第39話 洋食屋なのに

 以前、ちょこっと書いたかも知れないが、

 私は、和食処ナニガシという名の店に入ろうとしたことがある。

 しかし入口で引き返した。

 それは当店のおすすめがピラフだったからである。


 だが、入ってみるまで解らない店というものはあるのである。


 当時、私はプリンシェイクなる缶ジュースに、どハマりしていた。

 缶を振って中のプリンをクラッシュさせて飲むのだ。

 このクラッシュ具合の模索・探究には、仕事以上の情熱を傾けていたのだ。

 1日何本も飲む。

 甘いプリンドリンクを飲む。

 私の身体は塩分を求めていたのだろう。

 昼食・夕食は非常に塩分の高そうなメニューを選ぶようになっていた。


 糖分に満たされていた分、塩分に飢える。

 夕食はラーメンが多く、昼食はカップラーメン……。

 飲み物はプリン。

 気づけばラーメンとプリン以外、摂取していない。

(ライスを食べよう)


 その日はカップラーメンを止めた。

 財布には優しくないが、となりのレストランに初入店することにした。

 この店に転勤してきて、4ヶ月なぜか立ち入らなかったレストラン。

 高そうとかではなく、いつも適度に混んでいるのだ。

 けして忙しそうではないのだが、適度に客足が途絶えない店であった。


「いらっしゃいませ」

 お姉さんとは言い難く、おばさんとも言い難い女性の普通の挨拶。

「お好きな席へどうぞ」

 至って普通。

 メニュー、これも可もなく、不可もなく適当に揃っている。

 変わったものは無く、在るべきものがちゃんと在る。

(THE 普通)

 こういう店は簡単である。

 ハンバーグかナポリタンの2択と決めている。

 私はライスを食べに来たのだ。

 当然、ハンバーグ定食だ。

「すいません、ハンバーグ定食ひとつ」


 鉄板にハンバーグがジューと音を立てて運ばれてくる。

(いいぞ!!このジューがいい!!)

 ハンバーグは、お皿ではなく鉄板だ。

 多少ソースが跳ねてるくらいがBESTである。

 ハンバーグ、ニンジン、ポテト。

(いいぞ)

 そして小瓶。

 フタ付き小瓶?

 なんだコレ?


 まずはハンバーグ、うまいじゃないか。

 どこか懐かしいハンバーグ。

 家のハンバーグではないが、専門店のソレでもない。

 ソースは少し酸味が効いたデミグラス。

 ちょっと食べ進め、謎の小瓶のフタを開ける。


 ピンクの物体。

(塩辛?イカの塩辛)

 ハンバーグに塩辛?

(食い合わせ…)


 私は、塩辛を食べたことが無かった。

 見た目が嫌いなのである。

 ミミズを想像してしまうのだ。

(コレはよし)

 私はフタを閉めた。


 ハンバーグ定食美味しかった。


 翌日。

 私は隣のレストランに居た。

「とんかつ定食ください」

 皿に置かれたとんかつ。

 ポテトサラダ、控えめなキャベツ。

 これにありきたりなトンカツソースをかける。

 私は、ソースとマヨネーズを混ぜてかけるのが好きだ。

 ちゃんとテーブルに置かれているあたりが気に入った。

 そして、例の小瓶。

 開けると塩辛。

(コレにも付くのか)

 その日も、塩辛は遠慮した。


 毎日というわけではないが、週に2回ほどは、そのレストランで食事をするようになったころ。

 彼が別支店からやってきた。

「おう!!様子見に来たぜ」

 別にいいんだけど。

「そこのパチンコ屋、全然ダメ!!出ない…」

 パチンコついでか。

「メシ行こうぜ、奢って」

(迷惑な男だ……)


 私は隣のレストランに連れて行った。

「いらっしゃいませ、いつもありがとうございます」

 すでに常連である。

「よく来るのか?」

「最近だけどね」

「何が旨いんだ?」

「何がってわけでもないけど、まぁ何食っても旨いよ」

「でた…ソレ!! もうさぁ、ナニが旨いって言えない時点で考えてないんだよ」

「考えるって?」

 ウルサイ男である。

「お前、頭で考えない代わりに、舌で考えるのか、納得だよ」

「そう!! 舌で考える」

 嫌味のつもりだったのだが、なんか喜んでいるな。

「お前のアドバイスはいらねぇな……う~ん、じゃあ、カレーで」

(なんか…そう言うと思ったよ)

「カレーとナポリタン」


 ほどなく運ばれるカレーとナポリタン。

 そして小瓶2つ。

 ナポリタンにもカレーにも付くのだ塩辛。


 カレーを食いながら、中身のない薄っぺらい食事論を語る『つう』。

 小瓶に手を掛け、カレーの脇に逆さまにして塩辛をボトリと落とす。

 不思議そうに塩辛を眺める彼、

「福神漬け?ピンク?」

「塩辛だよ」

「塩辛?」

「イカの塩辛」

「聞いたことある、塩辛、カレーに掛けるんだコレ」

「えっ?いや…塩辛はカレーに掛けないね、たぶん」

「どういうこと?塩辛はごはんにかけるよね」

「カレーに付いてきたじゃん、お前のに福神漬け入ってるんじゃねえの?」

「いや塩辛だよ。この店、何頼んでも塩辛付くの」

「マジで、ありえねえ」

「だって、カレーに福神漬け、すでに乗ってるしね」

「あっホントだ」

「え~、イカとカレー合わないよな」

「シーフードってあるから一概に言えないだろ」

「そうか?このミミズみたいの?ホントにミミズみたい」

 箸で摘まんで、ベロベロ動かしている。

「じゃあ」

 と、カレーにグチャグチャと塩辛混ぜて食いだした。

「うん、グニグニ酸味がいいね!」

(旨いのか?カレーに塩辛)

「かけないの?」

「何が」

「スパゲティに塩辛」

「かけないよ、俺、塩辛嫌いだし」

「そう、スパゲティも塩辛も長さが違うだけでミミズ系の食い物だよな」

(意味解らない、初めてじゃない人類で、パスタと塩辛とミミズを同じカテゴライズしたヤツ)

「俺、貰おうかな」

「あぁいいよ」

 彼は、またカレーにグチャグチャと塩辛を混ぜて食いだした。

(気に入ったんだな)


 数日後

「カレーください」

 私は気になっていたのだ、カレーに塩辛が。

 未知の食べ物に、未知の組み合わせ……。

 スプーンにライスとカレー、1本だけ塩辛を乗せて、いざ実食!

(あっ、コレダメな組み合わせだ)

 が、塩辛そのものは意外と旨いかも?

 ごはんに塩辛で頂いてみる。

(うまい!!)

 塩辛旨い。

 初めての酸味だよコレ。

 聞いてみると、塩辛は自家製だそうだ。

 私はそれから、スーパー、鮮魚センターなどで塩辛を買いまくった。

 色んなメーカーの塩辛が冷蔵庫に並ぶ。

 しかし、やはりファーストインパクトを超えることはなく、

 結局あのレストランへ行きつくのだ。


 初夏を迎えた今、冷蔵庫の中はプリンシェイクと塩辛で満杯である。

「喉渇いた」

 冷蔵庫を開けた彼女が見た、狭い異様な空間、パタリと無言で閉めて

「なんかグロイ…」

「うん…なんかゴメン」


 私の食生活は、この日からもとに戻るのである。

 塩辛は、会社の皆様にお配りしました。

 特に、塩辛カレーが気に入った『つう』には、たくさんあげました。

塩辛」

つう』の感想でした。



 次回 かき氷

 水が大事なんだそうです。

 僕は、かき氷苦手です。

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