第41話 カニを食う

「パチンコで大勝おおがちしたから奢るよ。お前、無職で金ないだろ」

 かつての同僚からの電話だった。

 この頃、無職で金が無かったのだ。

 私は、時折リセットボタンを押すクセがある。

 ゲームではない、人生のだ。

 仕事、友人、彼女すべてをリセットするのだ。

 フラッと旅に出ることもある。

 誰にも言わずに、フッと一人で方々を廻るのだ。

 数少ない友人関係、ごく狭いコミュニティしか築けない人間である。


 ヒマを持て余し、キノコでも生えそうな生活をしていた私を誘ってくれた同僚に悪いと思いつつ、御馳走になることにした。


「おう!!無職!!今日は何でも食え!!」

 無神経な声。

つう』である。

 いたのだ、今日ココに。

「無職で税金も払えないクセに、女のヒモとは羨ましい」

(大きなお世話だ)

「仕事が彼女の猫の世話だそうで、いい身分だな!!」

(失うものの無い無職ナメるなよ、刺すぞ!!)

「今日は食え! なっ!焦るな、皆ダメな時期ってあるよ」

(同僚、お前いいヤツだな)

「おう食え!! コイツの奢りだ!!」

(なんでお前が偉そうなんだ?)


「なんで、お前が居るの?」

「おう、打ってたんだ、パチンコ、偶然、同じ店で」

「あっそう」

(相変わらずの説明下手、単語でしかしゃべれない)

「いや~電話のあと、帰ろうとしたら会っちゃってさ」

「そうか災難だったな」

「うん、まぁな」

「災難?違うよ、偶然だよな」

(馬鹿黙ってろ、会話おかしくなる)


「見た?入口のデカいカニ、アレ食おうぜ!!」

「タラバガニか?」

「ナニガニ?知らない、アレ食えるんだって、8,000円からだってさ」

「勘弁してくれ」

「いいじゃん!!頼もうぜ」

 遠慮がない男である。

 同僚も苦笑いしている。

「タラバガニってヤドカリなんだよな」

 私は会話を変えた。

「そうなの?知らなかった」

 同僚と話していると

「バカ!! カニがヤドカリのわけねえだろー、桜雪に騙されるな」

「いや本当だよ。まぁ甲殻類だしね、どっちも」

「へぇ~」

「コウカクルイ?聞いたことないな?なにソレ」

「いやだから、生物学の分類、カニとかエビとか」

「カニとエビは同じなの?」

「分類学上ではね」

「えっ、どういう区分け?」

「簡単にいうと、甲羅に覆われてる生き物かな」

「どういうこと?」

生物せいぶつは、ナニナニ類って別れてるでしょ、その区分がカニとエビは同じカテゴリーにいるってことだよ」

「マジで?えっ?ヤドカリは?」

「甲殻類だよ」

「仲間?カニの」

「まあな」

 彼は、店の入り口へ向かった。

 繁々とタラバガニを見ている。

 戻ってくると

「ヤドカリには見えないわ」

「そうだな、見た目カニだよな」

「あぁ、どうやって貝被るんだろうな?」

「???貝は被らないよ」

「えっ、あれで完成?」

(どんな想像したんだろう)

 アレが入る貝って、もはやタラバガニが食われてるようなもんだろ。


 カニ御前が運ばれる。

 同僚は気を使って、カニのにぎりも頼んでくれてた。

(ありがとう)

「タラバどうする?」

つう』はどうしてもタラバが食いたいのである。

「カニとヤドカリ食い比べたくない?」

 しばらく無視していた。


「なぁ、お前さっき甲殻類って甲羅に覆われた生物せいぶつっていったじゃん」

「言ったよ」

「コレも甲殻類なのか?」

 としたもの、コガネムシである。

「ん?違うぞ、それは昆虫だ」

「えっ、甲羅あるよ」

「うん、節足動物までは同じなんだけどな、そこから別れるんだよ」

「どうゆうこと?」

「昆虫は足6本で触覚と身体の分け目が違うだろカニと、カニは10本だろ」

「クモは?昆虫じゃないの?」

「節足動物までは一緒だけど、クモはそこから、昆虫とは別になる」

「ちょっと教えて」

 とコガネムシを突き出してくる。

 コガネムシは頭と胸と腹 触覚2本 足6本

 カニとエビは頭と胸が一緒で腹 触覚4本 足10本

「ハサミも足?」

「うんあしとして数えるんだ」

「じゃあザリガニもカニか~」

「カニって名前付いてるじゃん」


「ヤドカリとカニの違いは?」

 同僚が聞いてきた。

「足の数だよ」

「ヤドカリは8本だからな」

「そうなの?」

「マジで数えてこよ」

 彼は再度、タラバの水槽へ

「よく知ってるな?」

「海育ちだからな」


つう』が戻って

「いや動いてて数えられない、無理、なんか気持ち悪くなってきた、しかしカニとエビが同じだったとはな」

「エビから進化したのがカニだ」

「マジで、エビ発進なの?いや~後ろに飛ぶのがエビで、横に歩くのがカニかと思ってたよ」

つう』の手がチョキになっている。

「へんなこと知ってんだなお前」

「本当にな」

「そうか?」

「あぁ何の役にも立たない知識を」

(大きなお世話だ)

「お前さ、ちょっと理屈っぽいトコあるよな~だから人間関係、難しいんだよ」

(ホントに大きなお世話だ)

「だいたい、どうでもいいんだよ、カニだろうが虫だろうが!!」

(なんだ、どうした?)

「気持ち悪いんだよ、腹の感じとか、顔とか、宇宙人っぽいんだよ」

「あぁ、そんな説あるよな?」

「マジ?宇宙人なの!虫も?」

「いや、そんな説を信じてる人もいるって話」

「そうか~、タコだけだと思ってた」

(タコも違うと思うが……いつの産まれなんだ、タコの宇宙人って)


「イカ軟骨のから揚げお待ちどうさまでした」

 から揚げが運ばれてきた。

「ふ~ん、宇宙人か~案外そこらにいるんだな~」

(あっ)

「なにコレ?まずい!! 俺いらない」

「いや…お前…」

 私は同僚の言葉を無言で遮った。


つう』が今、口にしたもの…さっきから右手で転がしていたコガネムシ。

 目では、から揚げを見ながら、手はコガネムシを口へと運んだのである。

「なんか苦い」

 と、ビールを飲む『つう

「カニが美味いんだから、昆虫も美味いのかもな、オホホホホ」

 笑う『つう』に、

「いや~どうだろう?そうとばかりは言えないかもな」

「いや!! 美味いと思う。バッタも食うじゃん」

(イナゴな…でもコガネムシはマズイんだろ)



 次回 たこ焼き

 ハマると毎日、同じものを食べ続ける。

 この頃はたこ焼きでした。

 そして、今でも思い出す。

 あのたこ焼きを……。



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