第18話 秋葉原にて

つう』と旅行の計画を立てていた。

 一生に一度くらい、そんなことがあってもいいと思ったのだ。

 せっかくだから、夏休みを利用して、2泊と考えていた。

 以前から、軍艦島に行きたかったのだ。

 旅行会社に申し込みに行く当日、彼から費用の問題を提示された。

 彼の夏のボーナス額が2万円だったのである。


 私は、『つう』との旅行を断念した、一人で行こうと思っていた。

 しかし、彼は諦めなかった。

 彼の出したギリギリの案は東京であった。

 どうでも良かった、東京など自腹でなくても出張ベースで行けるからだ。


 彼は、新幹線すら1・2度しか乗ったことがない珍しい人間である。

 東京に行くことすら大冒険であるらしい。


 当日、『つう』は母親から、お小遣いをもらったらしい。

 1万円。

 なにかあるといけないからという気遣いであるとのことらしい。

 彼の家では東京とは、どんなイメージを抱いているのだろう。


 さて当日、『つう』は電車に乗る=弁当を食べる であるらしい。

 しきりに駅弁を気にしている。

 結局、乗車前には買わなかった、理由は高いからだそうだ。


 新幹線に乗ると、席について早々、携帯型のゲーム機を出してきた。

 私に渡して、こう言った。

「息子が、秋葉原で限定配信のモンスターをダウンロードしてこいって頼まれた。

 聞いたんだけど、よく解らないから、お前、頼むよ」

「ふーん」

 とゲームを立ち上げると……デデンという起動音。

 入っていたソフトは、太鼓の達人でした。

(モンスター関係ねぇ)

「あのさ~、コレ入ってるゲーム違うんだけど」

「えっ、ドラゴンクエストじゃないの?ウソ!!」

つう』が携帯を取り出したので、離席を促した。

「面倒くせぇよ」

 といいつつ、車両を出ていった。

(あ~平和だ、このまま帰ってこなけりゃいい)

 通路の隣では、外人の男女がパック寿司に悪戦苦闘していた。

 醤油のパックの切り方が解らないようで、

 私にカタコトの英語とジェスチャーで話しかけてきた。

 聞けば、ドイツ人で新婚であるという。

 私も英語は苦手なのだが、カタコトの英語で、寿司の食べ方や、ネタの種類を教える。

 私は、電子辞書を持ち歩いているので、ドイツ語の単語を調べながら魚の説明をした。

 3人で、カタコトの会話ながら、楽しい時間を過ごしていた。

 彼が戻らぬまま、次の駅に着きドイツ人は降りて行った。

 彼らは、新幹線の出発まで、窓越しに手を振ってくれた。

(いい時間を過ごしたな~)

 なんなら、彼らと同じホテルで、もう少し一緒にいたかった。

 発車して間もなく『つう』が戻ってきた。

「昨日の夜、寝る前に太鼓の達人で遊んで、そのまま渡したんだってさ」

「あっ、そう」

 彼は旅行の目的を、早くもひとつ失った。


 その後、車内販売を呼び止めて、弁当やらコーヒーの値段を聞く『つう

 結構な時間、引きとめていたが、何も買わなかった。

 理由は高いである。


 何だか不愉快な顔をしている『つう』、なんかブツブツ文句を言っている。

「せっかく、ダウンロードしてきてやるって言ったのに…」

 どうやら、子供のミスが許せなかったらしい。

「だいたい、なんでもかんでも高けぇよ」

 どうやら、電車内物価が許容外であるらしい。


 東京駅に到着。

「お前、行きたいとこあるの?」

 私が聞くと

「あ~、歌舞伎町に行きたい」

「昼間だよ」

「うん、連れてって」

「ま、いいけど、何もないよ」

「何も無いことないでしょ!!」

「歓楽街なんて、昼間なにもないよ」

「いいから、お前は、しょっちゅう東京来るんだろうけど、俺はめったに来れないの」

「じゃあ、お前さ、歌舞伎町行ってこいよ、オレ、築地行くよ、寿司食べたいんだ」

「馬鹿! ひとりで電車乗れるわけねぇだろ」

「えーっ」

 30半ばの男のセリフだろうか。

 面倒くさいが、歌舞伎町を見ることになった。

 山手線に乗りたがる『つう

 山手線で新宿、降りようとすると、1周しようよ、と降りようとしない。

 山手線、1.5周である。

 今、日本で一番無駄な時間を過ごしたのは私だと自負していた。

 彼は、電車でずっと、窓の外を見ていた。

 座席を逆に立ち膝で窓を見ているのだ。

 幼稚園の子供のようである。


 歌舞伎町に着いて、歩く、歩く、何もない。

 人がいない、当然である。

つう』が走り出した。

 風俗店の無料案内場、初めて見たのだそうだ。

 彼は風俗を利用できない。

 金が無いのだ。

 しかし、風俗雑誌は毎月購入している。


 しばらく、ガードレールに座って出てくるのを待った。

 面白かったそうだ。

「どっか見るとこないの?」

 あるわけがない。

「なんか、こう、乱闘とかパトカーとか、警察24時みたいな」

 夜に来れば見れるかもよ。

 私は思い立った。

「あれが、TVでよくでる交番だよ」

 それくらいしか、思いつかなかった。


「腹減った」

「築地行こうよ」

「高そうだな~嫌だな~」

「アキバに行きたい、メイドが見たい」

 今度は秋葉原である。


 アダルトショップ以外は興味ないらしい。

 しばらく歩くと、メイドさんが声を掛けてくる。

 彼は興味深そうに、メイドを見ている。

 チラシを彼に渡すと、

「ここ行こう」

 まさかである。

 メイドが彼に食い付く。

「ご主人様、ではご案内いたしま~す」

 メイドの隣で楽しそうな彼、少し後ろを歩く私。

 突然立ち止まる2人、メイドが呪文を唱えている。

「モエモエキュ~ンで美味しくな~れ」

 詠唱を終え、呪文は放たれたのだが、

『ツウ ニハ キカナイ ヨウダ』

「それで、1,000円取るの?オムライス2,000円のほかに?」

 後ろを振り返る彼が私に、

「ねえ、高いよココ」

「そういうトコなんだよ」

「やめた、行かない」

 と、メイドを置き去りに来た道を戻る彼。


 その後も、高い、高いを連発して、最終的に遅めの昼食は

 駅の近くの特徴のないカレー屋さんでした。


 なぜに『つう』は、遠出をすると、カレーを食うのであろう。

 疑問である。



 次回 つけ麺の美味しいお店

 目的のないドライブ、私が最も嫌う行動のひとつである。

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