第42話 たこ焼き

 残業続きで毎日帰宅が遅かった。

 コンビニ弁当は高いし飽きた。

 なにより、顔なじみとなった高校生のアルバイトが,

 レンジにスナック菓子を放り込んでレンジを壊したのだ。

「桜雪さん、こちらも温めますか?了解でーす」

 彼なりの冗談だったのだが、

 アルミの袋だったのがいけなかった。

 ピシッと青い稲妻がレンジの中に走った、そしてBOM!!である。

 私のせいではないのだが、なんとなく行き難くなってしまった。


 レンジには、もうひとつ苦い思い出がある。

 私が電子レンジを購入して間もなくのことである。

 ゆで卵を作ろうと、お湯を沸かしていた私は、ふいに思いついた。

 レンジに卵を入れれば簡単ではないか?

 チンッと音をたてて、やたらと熱い卵の殻をむき始めたとき、

 BOM!!卵がした。

 熱いのはもちろんだが、卵が爆発するという予想外の事態に一人でパニックになってしまった。

 よせばいいのに、そのことを人に言いまくった結果、

 実証実験がおこなわれたのである。

 レンジで作る、ゆで卵は個体差があった。

 レンジ内で爆発するもの。

 殻むき途中で爆発するもの。

 そして、噛んだ瞬間に爆発するもの。

 美味しく食べれるゆで卵である。

 私たちは、卵をたくさん買い込んだ。

 チンッしまくった。

 そして、ポーカーを始めた。

 負けたヤツが卵を食うのである。

 面白かった。

『ボンバーエッグ』誰からともなくそんな呼称が付けられていた。

 それに伴い、『エッグポーカー』これも同時に呼称されていた。

 当時、ポーカーの罰ゲームに頭を悩ませていたのである。

 金が無い連中である、現金は多く掛けれない。

 その代わりに罰ゲームが課せられていた。

 悪乗りが過ぎると、女装して駅前で逆ナンとか、コンビニで男通しでキスとか、

 エスカレートする一方であった。

『ボンバーエッグ』は、たまにBOM!!しないことがある。

 そこがまた面白い。

 金もそんなにかからない。

 レンジ内でBOM!!させると卵1パック買い出し(自腹)が義務づけられた。

 一晩でスーパーの卵を何パック買っただろうか?

 BOM!! BOM!! BOM!! ……。

 やけどもした……楽しかった。

 美味しく食べれた……ほっとした。

 何度も繰り返した。

 夜が明ける頃、部屋が大変なことになっていた。

 部屋中に飛び散った卵の匂い……臭かった。

 服・布団……臭かった。


 でも止めなかった……面白かった。

 レンジが壊れるまで止めなかった……楽しかった。

 部屋掃除、全員で3日かかった……後悔した。

 服、何着かダメにした……後悔した。

 布団、クリーニング代……後悔した。

 何より電子レンジ……本当に後悔した。



 気持ちのうえではイーブンだが、出費は大きなマイナスである。

 得るものは何も無かったのだから。


 さておき、小さなたこ焼き屋を見つけたのだ。

 ふらっと入って、1つ買ってみた。

(美味い)

 その日から、残業で遅くなると私は、そのたこ焼き屋へ通うようになっていた。

 晩飯は、たこ焼きであった。

 なんなら、残業も楽しく感じた、今日はたこ焼きか~。

 人間とは不思議なもので、辛いときでも楽しくなることを探して発見するものである。

 私は、深夜残業日=たこ焼きの日としてイベント化することで、

 メンタルを保っていたのである。

(これが、若さか……)


 いつしか、たこ焼き屋の主人と仲よくなり、それなりに楽しく過ごしていたのである。

 小さな、たこ焼き屋は繁盛するようになり、ときには並んで待つこともあった。

 ソースも増やし、バリエーションも増えてきた。

「今度はフライドポテトもやりたい」

 店主も軌道に乗った商いに、やる気を覗かせていた。

「あぁいいね~、飲み屋街で深夜までやってるってとこがいいね」

 この店は、夕方から開店する。

 学生の帰宅時間から深夜2時くらいまでやっているので、

 飲み屋の人達にも人気だったのだ。


 私は店先で、たこ焼きを食べながら、そんな様子を眺めるのが好きだった。

 店がヒマなときには、店主とタバコを吹かしながら、話をするのも好きだった。

 いつしか、顔見知りも増えて、小さいコミュニティが出来ていた。

 幸せな時間であった。

 あの日までは……。


 その夜、残業を終えた私は、たこ焼き屋へ向かっていた。

(今日は何味にしようかな~)

 などと考えていたのである。

 店に着くと、並んでいる。

(今日は混んでるな)

 私は後ろに並ぶ。

 なんだか普段より、客がさばけない、なんか遅いな~。

 待つせいか、何人かは買わずに帰っていく。

 自分の番になって、その理由が解った。

 店主は片手で作っていた。

 左手は包帯が雑に巻かれ、血で真っ赤である。

「どうしたの?」

 私は店主に聞いた。

「おう、桜雪か、いや混んでるときに、手を切っちまった」

「すごい血だけど、大丈夫なのか?」

「あぁ大丈夫だ、すこし待ってくれ、すぐ作るからよ」

 たこ焼きのもとというのだろうか、かき混ぜるたびに血が落ちる。

 他の客も心配そうだ。

 私は理解した。

 なぜ客が帰って行ったか?

 それは、血が入っているのだ……。

 混ぜるたび、焼くたびに、たこ焼きに血が落ちているのだ。

「おい、今日は閉めた方がいいんじゃないか?」

「いや、せっかく来てくれてるのに閉めれねぇよ」

(いや、閉めた方が……)

 言えなかった。

 汗を包帯で拭いながら、額に血を付け、たこ焼きに文字通り心血注ぐ、

 そんな店主に、

(汚いから止めろ!!)

 言えない。

 私だけではない、その場の誰もが言えるはずがない。

 カウンターの向こうはホラー、でなければ事件現場さながらである。

 カウンターに差し出されるたびに血がポタリと落ちる。

(食いたくねぇ~)

「桜雪、待たせたな!! 2個持ってけ!!」

(サービスまでしてきやがったー)

「あ……ありがと……」

「おう」

「医者行けよ」

「これから行くさ」

 店主は店を閉めて、医者に向かった。

(さて、これをどうしたものか……)


「ただいま」

 寮に帰った私は『つう』に、たこ焼きを渡した。

「たこ焼き、2個も?ありがと」

つう』はうれしそうに食いだした。

 気のせいか、たこ焼きは普段より黒く感じた。

(血かな?あの黒い点は…全体的に黒い気がするんだよな)

「うまい?」

「おう!! うまいぜ、お前いいの?食わなくて?」

「あぁ、俺コンビニで弁当買ってきたから、お土産だから食え」


 それから、しばらくして……たこ焼き屋は潰れた。

 悲しい思い出である。



 次回 嗜好品

 タバコに酒、人生には必要のないモノにこだわる。

 そんな時期が誰しもあると思う。

 私の場合はタバコであった。

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