第21話 廻るお寿司

 私は、高校まで、寿司を食べたことがなかった。

 生ものという響きに、並々ならぬ抵抗が強かった。

 初めて食べたのは、アルバイト先のまかないである。

 日本海に面した旅館で仲居のアルバイトをしていたのだ。

 断わっておくが、私は男だ。

 仲居は忙しい、掃除、布団敷き、食事の配膳、各部屋の接客、etc。

 休む暇もない、忙しさなのである。

 カップラーメン1個ではもたないのである。

 ところが、まかないが……。

 刺身である。

 ちらし寿司である。

 握り寿司である。

 魚ばっかである、生魚率が異常に高い。


 私は、空腹であった。

 ある日、騙されたと思ってと刺身を薦められた。

 意を決して食べてみた、醤油をたっぷりつけて、ワサビを利かせて口の中へ、

 舌に乗る、生の感触は馴染のない食感であったが、味はそれほど感じない。

 まぁ、これならばと食べているうちに、ひと夏で寿司を好きになりました。


「……というわけで、寿司食えるようになったんだよ」

「ほぉ~寿司か、いいよね、シンプルなだけに、ごまかせない、いいなぁ~食いに行くか?」

「えっ?」


 私は、『つう』が寿司を食っているのを見たことがなかった。

 嫌いだと思っていた。

 寿司に限らず、生魚を食べているのを見たことがないような気がする。


 良く考えれば、水と米を語る『つう』、

 某、激安外食チェーン店をハードリピートする『つう』、

「米が違うんだよ、米が!解る?完全新米、完璧だよ」

 そこのコメは、古米、古古米、外国産などを機械でブレンドし、品質を安定させている、ITブレンド米である。

 コストの高い、国産新米など入ってないのだ。

 地元の新米しか口にしないと豪語する彼の舌を唸らせる。

 技術とプログラマーの勝利である。


 余談だが、

 私が、修学旅行で日光へ行ったとき、米がマズイ、水が臭いなど旅館で文句を言い食事を取らなかったクラスメートがいた。

 私は普通に食えたのである。

 コレはコレと気にならなかったのである。

 むしろ、米や水なんかより、日光まで来て、おかずが、とんかつであったことのほうが、なんかちょっと、違うなと思っていた。

 修学旅行中で一番美味しかったものは、京都の旅館で、お茶うけで用意されていた生八つ橋が一番であったことは認めるが、食えないほどマズイのかと言われれば、

 いかがなものか?


 私から見れば、あのクラスメートと似たような彼ではあるが、

 一応、米農家の長男である。

 本家の長男であることだけが、彼の誇りであり、

 ゆるがないアイデンティティだ。

 その重圧は、私には、一生解らないそうである。

 米に関しては、自分の右に出るものはいないのである。

 何度、失言しても、めげない政治家のようである。


 そんな『つう』、一押しの寿司屋、『有名妖怪』寿司であった。

 CMでおなじみの、あの店である。

 廻ります、乾いた寿司ネタが廻ってます。

 赤身が、シャリの上で反り返っても廻りつづけます。

 反り返った赤身、2周目です。

 その後ろを追いかけるのは、シャリからずり落ちた赤エビだ。

 死して、なお鮮度を強調したいのか!!

 ゾンビか!!

 死んだら動くな!!


 絶対、取りたくない。


 とりあえず、カッパ巻に手を伸ばした。

 高さガタガタ、なに階段?

 オーダーして、赤身を頼んだら、

 やっぱり、シャリからネタが落ちてます……。

 事故だよ。

 見た目、一口サイズの赤身定食だもん。

 完全に食べる気無くなりました。


 常連の『つう』が食べたもの。


 たまご

 厚焼きたまご

 ハンバーグ

 たくあん巻

 わかめうどん

 豚汁

 フライドポテト

 メロン

 チョコケーキ


 魚ひとつも食わねえ……。

 わかめ以外はシーフードですらねえ……。

 なんで、皿に溢れるほど醤油入れたの?


「いや~旨かった」

 満足している『つう

「いいよね、安いよね、寿司旨いし」

「お前、寿司ネタ食ってねえじゃん」

「食べたよ、俺、寿司好きだもん、あっでもアレ食べてない、からあげ!!からあげ旨いんだよ」

「魚、食ってねえだろ」

「魚……あ~、なんか死んだ肉って感じで、ちょっと抵抗あるんだよな、煮るなり焼くなりしてくれるとね」

「お前、寿司嫌いだろ」

「寿司好きだよ、寿司はコメ関係ないから」

「関係大ありだろ」

「無いよ、ちっさいおにぎりみたいなもんじゃん、お前さ、おにぎりに魚の切り身入れる?入れないでしょ、そういうこと」


 何が言いたいのか、さっぱりわからない。

 コメじゃん両方。

 例え下手すぎである。


 その後、海岸にて

「コレなに?気持ちわりい」

「アメフラシだね」

「アメフラシ?なにそれ?」

「つつくと、紫の液だすよ」

「うそ、やってみよ……うわっホントでた」

「食えるの?」

「さぁ、食えるとは聞いたことない」

「コレは?」

「なまこだね」

「なまこは食えるんだよね」

「食えるよ」

「よし、コレ家で食うわ」

「えっ、さばけるの?」

「帰り本屋で、調理本、買って帰る」

「どうせ食わないでしょ?」

「食べるよ、俺、なまこ好きだよ」

 なまこ知らなかったじゃん。


つう』は、本を購入して帰った。

 夜、メールしてみました。

「なまこ、食べた?」

「猫に盗まれました。残念。」


 うそつけ、サザエさんか!!



 次回 好きだからって、いっぱい食えるわけじゃねえ

 水族館から馬刺しを経てニンニクへ。

 なんのことか解らないでしょうが、そんな話です。

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