第20話 内部分裂

つう』が、幾度目かの無職になって、早幾月。

 自分が無職になったことを認めたくない彼は、実家の農家を継ぐ、

 日本人は農耕民族だ、などと脱サラリーマン宣言を散々ほざいた揚句に、

 ようやく職安通いを始めていた。


 私には信じられないのだが、『つう』は、よく職安で知り合いをつくる。

 ある日、就職活動の進み具合を尋ねると、

「職安に年寄りが、いっぱいいるんだよ。一緒にお茶とか飲んでるうちに、仲良くなってさぁ、今度、飲みに行くんだ」

「へぇそう」

「俺さぁ、あの人達、尊敬してるんだ」

(毎日、職安に入り浸る人間を?)

「先輩方も言うんだよ、お金なんかいらないって」

(そういえる人は、一回でも大金掴んだ人だけだよ)

「お金は人間をダメにするんだよ」

(お前は、お金のせいでダメになったわけじゃないよ)

「お前もさぁ、あんまり金を追いかけるなよ」

(大きなお世話だ)

「でね、やっぱり人は、若いうちは、苦労したほうがいいんだよ」

(俺は、産まれた時からお金持ちがいい。絶対そのほうがいい)

「お前は、苦労が足りないよ」

(車の1台も自分で買ったことがないうえに、ガソリン代まで親父払いのお前に言われたくない)

「時計買ったとか、車変えたとか、そういうことじゃないんだよ」

(この間まで、ホイールがどうのとか言ってたよね、俺が車をドレスアップするヤツを金の無駄遣いと言ったら、すげー怒ったよね)

「物欲って、見栄だよ」

(どこの宗教にかぶれたの?、その話、だから全財産供養しましょうってパターンじゃないの)

「そんな話聞いてたら、あ~そうだな~って思ったわけ、でさ、お金貸したよ。2千円」

(馬鹿!、金捕られてんじゃん)

「でさぁ、お前のこと話したの、先輩方に。今度連れて来いって、でさ、今度、飲みに行こう」

「俺は、クズにはなりたくねえよ」

「クズって先輩方のことか!!」

「俺は、お前も含めたつもりだが」

「お前は、そうやって、いつも人のアドバイスを聞かないんだ!! 年寄りってのはなぁ、俺たちより経験積んでるんだよ、そういう知恵って聞くだけでも貴重なことだよ」

「職安で、他人に金たかってるジジイから、何を学ぶ気なんだ?」

「俺は、尊敬してるんだよ、あの人達を…先輩たちも言ってたよ。こんな風になっちゃいけないって」

「自らの罪を自覚してんじゃねぇか!!」

「ハァ?、そんな先輩方が困ってるんだよ、政治のせいさ。お前がそんな風になったのも、みんな政治、政治が悪いの」

「先輩方が言ってたか?」

「おぅ、解るか?」

 馬鹿は死ななきゃ治らない、死んで治るんだったら、まだマシだ。


「まぁ、メシでも行こうぜ、お前も心配して来てくれたんだし、それだけでも嬉しいよ」

 と、職業安定所の近くの小さいラーメン屋に入った。

 外から見てるだけで狭い店だな~と思っていたが、入ると本当に狭い。

 カウンターに4席しかない。

 狭く、薄い店なのだ。

「よく来るの?」

「最近ね、たまにだよ、いつも空いてるから好きなの」

 ラーメンだか、なんだか食べたが記憶にも残ってない。


 外に出て、その日は別れた。


 翌週、そのラーメン屋の前を通って、ふと気が付いた。

 看板が反対側にもある。

 別の店の看板がだ。

 ひとつの建物の左右に看板がある、別の店の、しかも両方ラーメン屋である。

(なんだこれ?)


 私は、ただの興味で、反対の店に入ってみた。

「いらっしゃいませ」

 反対の店より若い店主だ。

「あの~、失礼ながら、お聞きしたいのですが?」

「なんでしょう?」

「壁の向こう、別のラーメン屋ですよね?」

「えぇ、師匠の店です」

「師匠?ラーメンの?」

「えぇ、独立の許可、貰ったんですが、開店資金がなくてね、師匠に相談したら、半分やるから、隣でヤレって言ってくれたんですよ」

「はぁ~」

「嬉しくてね、いつまでも頭上がらないですよ」

 嬉しそうに笑う店主。

「でも、いつまでもってわけでもないでしょうに、壁埋めたんですよね?」

 確かに、仕切りとなっている壁は新しい。

「えぇ、師匠厳しいですから、あくまで独立したら、自分に頼るなって、この壁で仕切られたんです」

(話してると、同じ匂いを感じるんだよな~あのバカの匂い)

「店、半分にしちゃったら、あっちの店も大変でしょうね」

「ええ、でも場所代払ってますからね、そこは甘えちゃならないですし」

「大きなお世話でしょうけど、だったら、ひとつの店で、お二人でやられた方が無駄な改装費とかねぇ、タダじゃないんでしょうし、もし、いい場所あれば、出て行かれるんでしょ?そのあと、壁また壊すんですか?」

「師匠、今年いっぱいで店閉めるって言ってましたから、俺、この場所で頑張ろうって決めたんです」

(アイツ系だ。あ~コレ以上言わない方がいいな~)

「じゃあなおさら、壁いらなかったし、普通に師匠の看板貰えば良かったんじゃないですかね、お互いに。師匠、たぶん店を経営するより、家賃収入のほうが良いと考えたんじゃないですか?」

(言っちゃった~)

「いや~師匠はそんな人じゃないですよ」

 笑う店主。

(バカ師弟)


 私は、職安で待つ『つう』のもとへ向かった。

 なんでも、履歴書を書いたので確認してほしいとのことだ。


 職安に行くと彼が自動販売機の前で、数人の年寄りと談笑中であった。

「おぅ来たか」

「あぁ行くぞ」

「いや、待て、紹介します。コイツが桜雪、俺の親友です。なんか理屈っぽいヤツですけど、本当はいいヤツなんですよ。口が悪いだけで」

「あ~聞いてるよ。今度一緒に飲みに行こう。彼が、どうしても私の話をキミにも聞かせてやってほしいっていうんでね」

(話しかけんな!! 寿命のカウント止めんぞカス)

「いくぞ!!」

「まあ待てって、コレでも見て、ちょっと待っててくれよ、なっ」

 と差し出した、履歴書。

 いやに白い部分が多い。

 なんか見るだけで、落としてしまいそうな印象たっぷりのスカスカな履歴書だ。

 履歴書をチェックする。

 誤字脱字のオンパレードだ。


つう』とジジイの話が聴こえてくる。

「いや~俺は、先輩、差し置いて就職なんてできませんよ。先輩方が就職してから、俺の番です」

(謙遜のつもりなのだろうか?)

 彼のほうを見ると、笑ってやがる……。

「いくぞ!!」

「おう、じゃあ先輩、失礼します」

 ハゲが帽子を取って挨拶してやがる……。


 ――ファミレスで、履歴書を返した。

「お前から見てどう?」

「白くて見やすいよ、文字が少ないし、汚いし、漢字に成りきれてない感じが斬新だわ」

「そう、じゃあコレで受けるわ」

「どこ受けるの」

「ココ」

 と差し出した会社案内は、彼が解雇された会社である。

「本気なの?」

「おう、別の部署で募集があったんだ、あの部署は、あいつらホントにダメだったけど、この部署ならいいかなって」

「まぁ頑張れよ」

 どうでも良かった、掛ける言葉もない。

「コツとかある?面接の?」

(面接までいける気でいるのか?)

「あぁ、好きなモビルスーツは、百式ですって元気よく答えろ」

「おいおい、冗談よしてくれよ」

つう』は冗談だと思い、笑っている。

 私は半分本気だった、もう、共通の趣味でしか雇ってもらえないと思った。

 バカ枠が空いてることにかけるしかない。


 その後、コンビニで履歴書を何枚かコピーしていた。

 もちろん彼は、マイベストブレンドコーヒーを飲みながらだ。

「なんで、コピー取るの?」

「いや、履歴書って返してくれないじゃん」

「コピーを送るの?」

「そうだよ」


 ――『このたびは応募いただきまして……残念ながら今回はご縁が無かったと……』

 という1文と、ともに履歴書は返送された。


「良かったじゃん。コピー返してくれて、受け取り拒否なんじゃない」

 彼は泣いていた。


 次回 廻るお寿司

 20話で止めようと思ってましたが、

 もうちょっと書いてみようかと思います。

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