第48話 バレンタインデー

 男には3種類の分類にカテゴライズされる日がある。

 それは強制的に訪れ、否応いやおうなしに現実を突き付けてくる。

 不特定多数からチョコを貰える男

 限定的にチョコを貰う男

 そして貰えない男である。


 毎年貰えないのに、なぜ、そんなに自信があるのであろうか?

つう』は……。

 今年も自信満々である。

 実績、根拠のない自信。

 仕事でもそうだが、こういうやからが一番厄介なものである。


 バレンタインデー2週間前、私は販売用のチョコの仕入れから包装までアホほど忙しかった。

 包装専用のアルバイトを雇い、自身も指の油が無くなるまで毎晩、チョコを包装していた。

 女子高生に囲まれて羨ましい?

 冗談ではない!!

 バックヤードのダンボール、親の仇かってくらい積まれている。

 減った気がしない……。

 なんか甘い香りが充満した個室で気分が悪い。

 なんか、しょっぱい食べ物が食べたい。


 20時を回ったあたり、

「今日は残業なしで、なんか食べに行こうか?」

 私はアルバイトの高校生6名を連れてラーメン屋へ、その後カラオケ。

 他の社員からすると、羨ましいのであろうが、出費もかさんで羨ましいことなど、

 あまりないのが現実である。

 甘い密室の過酷な現実から、ひとときの休息、そんな夜であった。


 アパートへ戻ると部屋の電気が付いている。

「ねぇ、部屋の電気付いてるよ」

 彼女が心配そうに聞いてくる。

 そう、羨ましいことなど、の部分がこの彼女なのだ。

「うん、よくあることなんだ、誰か来てるんだろ」

「はっ?鍵は?」

「玄関はかけてあるよ」

「どこから入るのよ」

「窓だ」

「2階だよ」

「そうだよ、2階だよ」

 当時の先輩は変わった人が多く、2階の私の部屋に侵入するためにアパートの外に伸縮はしごをを置いて窓から侵入していた。

 捕られるものも無い部屋だ、たかり場になっていたのだ。


「泊まろうと思ってたんだけど……」

「構わないよ、すぐ帰すから」


 彼らは1時間ほどで帰った、窓から。

 玄関からは出入りしない。

 窓に鍵が掛けてある日は立ち入らない。

 暗黙のルールがあった。

 普通に玄関来ればいいのに、1部の人間は窓から出入りにこだわっていた。


 翌朝、彼女を学校へ送り会社に向かう。


 別支店の『つう』が居た。

「おう、今日休みだから遊びに来た」

「他に行くとこないの?」

「パチンコ屋にも行くけどね、勝ったら奢るから昼飯、負けたら奢って」

(なんだろう、解らないルールである)

 店内をブラついて、は『つう』10時には姿を消していた。

 パチンコ屋の開店時間だ。


 昼休み、『つう』がまた顔を出す。

「おう、メシ行こうぜ! 勝ったんだ!!」

(めずらしい)

「隣のレストランでいいか?」

「いや、それは無理、2,000円しか勝ってないから」

「あっそう、無理しなくていいよ」

「いやいや、約束だからね! 奢るよコレ」

 差し出したのは、カップラーメン。

「食おう、いっしょに、コレ最近気に入ってんの美味いぜ」

 イカ焼きそば。

「うん、ありがと」


「このイカが美味いよね」

「ペラペラのカマボコの切れ端みたいなの?」

「イカだよ、カマボコじゃねぇよ」

「お前、イカ食わないだろ?」

「あ~ん、まぁ、イカってどこで食える?」

「寿司とかイカ焼きとか、イカ飯とか刺身だってあるじゃん」

「買ったことないな」

「一度食ってみな、コレとはだいぶ違って自己主張、激しい食い物だから」

「おう、イカ焼きってタコの代わりにイカが入ってる感じ?」

(あぁ~なんか外人と話してるみたいだな~)

「…丸くないぜ…イカ焼きは…」

「えっ?」


 昼飯後、彼は第2ラウンドへ向かった。

 閉店間際の店内に彼が現れた。

 顔で解る、勝ったな。

「おう! 勝ったよ」

 個室で包装中の私のもとへ彼が入ってきた。

「おほっ、楽しそうだね」

「楽しくないよ」

「コレ、皆で食べて」

 差し出したのは、お菓子の山。

 パチンコの景品だろう。

つう』はお菓子を食べない、

 スナック、チョコなど食べているヤツ(私のことだが)は味覚バカと認識している。

 ポテトチップス=芋への冒涜ぼうとくらしい。

 普段ならチョコなど興味はないのだが、バレンタインデーとなれば話は違う。

 それも、女子高生が包装しているチョコ。

 テンションがおかしかった。

 不器用な『つう』が手伝えるわけでもなく、ただただ部屋にいるだけの彼。

「帰らないの?」

「うん、まだいる」

 アルバイトに声を掛けたりもする。

「ねぇ、誰かにチョコあげるの?」

「義理だけですよ」

「ほんと、キミから貰えたら嬉しいだろうね~おほほほほ」

 最初のうちは、女子高生も愛想程度に付き合ってたが、時間が経つにつれてウザったくなる。

 当然だ、忙しいのだ。

 お菓子も差し入れて貰った手前、無下にもできないから、

 適当に相槌を返しているが、イライラは見て解る。


「あの~『つう』さんは手伝ってくれないんですか?」

「あっ、俺?どうしようかな?桜雪いい?教えちゃって?」

「いいよ、出来るものなら」

「じゃあ、早く包装できるコツ教えるよ」

「ホントですか?」


 ――数分後

「あの、もういいですから」

「そう?いや~久しぶりにやったからな~」

 手元には、絶対に売れないなと確信できる包装済みチョコ。

 1ダース包むのに時間掛かるわ、汚いわ、失敗するから紙足りなくなるわ。

 予想以上に酷かった。

 もはや女子高生は誰も相手にしていなかった。

 黙々と手を動かしている。

 空気を察したのか、居心地悪くなったのか

「帰るわ」

 と『つう』は帰って行った。

 彼がドアを閉めた途端、女子高生の文句がダバダバ零れる。

 テンション下がるわ~。


 そんなこんなでバレンタインデー当日。


 施錠をして私が車に乗ろうとすると、

「桜雪さん!!」

 とアルバイトに来てくれてた女子高生達が待っていた。

「どうしたの?」

「おつかれで~す」

 と皆がチョコをくれた。

「どうせなら店で買ってくれればいいのに」

 と受け取ると、

「それじゃあ面白くないじゃないですか」

 と笑う。

「食事行こうか、みんなで」

 わぁ~と盛り上がる駐車場。

 近くのカラオケボックスに移動しようと歩き出すとシュボッ!!

 駐車場の隅でタバコに火を付ける男……『つう』である。

 車にもたれ掛り、タバコを吸っている。

 気づかないふりをしていると、街灯の下へ移動する『つう』。

(気づいてほしいのか?)

 皆が気づいてる、完全無視してるが……。

 彼女達は、彼の目の前を素通りしていく。

(気まずい……)

 小声で

「おう」

 と声を掛けてくる『つう』。

「おつかれ」

 私は手を挙げて、その場を後にした。

 振り返れなかった。


 カラオケで盛り上がり、駐車場へ戻ると『つう』はいなかった。

(帰ったか、良かった)

 まだ居たらどうしようか?とか考えていた。

 彼女とアパートへ戻る。

「ねぇ、あたしのチョコ最初に食べてよね」

 などと言う彼女が可愛い。

「ひっ!!」

 彼女が小さく悲鳴を挙げた。


 アパートのドアの前に『つう』がいた。

「どうした?」

 声を掛けると

「なんで、今年はチョコ貰えないんだろう」

(もしかして、チョコ貰いにきてたのか今日)

 苛立っていた彼女が『つう』に言った言葉。

「それが、解らないから貰えないんじゃないの?」

 項垂うなだれたまま私の横を通り過ぎる『つう』。

 振り返れなかった。

(今年は……違うよオマエ今年もだよ……)

 去年は、俺の貰ったチョコ勝手に食ってたよね、泣きながら。



 次回 産地直送

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 そして……。

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