第10話 とある女性の夕食事情

 月に何度か食事に行く知人女性がいる。

 彼女は、まだ若く、私から見れば、喜怒哀楽の激しい猫のような女性だ。

 クルクルと表情の変わる彼女に惹かれるのは、猫好きのさがかもしれない。


 彼女は、食べることが好きだ。

 お店情報を見ては、私を誘う。

 お店のチョイスも幅広く、イタリアンから定食屋、喫茶店まで良く調べこむ。

 また、甘いモノも好きなようで、洋菓子・和菓子問わず、興味を示す。

 彼女の面白いところは、ネットで頼むような店より、地元の小さな店を好むところだ。

 今、話題のスィーツより、地元の大福を食べたがる。

 ちなみに食べ比べも大好きだ。

 私は、そんな彼女の要望にはできるだけ応えようとは思っている。

 しかし、この要望が時として困難なのだ。


「このお店のおすすめは何ですか~?」

 だいたい、コースメニューでない店では、これが彼女の第一声だ。

 お店も、返答に困っていることもある。

 返答のパターンは2つ

「そうですね、ウチでは~」

「おすすめと言われましても。うちでは~」

 である。

 店の情報を細かく調べるわりには、肝心な注文は人任せというか、

 私からすると、いったい何基準で店を選んでいるのか謎である。


 彼女は、小食である。

 でも、たくさんつまみたいのである。

 オーナーシェフがすべての料理のチェックをするように、

 テーブルに、いっぱい並べて、一口づつ全部食べてみたいという願望が強い。

 だからメインよりサブオーダーが多い。

 だいたい、運ばれると、一口食べて、「はいっ」と私に皿ごと差し出す。

 感想を添えて。

 そして次の皿に移り、「はいっ」を繰り返す。


 言い忘れたが、彼女との食事会は会った瞬間から始まる。

 車に乗り込むと、大きな袋から、飲みかけの豆乳を差し出してくる。

「飲むの手伝って」と差し出すが、ラスト1口・2口である。

 そして、大福やらアイスやらを次々にシェアしてくる。

 大体、2/3ないし、それ以上は私の分になる。

 おそらく、彼女は1個全部食べると、もう食べれなくなるのだ。

 私は大体、店に着く前に、軽い満腹で満たされている。

 が、前述のとおり、店でも強制シェアである。


「彼女は、後で…家に帰ってから食べるよ」を許可しない。

 自分の目の前で完食するのを大きな目で見届けたいのだ。


 メインは半分以上食べないくせに、アイスだけは良く食べる。

 実際の例を挙げれば、コースに着いたデザートのアイスで飽きたらず、

 2個追加したくらいだ。

 怖いのは、おなかの調子が悪いといいつつ、ヨーグルトドリンクを飲みながら、店に入り、パフェ、アイス、フロートを食べるのだ。

 食生活からして、かなりの偏食であり、かつ冷たいモノを食べ続けるのだ。


 和食の店に他店のロールケーキを持ち込んだこともある。

 なかなかの強メンタルである。


 デザートの少ない店には、自ら持ち込むのだ。

 考えてみてほしい。

 和食が盛られた調理皿に生クリームがついて下げられるのだ。

 そんな皿を返された厨房では……?であろう。

 自分のスタンスは崩さない。

 大きなカバンからは包丁も登場する。

 ケーキを切るためだ。


 私も色々な人と食事を共にするが、彼女は群を抜いて異質である。

 彼女もわきまえているのか、

 持ち込んだ食べ物はすばやく食えと、私を急かす。

 これが、また胃袋の内側からボディブローのように効いてくる。


 おおまかに、夕食のパターンを書くと、

 車内 前菜(スイーツ2個)

 店内 メイン(2種類を三分の二づつ)

   持ち込みデザート(2個ほど)

   店デザート(2種を三分の一づつ)

 これが普通の1食分である。

 場合によってはサブオーダーが追加されるのだ。

 何度も言うが、彼女は残すことを嫌う。


 私は、彼女から夕食を誘われている日は、何も食べないで挑むことにしている。

 これは、ある意味、試練である。

 夕食に、努力と忍耐を強いられるのだから試練以外の何物でもない。


 さらに、自身の欲求に異常に正直である。

 先日行った店でも、突如フルーツが食べたいと言い始め、

 店主に、なんでもいいからと頼んだところ、

 グレープフルーツジュース用のグレープフルーツを切ってだしてきた。

 彼女は4キレほどは食べただろうか、

 満足すると、「はいっ」と薦めてきた。

(俺も食うのか)

 私は、あれほど頑張って果物を摂取したことは無かった。

 しかも

 食べてる途中で、「アイス食べる?」とかわいい顔で聞いてくる彼女、

 悪気はあるのだろうか?

 悪意のない気遣いが、タチ悪いのである。


 まぁ、彼女との食事はつらくも楽しい時間でもあるのだ。

 悪気のない気遣いに、今しばらく付き合ってみたいと思う。

 もし、私が胃腸系にダメージを負った場合、その何割かは

 彼女のせいであることを記しておきたい。


 次回 水はすべてのみなもと

 通常に戻ります。

 『つう』の話です。

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