いで、予算5万?」
「おう、そんなんもんだろ指輪なんて」
(まぁ、どうでもいいや)
「高校生とガキみたいな付き合いしてる、お前には解らないと思うけど、大人の女はさ、グレードが違うわけ、彼女も、俺の誠意を求めてるわけよ」
(違うと思うな~、彼女が求めているモノは、もっとこう、具現的な、物理的な、輝きのような気がするよ)
彼は興奮気味に、誠意と真心を私に訴え続ける。
(なんか、気持ち悪い)
当時、ストーカーという言葉は無かったが、完全に一歩手前の情熱である。
そう、やや方向を間違った情熱だ。
「これ、彼女の写真」
差し出された写真は、派手な髪色のポッチャリの最上級というか、まあ形容しがたい…たくましい腕をした、安いトンカツ用お肉に化粧をしたような女性である。
「そうか…」
私は、それ以上、なにも言わなかった。
なんか、笑っちゃいそうだったのである。
それまでの彼との嫌な思い出を、全部、帳消しにしても余りが出るような、
面白いことになりそうな予感と期待が、止められなかったのである。
翌週、『
いわゆる、百貨店に彼を連れて行った。
ブランドショップが並ぶフロアで、彼は異常に浮いていた。
(ドレスコードって言葉知ってるのかな?)
別に、百貨店にドレスコードはないが、TPOは、どこにでも存在するのである。
それは、他人が決めることではなく、自分で平均値を探る能力と思っている。
そういうことに無頓着な人間はいる。
私が思うに、それは、上にも、下にも両極端であることが多い。
『
当時から今に至るまで、一貫して変わらない、そしてこの先も普遍的に変わらない彼への、私の評価である。
『
苦手ではない。
そもそも文字という認識すら、しないのではないか、というレベルである。
彼はブランドに無知である。
『POISON』プアゾンをポイズン。
『Chanel』シャネルをチャンネル。
良く聞く、笑い話である。
彼は、そんな間違いは冒さない、読まないのだから。
「ここにする」
と彼がズカズカ入ったのが、『Chanel』であった。
「あぁ、俺ちょっと、他見てから行くわ」
(一緒に入りたくないから)
と、心で付け足して、少々遅れて入った。
「ようこそ、いらっしゃいませ」
深々と、お辞儀して迎える、綺麗な女性の店員さん。
フワッと香る香水が大人の女性の魅力を惹きたてる。
「あぁ、今日は見に来ただけなんで、軽く見て帰りますから」
「左様でしたか、では、なにかありましたらお声掛けください」
と、お辞儀して、私の視界から外れない程度のところで控えている。
(なんか緊張する)
『
「いや、彼女にプレゼントしたいんですよ」
「何をご所望でしょうか」
「指輪」
「アクセサリーはこちらでございます」
「いや、指輪が欲しいの」
「えっ、あっ、ご予算をお聞かせいただければ、何点かご用意いたしますが」
「予算、3万で」
(下がってる)
「3万ですか…それならば、アクセサリーより、香水とかはいかがでしょうか」
「香水なんかいらないよ、指輪を見せてください」
「はぁ、かしこまりました…リングですとちょっと、ご希望に沿うものをご用意できませんので、他のアクセサリーを、ご用意させていただきます」
綺麗な店員さんは、何点か見繕ってくれた。
「お待たせいたしました、ご予算に近いものを、数点ご用意させていただきました」
(シャネルのアクセサリーで3万円って、何が買えるんだろう?)
『
「えっ、これだけ、いや~指輪が欲しんですよ、あのね、結婚を考えてるの、それなりの指輪を見たいんですよ」
「あの~婚約指輪をお求めなんでしょうか?」
「あ~そうだね、そう言えば良かったんですね」
「あっ、えっ?」
とまどう店員さん。
「あのね、1カラットのダイヤモンドをください!!」
(え~!!?)
一瞬、彼の方を見る、先ほど私に声を掛けた店員さんも彼を見ていた。
その店員さんと目が合うと、店員さんは、苦笑気味にニコリと笑った。
やれやれホントにコレだから、もう…あっ、ご心配ないですよ。
といった顔である。
(やっぱ他人のフリして良かった)
私は店内を後にした。
少し離れたところから、『
少しすると、彼がキョロキョロし始める。
(俺を探してるんだろうな~)
私は『
しばらくフロアをフラフラと、うろついていると、彼が戻ってきた。
「なんか、買った?」
「いや、それが、あの店ダメだわ、全然、指輪見せてくれないの」
「そっか、ヒドイ店だな」
「あ~、香水しか薦めねぇんだよ、俺はダイヤの指輪が欲しいって言ってんだよ」
「そう、ダイヤが欲しいんだ」
「彼女がね、欲しいって言うんだよ」
(あの指だもんな~、1カラットくらいないと、指輪してても解らなそうだもんな)
「彼女のサイズいくつなの?」
「はっ?サイズ?なんの?クツ?」
「指輪のサイズ」
「???、コレくらい?」
と、親指と人差し指で輪をつくる『
色々、言いたいこともあったが、どうでもいいやと思いました。
その後、自分でルビーの指輪を購入して、渡した日にフラれたのである。
ローンは親が田んぼを売って、払ってくれたそうです。
次回 ワンタンメンのワン抜き?
食通って、なんか調節したがるよね。
「なんとか、薄めで」みたいな。
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