第50話 お湯なしラーメン
「油メンって知ってる?」
『
「知らない」
「俺も食べたことないんだけど、美味いらしいんだ」
「聞く限りでは不味そうなんだけど?」
「行こう! 油メン食いに行こう」
「いいけど店知ってるの?」
「大丈夫だ、ブームなんだ、旗なり看板なりが出ているはずだ」
(あぁ、また目的地不明のドライブが始まる)
「ラーメンってのはスープが命だよね」
「そうなんだろうね」
「でも、そのスープが無いの」
「冷やし中華みたいな?焼きそばみたいな?」
「違うんだよ、冷やし中華はスープあるでしょ」
「焼きそばは?」
「……ソースで……こう……」
ハンドル握りながらも、炒めるような手つきをする『
(やめよう、追求すると事故起こしそうだ)
「油メンってのは、どうゆうラーメンなの?俺が想像するに油がベットリ絡まった生暖かいつけ麺を考えちゃったんだけど」
「うん、そうかもしれないな」
「知らないの?」
「聞いただけ、そういうラーメンがブームだって」
「見てないの?TVとかで」
「見たんだけどさ~、いまひとつなんて説明したらいいか~」
「そう、美味そうだったら食べるよ」
「食べろよ、それを食べに来たんだから!!」
「いいよ、つけ麺の存在が解らないって、いつも言ってるよね!!」
「それだよ、食わず嫌い!!」
「安定志向なんだよ」
「だから味覚が子供と一緒なんだよお前は!!」
こいつに言われたくないな。
「カレー・ラーメン・ハンバーグ」
私は呪文のように呟いた。
「なんだソレ食いたいのか?」
「お前が外食する店は、その3つだけ」
「そんなことねぇよ」
「お昼、ナニ食ったか当ててやろうか?」
「あっ?当ててみろよ」
「カレー」
「勘だろ!! ただの」
「シャツにカレー付いてるんだよバカ」
「だからか!! さっきからカレーの匂いがすると思ってたんだー俺かー」
どのくらい走ったんだろうか?
やっと『油そば』の看板を見つけた長かった、長い道のりと不毛な時間だった。
「ウチの嫁さんカレーばっかり作るんだよ」
(どうでもいいな~)
「カレーってさ、野菜が命でしょ」
(カレーはカレー粉が命じゃないのか?)
「ウチはさ~、米も最高、野菜も最高、カレーもベストなんだよね~」
「カレー好きなんだな」
「好きっていうかさ、食材を一番活かす料理がカレーになるんだよな」
「だから、お前の嫁カレーばっかり作るの?」
「そうなるかな」
「なんで、お前は家でカレーばっか食ってるのに、外でもカレー食うの?」
「…………研究だよ」
「某カレーチェーンしか行かないでしょお前」
「違うんだよ、トッピングを変えてるでしょ」
「ルーは一緒だろ」
「だから、カレーは野菜が命なんだろルーは大事じゃないの?」
「じゃあ、自分の家の野菜が最高なら、研究しなくていいんじゃないか?」
「………………」
こんな不毛なやりとりが続いていたのだ。
店に入ると若い従業員が威勢よく働く今風な店だ。
メニューを見ると、大きく『油そば』の写真と文字。
(見た目が、なんか好みじゃない……)
「油メンじゃなくて、油そばなんだな?」
「そうだったかもしれない」
「じゃあ、油そば2つ!!」
「いや、ひとつで、俺はラーメンセットでいい」
「また始まった……、いやいい、好きなモノ食べればいい」
「そのつもりだ」
ラーメンセット、醤油ラーメンとチャーハン、餃子、杏仁豆腐のセットだ。
880円、お得のような気がする。
味はまぁ普通だ。
油そば、私の見た感じだが、本当にスープのないラーメンだ。
なんだろう、不完全感半端ない。
そして麺がテラテラ光っている、これが油か。
つけ麺は存在の意味が解らないから食わないのだが、これは嫌だ。
ベトベトしそうだ。
『
不思議そうな顔をしている。
具を個別に食べ始める、シナチク・ナルト・卵・チャーシュー……。
麺を食べない。
大盛りにしたのが仇になったようだ。
「味がしない……」
ボソリと呟いた。
私が杏仁豆腐を食べ終わっても麺を持て余していた。
「残せば」
「うん」
店を後にして、しばらく走る。
「腹が減ったんだけど……」
「俺は大丈夫だよ、早く家帰ってカレー食べれば?お昼の残りあるんでしょ?」
「カレー食べてこうか?」
「いや、いらない、腹いっぱい」
「食べよう」
車を某カレーチェーン店へ向ける。
「夏野菜カレーにとんかつトッピングで大盛り!!」
「ポークカレー」
カレーを食べながら、美味い、美味いを連呼する。
(
「いや~油メン?ダメだわ」
「油そばな」
「そば?アレ全然、味しないんだよ、食わなくて正解!!」
「あ~あれね、混ぜて食べるんだって」
「えっ?」
「いや、お前を待ってる間、メニュー読んでたんだよ、そしたら、
「えっ?」
「だから、具とか麺にタレを絡めて食べるの、『まぜそば』とも言うらしいよ」
「言えよ」
「書いてあったんだよ。俺は関係ないでしょ、ラーメンセットなんだから」
「知ってたの?」
「知らなかったよ、読むまでは、そもそもお前に聞かなきゃ存在も知らない」
「知ってんじゃん」
「うん、今は知ってる」
「なんであのとき言わないの?」
「いや、お前、マズイっ顔してたし、食べる気なさそうだったし」
「そういうことじゃねぇよ、どうして、そんなに性格悪いの!!」
「頼む前に読めよ、自分が食うモノくらい!!」
「…………」
「だいたいね、お前に味覚なんてもんは無いんだよ!! 自覚しろよバカ」
「…………」
「知識もないのに語るなよ、みっともない」
その日は無言の帰宅となった。
数日後、深夜のスーパーで『
「腹減った……」
「コンビニ寄れば?」
「いや金使いたくない」
「使える金がない、が当たりだろ」
「…………」
「あっラーメンがある」
「お湯がねぇだろ」
「水はあるんだ」
ペットボトルを後部シートからほじくりだす。
(いつからあるんだろう?)
「例の地元の汚い湧き水か?カルキの香りの水道水のほうがマシだろ」
「汚くねぇよ」
「水があるからなんなんだよ」
「ラーメン食える」
「バカなの?」
車を止めて、煮るラーメンの袋を開ける、粉末スープを麺に掛けてボリボリ食いだした。
しょっぱいのだろう、合間に水を飲む。
「ん」
と、私にラーメンを差し出す。
「いらねぇよ」
「なんで?お菓子みたいなモンだって」
「全然違うよバカ」
「美味いってホント、子供の頃から食ってんだって、こうやって」
「うそだろ?」
「ウチのガキも食ってるよ」
(うわ~なんか痛々しい親子)
「もう一個食おうかな?」
「どうぞ……」
「味噌は濃いんだよな~、でもコレ食うとさ、ちょっとすると胃が痛くなるんだよね、不思議」
(不思議じゃねぇよ!!)
fin
お湯ラーメン 桜雪 @sakurayuki
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