第43話 嗜好品

 こだわりを持つ。

 悪いことではないと思う。

 だが迷走することもある。

 私は当時、迷走していたような気がする。

 酒が飲めない。

 コーヒー飲めない。

 子供のまま、大きくなってしまったような気がして、タバコを吹かしはじめた。


 美味いとは思わなかった。

 今思えば、ただの通過儀礼だったのかもしれない。

 タバコを咥えるだけで、大人になった気がしたのである。


「キャスターマイルドが好きだ」

「爺臭いタバコだな」

つう』に言われたのである。

「男はセブンスターでしょ!!」

「知らないよ、コレが好きなの」

「かっこ悪い」

 どうやら彼の中では、キャスターかっこ悪い、

 セブンスターかっこいいという図式があるらしい。


 それならば、『つう』の土俵にあがってタバコをスマートにたしなもうと決めたのである。


 まず、タバコ屋を回ることにした。

 インターネットなんて普及してない時代、探し物は自分の足で行うのだ。


 輸入タバコを取り扱ってる店を探した。

 そして、パッケージのおしゃれな銘柄を片っ端から買い漁った。

 寮に帰って自室で50種以上買ったタバコを並べ吟味する。

 もちろん味や香りではない。

 見た目である。

 私は何種類かに絞った。

 ロスマンズ

 DEATH

 BLACK DEATH

 ソブラニー カクテル

 ソブラニー ブラックロシアン

 CAPRI チャコールスーパースリム


 完全に見た目で選んだ。

『ロスマンズ』 

 当時、フィルターが金紙で唇に張り付かないので気に入っていた。

 パッケージもブルーに金の装飾、味わいまろやかでイギリス紳士っぽい。


『DEATH』 

 キツイだけのタバコである。パッケージは黒にどくろのぶっちがい。

 マッチとセットで吸えるのが気に入っていた。


『BLACK DEATH』 

 銀のどくろがシルクハットを被ってるパッケージ。

 こちらは蝋マッチとセットで壁で擦って火を付けて吸っていた。


『ソブラニー カクテル』 

 パステルカラーの色えんぴつというかクレヨンのようなタバコ。

 完全に女性との会話の取っ掛かりに使っていた。


『ソブラニー ブラックロシアン』 

 黒い紙巻に金のフィルター。かっこいいタバコ。

 ワルの雰囲気満載の銘柄である。


『CAPRI チャコールスーパースリム』 

 細いタバコ。いい女に吸わせたいタバコ。


 鞄を持ち歩く私にとっては、複数のタバコを持ち歩くことは苦にはならない。

 会う人、場所でタバコを変える、そんな自分に酔っていた。


 会社でも皆の興味を惹き、当時の彼女も私の影響でクレージュを吸っていた。

 誕生日に同ブランドのガスライターをプレゼントしたら喜んでいた。


 私も会社でタバコに詳しいと評判になり、愛煙家の役員からお呼びが掛かったり、

 会議の合間に雰囲気でその人に合う銘柄を雑談したりと、どこに行っても話題に事欠かなかった。


つう』は、そんな私に嫉妬していたのである。


 私がジッポやガスライター、マッチ、シガレットケースなど小物にこだわりだすと、

 ある役員さんからライターを貰った。

 純金製の高価なブランド物のライターだ。

 すると、他の偉いさんからブランド物のシガレットケースを頂いたり、

 葉巻が届いたり、視察の度に数名の役員から頂き物を頂戴していた。


つう』は、かたくなに100円ライターでセブンスターを吸っていた。


 寮でも部屋で引き籠るようになり、後輩が私のタバコを吸っていると

くせぇんだよ!」

 と怒鳴り散らしていた。


 決定的だったのは、とある役員からの一言である。

「同期の桜雪くんは、2年目にして副店長、色々な会議にも顔を出しているのにねぇ、キミはパッとしないね」

 この一言は効いたらしい。


 しばらく会社を休んだほどだ。


 この頃の彼は、寮に戻らず飲み屋で大して飲めない酒を飲んでは明け方帰るような日々であった。


 そんなある夜。

 私が会社に黙ってバイトしていたプールバーに彼が来た。

 初見、彼とはわからなかった、彼はスラックスにドレスシャツ、細めのネクタイ。

 ……んっ?

 私の私服スタイルと似ているというか……、まんま俺?


 バレてはマズイので、他のヤツにカウンターを代わってもらい、厨房へ下った。

 厨房から覗き見ると、彼はカウンターの女性に声を掛けているようだった。


「キミはタバコに例えると、ラークだね」

「はっ?」

「いや、キミのイメージ……」

(何やってんだ?アイツ……)

 女性は完全無視であったが、彼がしつこいので席を代えた。


 彼はフロアをウロウロ歩き回って、壁にもたれてタバコを吸っている。

(アイツ帰らねぇな~)

 そのうち、彼はピラフを注文してきた。

「任せろ、任せろ」

 と私が作る。

 激辛ピラフだ、タバスコにコショウに七味と、目にすら厳しい辛いピラフだ。

 作ってる私ですら涙が出てくる。

「これいいんですか?」

「いい!! 行け!!」

つう』は出されたピラフを一口、顔色が変わった。

 水をガブ飲みする『つう』、笑える。


 水をあっという間に飲み干した彼は、甘めのカクテルを注文してきた。

 ガムシロップたっぷりのルジェカシスを作ってだした。


 一口飲んで、顔をしかめる。

(アイツやっぱり面白い)

 激辛ピラフと極甘カシスを交互に口に運ぶ姿が、どストライクである。


 その後、何杯か普通にカクテルを飲んだ彼は、いい気分で来る女性客に声を掛けていた。

「キミはタバコで例えると、ラークだね」

(それしか知らねぇのか?)

 結局、相手にする女性もおらず、彼は帰って行ったのである。

 帰った後、バーは彼の話題で持ちきりであった。

「桜雪さん、知り合いですか?」

「うん、ちょっとね」

「なんか、桜雪さんみたいでしたもんね」

「そう?」

「服装が」

「そうだね」

「タバコ、笑いますね~ラークって何だよ、はっ?てなりますよね」

「なるね~」

「桜雪さんも、タバコ吸ってる女性に声かけますもんね」

「うん?……そうか?」

「シガレットケースからタバコ出して、このほうが似合うよ とか言ってるじゃないですか」

「うん?そうかな」


 そこで気が付いた。

(アイツ俺のマネしてるのか?)


 寮に帰り、彼の車をガラス越しに覗くと、さっきの服が後部シートに掛けてある。


 翌日

 いつものようにセブンスターを吸う彼が挨拶してきた。

「おう」

「あぁ…なぁ、俺はタバコに例えるとなんだ?」

 私は『つう』に聞いてみた。

「ラークだな」

(俺も、ラークか……だから失敗するんだよバカ)


「セブンスター1本くれよ」

「おう」

 咥えると、彼は100円ライターで火を差し出した。



 次回 とんかつ

 脂身のあるほうが好きだ。

 薄い衣のほうが好きだ。

 とんかつは安い肉のほうが旨いと思う。

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