第9話 食べたのとんこつだよ

 前回の昼食時の話である。


つう』の帽子がグレーから赤に変わること30分、

 私は、この市のラーメン屋ランキングを調べていた。

 幸いなことに、すぐ近くにNo1と評される店がある。

 彼に伝えると乗り気である。

 昼食はその店で食べることになった。

 店に着くと、開店30分以上前にも関わらず、すでに店外まで行列ができていた。

 私は、並ぶことが嫌いだ。

 並んでまで食事をする神経が解らない。


「止めようか」

 と、言いかけると彼はすでに並ぶ気でいた。


 開店と同時に半数は店内になだれ込む。

 私たちは、店舗外の腰かけに座ることができた。

 思ったよりは、早く入れそうな感じである。


 少し待っていると、店内から、女性の店員さんが、

 メニューを持って先に注文を聞いて回っている。

 私たちもメニューをもらい、目を通す。

 私は、初めての店では塩ラーメンを頼むことが多い。

 このときも、それにならい塩ラーメンを頼んだ。

 彼は、限定30食の塩とんこつを頼んだ。

「このとんこつは、臭いですか?」

 なんだか、失礼な聞き方であったが、彼は気にしない。

「臭いかどうかは、好みかと……」

 愛想よく答えてくれる店員さん。

「まあ、でも限定だしな、せっかくだから、コレにするわ」

 臭いだのコレだの失礼な男である。

 注文の経緯いきさつはこんな感じだ。


 しばらくすると、外で待っている客に、温かいお茶が振る舞われる。

 行列が当たり前だけあって、こういう対応は、さすがである。


つう』は猫舌であるため、お茶の減りは遅い。

 店員さんが、紙コップを回収にくる頃、まだ飲んでいた。

 後ろまで回収し終えて、戻ってきた店員さんに彼はコップを差し出した。

「はい」

 と笑顔でコップを受け取ろうとすると、彼はコップをしっかり握って離さない。

「おかわりください」

 なんか、もう…他人のふりを決め込むことにした。


 彼が2杯目を飲み終わらないうちに店内に通された。

 外で注文済みなので、カウンターに腰掛けると、内容の確認だけされて、

 お冷が注がれる。

 隣には、若い女性の2人組が、食べる前に、記念撮影に勤しんでいる。

(早く食べればいいのに、混んでるんだし)

 と思ったが、まあどうでもいい。

つう』は限定ラーメン楽しみだとしか言わない。

 カウンターからは厨房が見える。

 彼は、炙りチャーシューを見るのが初めてだったようで、

 バーナーで何を焼いているのか?と私に尋ねた。

 チャーシューだと教えると、

「すいませ~ん」

 と手を挙げて、店員さんを呼んだ。

「あの、俺の頼んだの、アレ乗ってますか?」

『俺の頼んだの』・『アレ』

 何一つようを得ない聞き方だ。

「限定塩とんこつには炙りチャーシューが乗ってますか?」

 と聞けば即答であると思うが、

 親切な店員さんは、わざわざ伝票を確認して答えてくれた。

 それ以前に、私が答えても良かったのだ。

 彼の目の前には、限定塩とんこつの写真と詳細な説明付きのPOPが、

 でかでかと張り付けてあったからだ。

(乗ってますよ、炙りと普通のチャーシューが1枚づつ)

 心の中で答えた。

(メガネ作り直したらどうですか?)

 とアドバイスも付け加えた。

 もちろん心の中だけである。


「お待たせしました」

 ラーメンが運ばれる。

 うん、塩味である。

 味のあるラーメンはソレだけで最高!!


つう』は、炙りチャーシューが旨い。

 麺も旨い、スープも好きだ。

 と満足気である。

 文句を言わずに食っているだけで、私も安心だ。

 彼は、先に食べ終わった私のスープを、ひとすくいして飲んだ。

「あ~はい、この系ね、俺のほうが旨いね」

 俺の方とは、限定塩とんこつだ。

「飲んでみる?後悔するよ、絶対こっちのほうが旨いから」

 飲んでみたが、確かに旨い。

「そうだな、今度きたら頼んでみるよ」

「そうしろ、ところで炙りチャーシュー旨いね、食わせたかったよ」

「大丈夫だよ、俺のにも乗ってたから」

「えっ?そうなの、そう、食べたんだ、旨かったね、しかし、あのバーナーで焼いてたのも食ってみたかったわ」

 絶句である。

 どうでもいいや。

 コイツ何を聞いて、何を食った気でいるのだろうか。

 隣の彼は汗を拭いている。

『暑くても~・帽子は取らない・ハゲだから』

 季語なし。


 中年のおっさんが、真っ赤な帽子を被ったまま、汗だくでラーメン食う姿。

 見ているだけで気持ち悪い。


「そろそろ、でるか?」

「おう、ここは俺に払わせてくれ」

 と、彼はレジに向かった。

 会計が終わると。

 レジ前に用意されているアメ玉を、ガバッと一掴みすると、

 ポケットにアメ玉をねじ込む。

(恥ずかしいヤツだな、どうせ食いもしないのに)

 私は無言で先に外へでた。


 家電屋へ向かう車内で『つう』が口を開いた。

「塩ラーメン、味薄くなかった?」

 どっかで聞いたセリフである。

「あぁ、そうだな、お前のよりは薄いよな、お前のとんこつだったしな」

「え?塩ラーメンだよ、俺とんこつ嫌いだもん、なんか薄かったな~俺は、もう来なくていいやアノ店」

「…あっそぅ」


 炙りチャーシューだけじゃなかった。

 とんこつ食ったことすら解ってなかった。

 旨い、旨いと食ってたくせに。

 それとも、最後に一口すすった塩ラーメンに記憶が書き換えられたのだろうか。

(チキンヘッド)

 心の中で呟いた。


 次回は、10話ということで

 女性との夕食事情を書こうと思う。

 『つう』はでてきませんが、これはこれで、悩みでもあります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る