第24話 ワンタンメンのワン抜き

つう』は、猫舌である。

 1話から、お読みいただいている方は、お気づきかもしれないが、

 彼の外食レパートリーは、ラーメン・カレーしかないくらい偏っている。

 お忘れかもしれないが、彼は食通を気取るのである。

 初心に戻るべく、食通気取りの話を書いてみたいと思う。


「わんたんめんのワン抜きで!」

 タイトル通りの出オチである。


 ある日、私は『つう』と蕎麦屋で昼食をとっていた。

 寒い日、私はうどんを頼んだ。

「煮込みうどん、すいませんけど、しいたけを抜いてください」

 私は、しいたけが嫌いだ。

 香り、味、見た目、すべてが嫌いだ。

 何に入っていても、自己主張してくる、厚かましさが嫌いだ。

「しいたけ旨いのに」

「お前が旨いという理由のすべてが、俺の嫌いな理由のすべてだ」

「なに言ってんの、お前」

 その日は、とりたてて、不愉快になることもなく、食事を終えた。

 まぁいつもクチャクチャ喰いだから、今さら何を言わんかだ。


 翌日、夕食をファミレスで、『つう』と友人数人で済ませた。

 私は、軽めにサンドイッチを頼んだ。

「サンドイッチのセット、パセリ抜いてください」

「なんで、抜くの?」

「嫌いだから」

 私は、パセリが嫌いである。

 刻みパセリは好きだ、メニューしだいでは、むしろ無いと不満になることもある。

 1本状態のパセリが嫌いなのである。

 モサモサ、パサパサ、飲み込めない、

 軽くミントのような不愉快な爽快感がジワッと口に広がる感じが嫌だ。

 何かと一緒に食べても、確実に、最後まで口に残る、

 最後は例外なく水で流し込むことになる。

「昨日も、しいたけ抜いてたよね」

「ああ、残しても悪いしな」

「はぁ~、そういうこと」



 翌週、『つう』と昼食をとっていたときのこと、

 彼が注文の際こう言った。

「あぁ、このミックスプレートお願いします、すいませんけど、グリーンピース抜きで」

「嫌いなの?」

 私が聞くと、

「あぁ、なんか邪魔じゃない、味が混ざるっていうか」


 別の日、彼が、

「から揚げ、お願いします、レモンいりません」

「別に、あっていいじゃん」

「俺、から揚げにレモン、意味わからないヒトだから」


 別の日、『つう』が、

「紅しょうが抜いてください」

「お前、紅しょうが好きじゃん」

「いいの!今日はいいの!!」

「いつぞや、牛丼食いに行ったとき、ポケットに、いっぱい持って帰ってたじゃん」

「いいの!抜きたいの!!」


 どうやら、『つう』は注文の際、

 自分の感性で合わないモノを抜く、ということにハマったようである。

 完成から、ひとつ抜くことで、自己主張したいようなのである。

 好き嫌いではないのだ、

「ナニナニ抜きで」と言いたいのだ。

 前述の『~ポイズン』のようなもので、言いたいだけで中身はない。

 ただ、残念ながら、食事のバリエーションが著しく乏しい『つう』は、

 付け合せとしての食材しか抜けないのである。

 ゆえに、グリーンピース、レモン、紅しょうが、などになるのだ。


 そして暴走していくのである。


「ドレッシング抜きで」

(ドレッシングはどうなさいますか?の返しである)

 テーブルの醤油で食べていた。


「ソース抜き!! 味ごまかされちゃうよ」

(ステーキ屋でソースはどうなさいますか?の返しである)

 まさかの、焼いた肉そのままである。


「氷抜きで」

(お冷である。ラーメン屋で、抜くものが無かったときの苦肉の策である)


 その都度、得意満面の仕草が、腹だたしいのである。


「お前さあ、その何とか抜きで~っての、やめたら?」

「あのさぁ、お前はさぁ、ただ食べるだけじゃん、俺は食べ物を、自分の味覚に合わせたいのよ、違うなっていうモノが、何となくで乗っかってるだけなんだって店にも気づいてほしいの」

「偉そうだな、お前、ロクなもの食ってねぇのに」

「お前より、いいもの食ってるよ!!俺の家は地元でも、1番の農家だぞ!!食い物の良し悪しなんて産まれた時から、自然と仕込まれてんだー!!」

「あっ、そう」

「お前と一緒にすんじゃねえよ、お前は味覚バカだから、旨いモノを知らないから好き嫌いが多いんだよ」

「あっ!?旨かったか?この間のステーキは?」

「あぁ、旨かったよ」

「ほとんど残しただろ、醤油やらコショウやら、ぶっかけた挙句に」

「…少し食えば解んだよ」


つう』の実家は農家である、1番かどうかはしらない。

 おそらく根拠はない。

 彼曰く、代々、地主から、一番広い土地を借りて農業を営んできた一族なのだと豪語する。

 それは、ただ親戚が、近所で寄り添うように生きてきた、小作人の一族だと私は解釈したのだが、彼が、なぜそれを自慢に思うのか、未だに解らない。

 農業だけでやっていけず、冬季には、米菓工場にアルバイトに行っている、ご両親のことを考えるに、彼の言動と現実には、大きな隔たりを感じずにはいられない。

 借金の大半は、彼が作ってくるのだ。


「これを買えば、農薬撒きが楽になるんだ」

 と扱えもしないラジコンヘリを数十万のローンで購入、

 そのラジコンヘリでは農薬を撒けないことに、その後気づく。


「ドリフト?俺、得意だよ」

 冬の圧雪でハンドル切って、スリップして、ガードレールに激突からの廃車。


 みたいに借金を、雪だるま式に増やすから、ご両親が大変なのだ。


「すいません、注文おねがします」

 言葉に詰まった『つう』が、注文を。

「わんたんめん……ワン抜きで!!」


 それは、ラーメンなのかい?

 タンメンなのかい?



 次回 マイブームは蕎麦

 次回も食通全開、いや全壊でお送りします。

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