第11話 水はすべてのみなもと

 若いころ、『通』と日光へ行ったことがある。

 なぜに、そうなったか、まったく覚えてない。


「車は俺がだすから、メシ代とかは出してくれない」

 彼は言った。

 後に知るのだが、彼はガソリン代を親のカードで支払う。

 つまり、実費0円の日帰り旅行である。


 元を取る。

 このことに対し、彼は異常に固執する。

 ドリンクバーでも、コップを複数貰おうとする。

 ダメなら何度も通う。

 全種飲もうとする。

 ただの紅ショウガや、おろしニンニクはバカほど入れる。

 無料でお取りくださいとか大好きである。


 この日もそうであった。

 朝、早くに出かけた。高速を使おうと言ったのだが、彼は一般道をひた走った。

 道中のドライブインには必ず立ち寄った。

 そして、例外なく食事を取った。

 2食目までは付き合ったが、3食目からはスルーした。

 彼は、『華厳の滝』到着までの間、5件に立ち寄った。

 例外なくカレーであった。

 3食目もカレーを食べていた彼に、ジュースを飲みながら聞いてみた。

 別のモノ食べれば?

 彼は答えた。

「マズイ米使ってんだ、カレーでもかけなきゃ食えねぇだろ」

(ラーメンとかナポリタンとかもあるんだが……)

 まあどうでも良かった。

 彼の計算だと、ガソリン6,000円としてカレー換算で7~8食食べないと、ならないらしい。


 いろは坂で

「お前には無理だろうけど」

 と下手くそな運転技術で、走り屋を気取る『つう』。


 ――『華厳の滝』は気持ちよかった。

 顔にかかるミストが冷たく心地いい。

 いろは坂でカレーを食べ過ぎた挙句、いろは坂で調子に乗った彼、

 顔色が悪いのは自爆というものだ。


 しかし気持ちいい。

 私は、う~んっと伸びをして、天を仰いだ。

 青い……ショーツ。

 視線の先は、空ではなく、外国人観光客のスカートの中であった。

 空の色より鮮やかな青。

 嫌いじゃないな~。


「いい眺めだな」

 彼が滝を見ながら私に話しかける。

「ああ、いい眺めだ」

「晴れて良かったな」

「ああ」

「春の青空だな~」

「あぁ青いな」

「京都まで行くか?」

「京都?」

 かくして、京都を目指すこととなる。

 ナビなどない時代、標識と感覚を頼りに走ること数時間。

 京都に着くころには夕方であった。

 観光地は、すでに閉園。

 もちろん行くところなどない。


 そもそも、明日仕事だよ、これから帰るんだよ。

 京都では猿が見れた、チョッカイだして…そして襲われた。

 それ以外なんの思い出もない。


 日はすぐ暮れた。

 日光の自動販売機では、ドクターペッパーが大量に売っていた…嬉しかった。

つう』は帰りもカレーを食べ続けた。

 昼間寄ったドライブインでもカレーを再び食べた。

「早く帰ろうよ」

「腹が減ったんだしょうがねぇ」

 嘘だ、完全にカレーを持て余していた。

 元を取るまで食べ続けるんだ。

 と正直に言えばいいのだが……。

 虚勢を張るにも顔色は、もはや限界と思えた。


 いろは坂、本物の走り屋に煽られた。

 余裕を見せ、走り屋と張り合う『つう

 悲しくも、楽々追い越されていく、グングン遠ざかるテールランプ。

「お前が乗ってなければ、アッという間にブッちぎるんだけどな~」

「安全運転で頼むわ」

「しょうがねえ」

 それでも、カーブに差し掛かると、タイヤを鳴らしたがる。

「わりっ、クセで、つい、怖くなかったか?」

(怖いのはお前が吐くことだけです)


 ほどなく、『つう』は道路の脇でハザードをカチカチつけて止まることになる。

 食べ過ぎと、荒い運転による車酔いである。

 本当に早く帰りたい。

 こんなゲロ馬鹿ほっといて帰りたい。


 途中でパチンコ屋の新装開店に出くわし、

 どうしてもといって閉店までの2時間、バカがパチンコをしたのだ。

 明日、仕事だよ。


 深夜のドライブイン、いかにも不味そうな店にも寄る。

 カレーである。自棄やけなのだろうか。

 パチンコで大負けしたらしいのは顔で解った。

 1日何食カレー食うの?

 何かと戦ってるの?

 先ほどまでの胃の中身は、いろは坂に…

 サイフの中身は、パチンコ屋に…

 それぞれ、すべて捨ててきた『つう

 もうカレーしかないのかもしれない。


「水がキンとする」

つう』がふいに言い出した。

「このスプーンが入ってたせいだな」

 と、勝手に結論を出したので、あえて黙っていた。

 お冷にスプーンを入れて出す店だったのだ。

 私が嫌いなカレーの出し方だ。

 なんか、熱いカレーに金属味が増す気がするのだ。

 熱いカレー+冷たいスプーン=マズイ

 がカレーに対する私の味覚だ。


 私もお冷を飲んでみる。

「硬水だね」

 ボソッと呟くと、

「香水?なに言ってんの!! 舌おかしいんじゃない?」

 と、笑い出した。

 笑いが収まると、

「だいたい、米も不味いけど、それはしょうがないと思うよ、こんな処で旨い米なんか育つわけがない、水までマズイとなると、食べ物全部ダメだな、食べる気しねぇ、俺は家で採れた1級品しか食べてないじゃん。子供の頃から、味覚がさぁ違うんだよね~食えねえわここらのメシは」

(だから、さっき吐いたとでも言いたいのだろうか)


「それにしても、お前、香水ってなに、水だよコレは、ただのマズイ水!!」

 また馬鹿みたいに笑い出した。

「外で待ってるわ」

「気ぃ悪くした?ごめん、お前の味音痴につい、すまん」


 ――外に出た私は、タバコをひとふかし、

 マッチで火を付け、ひと吸いめは、ふかすのが私の吸い方だ。

 マッチの香りが好きなのだ。

 フーッと空に向かって、煙を吐き出す。

 月に紫煙をくゆらす。

 明日の朝には帰れるだろうか?


 黄色い月を眺めながら、

 私が思い出していたのは、

 青い、青いショーツであった。


 次回 バーボン

 かぶれるってこういうことさ。

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