第25話 マイブームは蕎麦

 食通とはこじらせると、インフルエンザよりタチが悪い。

 インフルエンザと違い、感染しないことが幸いである。


「サムラッイ♪ サムラッイ♪」

 カラオケボックスで、熱唱する『つう

 日本人は農耕民族である、遺伝子には農業への想いが受け継がれている。

 そう語る彼は、なぜかサムライという言葉が大好きである。

 好む曲も、サムライのフレーズが入る曲が多い。

『ラ』と『イ』の間の『ッ』がイラッときます。


 その日の『つう』は、ご機嫌であった。

 私を含む、数名をカラオケボックスへ呼び、

 絶好調で歌い終えると机に、植物の種を広げた。

「コレ何だかわかる?」

「何の種だ?」

「ソバだ」

「へ~、どうすんの?」

「育てるんだよ」

「お前の親父、今度ソバもやるの?」

「俺が育てるの!」

「あ~やめとけば、なんか腐らせそう」


つう』の話によると、村の寄合で農業を継ぎたいと、

 どっかの爺さんに話したら、

 その気があるならとソバの種をくれたのだそうだ。


「ソバって、荒れた土地で育てるんだろ、確か?」

 私の、うろ覚えの知識である。

「へぇ~そうなんだ」

(お前は知ってろよ!!)


「とにかく、やるぞ!! 俺は、ソバを実らせて親父を納得させるんだ!!」

 と意気込んでいる。

「お前にも蕎麦…俺が打った蕎麦を食わせてやるぞ!! きっと旨い、絶対旨い」

(栽培だけじゃなくて、蕎麦を打つの?お前が?よしてくれよ)


 育てる過程を、すっ飛ばして、すでに蕎麦を食すところに頭は行っているのである。

つう』は、常に成功のイメージしか持たない、パチンコでも勝ったときの話しかしない。

 仕事でもそうなのだ、だから、下からのぼるような現実を受け入れられないので、

 すぐに挫折して投げ出すのである。

「俺にやらせれば、もっとうまく出来るんだ、全然解ってねぇ」

「みんな、俺に嫉妬してるんだ、俺に抜かれるのが怖いんだ」

つう』の口癖だ。

 自己採点は、常に満点なのである。

 当然、ソバも栽培のためのノウハウも、打ち方も解っていない、

 しかし、すでに頭の中では『ざるそば』が出来上がっているのである。

 途中が解ってないのだからしかたがないのだが。

 種を撒いたら、『ざるそば』が食えるのである。


 実家でも、農業をやっているとは言うものの、

 実際は田んぼの周りの草むしりをしているだけなのだから、

 農業体験より薄い経験しかない。


「デュエットしようぜ!」

 なぜに男しかいないのにデュエット?

「ロンリーチャップリ~ン♪」

 テンションハイなバカの歌声は、リズムを大きく外れ室内に響くのであった。

 土管の上で歌う、あのガキ大将のリサイタルのような一夜であった。

(なんとかしてくれよ、どら〇もん)


つう』のイメージでは、

 ソバが大量に実り、親父に褒められ、後を継ぐかと言われる。

 秘めたる才能の覚醒である。

 彼は、農耕民族のエリートであるのだから。

 気位だけは、どこぞの漫画のエリート戦士のイメージだ。

(俺がサ〇ヤ人、No1だ!!)


 農業エリートであり、食通でもある『つう』は、

 ついに作る側でも才能を開花させ蕎麦を打つ。

 これが、大絶賛なのである。

 村おこしの中心となるほどの絶品蕎麦をもとめ、一気に賑わう村。


つう』は翌年から、ソバ作りの神様として、そして蕎麦打ちの名人として、

 弟子を育てながら、これから暮らしていくのである。


 そんなことを考えていたんだと思う、なぜなら『つう』は私に、こう言ったからだ。

「お前にも、PR活動やら県外にも営業かけてもらわないとな」


 軽く調べてみたのだが、ソバというものは、荒地で育てるようだ。

 つまり、米どころとして有名な、彼の村では栽培が難しいのである。


「いや~種を撒いたよ、お前にも見せるからな、育つところを、芽が出たらメールで送るよ、興味あれば見に来いよ、食うばかりじゃなくてさ、自分で育てて、それを食べるって、避けては通れない道だったんだな」


 そんな内容のメールが届きました。

 誤字、脱字だらけでしたが、そのようなことが書いてありました。

 参考までに

『見せるからな』は『見せる~な』

『育つところを』は『そ脱と頃を』

 という感じです。

 変換するタイミングがデタラメなのでしょう。

 いつものことですが。


 それから、1か月、音沙汰がありませんでした。

 その後、『つう』が食事に誘ってきたので聞いてみました。

「ソバどうなった?」

「アレ、なんか芽がでなかった」

「あ~そう」

「うん」

「親父なんか言ってたか?」

「いや何も、何も言わなかった」


 その日は、蕎麦を食べました。

「お前に食わせたかったんだ、蕎麦…すまん」

「気にするなよ、ミジンコほどにも期待してなかったから」


つう』のエリート農耕民族の血が覚醒するのは、まだ先のようである。


 ソバの花言葉 『あなたを救う』

 誰か、私を救ってください。なんか時々、辛いんです。



 次回 こだわり

 食事とは、箸からタバコまで一連の流れで完結するらしい。

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