第33話 1Kgステーキ

 ステーキは好きですか?


 小学生の頃、学芸会で『クラスの昼食時間』を発表するという全校行事がありました。

 私のクラスは、昼食時間に、各班が順番で、なぞなぞを出題していたのです。

 その学芸会で、私はクラスでも人気の女子が出題した、なぞなぞを答える役をもらい、

 張り切っていたのです。

『ママがすてきな料理を作ってくれたよ、その料理はナニ?』

 ハイッ!!ハイハイ!!

『じゃあ、桜雪くん』

『ハイ、ステーキです』

『正解!!』

 ワァー!!

 みたいな劇でした。

 バレンタインデーで、チョコは貰えませんでしたが。


 発端は私でした。

「そういえば今日、ステーキ半額だって、アソコの店」

「マジで?行くしかねぇだろ」

「いいよ、安い肉だろうし」

「行こうぜ、肉食いに、俺、ステーキは何枚でも食えるぜ」

「何枚でもって、ステーキって飽きない?」

「飽きないよ、ステーキって肉焼いただけだぜ」

「まぁ、そうなんだけど、だから飽きない?」

「バカ、だから肉の良さがダイレクトに解るんじゃん」

「いや、だから、たぶん安い肉だから飽きない?」

「大丈夫だって、行こうぜ」


つう』は、肉より半額のほうに惹かれているのである。

 そういう男なのだ。

 絶対、通常料金のときはステーキ屋なんて入らない男である。

 ラーメンとチャーシューメンの値段の差とチャーシューの枚数の差を、

 私に計算させるほどに意地汚い男である。


 ラーメン屋で、どんぶりの大きさどころか、深さまで気にする男なのだ。


 ステーキ屋、そこそこ混んでいる。

つう』は、もちろんコレだと言わんばかりに、

 1Kgサーロインステーキを注文した。

「1Kgだぞ、食えるのか?」

「大丈夫だよ、サーロインだよ、食えるよ」

「サーロインなら食えるの?リブだったらダメってこと?」

「お前なに言ってんの?リブってなに?」

「いや肉の部位…サーロインだってそうじゃん」

「えっ、部位?牛の名前じゃねぇの?」

「牛の名前ってなんだよ」

「いや、ホルスタイン的な感じの」

「うん、いいや別に」

「なに?鳥のモモ肉とか、そういう感じなの?」

(オマエ農業高校だったよね)


 どうでもいいや。

 私の意に反して、『つう』は1Kgサーロイン2つを頼んだ。

 もちろん、私も食べるのだ。

 食べる前から解っていた、私はきっと食べきれない。

「あのさぁ、俺食えそうにないから、普通でいいよ、300gくらいで」

「残せよ、大丈夫だよ、俺が食うからサーロインなら食えるから」


 しばらくすると、来たよ、バカでかい肉の塊、見るだけで気持ち悪い。

 美味しそう、と思える量ってあると思うのだ。

 デカけりゃいいってもんじゃない。

 美味しく食べれる量を、食べるから、外食は楽しいのである。

 楽しい雰囲気で、ちょっと食べ過ぎちゃった?

 そのくらいが愉しい外食の日なのである。


 もう目の前のソレは、楽しい会話を吹き飛ばす破壊力をもった肉である。


「おおーっ、ほほぉ~、肉の塊だ、ほぉ~」

つう』は楽しそうだ。

「やっぱ、肉はサーロインですよね」

 店員に話しかける『つう』、

 さっきまで、サーロインとホルスタインゴチャゴチャにしてたくせに。


「すいませ~ん、ソース別のないですかね?」

(ほら飽きてきた)


 私はそれでも、半分ちょっとは食べたと思う。

 ただ、半分食べる頃には、鉄板も冷えていた。

 もちろん肉も冷めている。

 冷めたステーキほど、食いにくいものはない。


「あと、よろしく」

 私は、『つう』の鉄板に肉を乗せた。

「なにすんだよ!!」

「お前食えるって言ったよな」

「食えねぇよ、確実にお前のほうが食ってんじゃん」

「だから、限界なんだ、食えよサーロイン」


「えっ、ソース無いの?他のソース出せないの?おかしいじゃん!ソースの量と肉の量、ぜんぜんバランスおかしいじゃん」

(まぁ、それはお前しだいだろ)

「なんかこう、和風のとか?白いのとか?なんでもいいの、まだ食えるんだけど、ソースが無いと食えねえじゃん」

(お前、肉の良さがどうとか、飽きないからとか、どうした?)

「マジで、ソース無しで肉食えっての?食えねえよ…ソースねえもん」


 完全にギブアップなのである。

 UNOでドローフォー喰らった顔である。

 冷えた鉄板に冷めた肉、山盛りである。

 確実に、最初より増えているのである。


「全然ダメ、肉の食い方わかってねぇよ!!サーロイン台無し!!」

(台無しにしたのは、お前だ)

「だいたい、ステーキのバーベキューソースってなに?どうゆうこと?」

(そこは べつにいいだろ、ステーキをバーベキュー風に食うってことだよ)

「合わないんだよ!!塩とコショウで充分旨いんだよ、そういう出し方しないからさ」

(いや、じゃあソースいらないじゃん、なんで他のソースを所望したんだよ)


「お前、大食い向いてないんだからさ、こういうのやめたら?」

「バカ、俺は、本当に旨いものだったら、相当食えるよ」

「あっそう、じゃあせめて、俺と一緒のときはやめてくれる?」

「そうだな、お前は本当に、役に立たないよな」

(もう、それでいいからさ)


 数年後、私は会社の上司と、取引先の社長から食事に誘われた。

「ハンバーグ定食」

 と上司が頼んだので、私もソレに従ったのだが、

「ほら、そういうの無しで好きなモノ食べなよ」

 と社長が言うので、しかたなく

「じゃあ、一口ひとくちステーキ」

 と注文を変えた。

 私はハンバーグの方が好きなのである。


 来たプレートには、えっコレで一口ひとくち?ってくらい大きな一口ひとくちステーキが。

 一口ひとくちステーキってだけあって、ナイフが無い。

 フォークと箸だけである。

 私は、大きな肉を口に運んだ。

 グチグチグチグチいくら噛んでも、噛みきれない。

 あごが痛くなってくる硬質の弾力。

 少々、冒険ではあったが、飲み込むことにした。

 ングッ、落ちない…。

(困った…喉のど真ん中で止まってる…)

 水だ、流し込め!!

 ゴクッ、流れない。

(陸上で、溺れるの?)

 苦しい…呼吸ができない…ヤバイ…窒息か?


 私はトイレに駆け込んだ。

 トイレの洗面台でもがく。

 アガガッガガ、ゲホッゲゲゲッホ…アガッ!!

 数十秒後、ようやく、口から出てきた肉。

(死にかけた…マジでダメかと思った…ひとくちって誰基準だよ)

 どうなるだろうか?ファミレスのトイレで肉詰まらせて窒息死。

 絶対嫌である。


 いかに死にたがりの私でも、その死に方は容認できない。

 いや、死にたがりだからこそ、死に方は選びたい。


 そんなわけで、私はステーキが苦手です。

 子供の頃、憧れた家庭でステーキも、小学校の淡い思い出も、

 全部帳消しにするほど、大人になってからのステーキは、いい思い出がない。


 食事には、美味しく食べれるサイズと量があると思うのである。



 次回 食べ放題

 時間40分の焼肉屋で、男3人勝負を挑む。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る