第27話 デリヘルを勧める中学生

 病院を出た3人を熱風が襲った。瞬時に全身から汗が噴き出した。


「暑い……」


「朝からサウナ状態です。うふ」


 香の白衣がバスローブ姿に見えた。


「ファミレスに行こう」


 七恵が言うので、彼女といったことのあるファミレスに向かう。車内での彼女の表情は相変わらずのっぺりしていたけれど、何気に楽しそうだった。


 ファミレスに入ると、朝食を取らなかった歩はハンバーグセットを、七恵と香はチョコレートパフェを注文した。


「私の出番がなかったわね。うふ」


「日の神は、あそこにはいなかったのかい?」


 香の能力は疑っていなかったけれど、彼女が噓をついている可能性は考えていた。彼女の口から詳細な情報を聞きたい、と思った。


「いたはずだけれど、どうしてかしら? 私には感応しなかったのね。うふ」


「そうか……。モモにご執心なんだね」


「ええ。きっとタイプなのね。全力でモモを口説いているといったところかしら。モモに巫女になる勇気があればいいのだけれど、うふふ」


「依頼を達成するには、日の神をモモから引き離さないといけないのだろう?」


 七恵が、歩に訊いたのは、香に協力を促すためだろう。


「そうだね。モモさんが両親のところに戻らなければ意味がない」


「相手は神様ですよ。難しいと思うなぁ。うふ」


 香がアイスクリームをすくったスプーンを口に運んだ。


「月の巫女がモモさんの胸をつついていた。あれは、何らかのサインだと思うけど、どう?」


 病室を覗いたとき、美子が怪しげな行動を取っていたことを思い出していた。


「女同士、違いを指摘しあっていたのに違いない。美子の女らしい身体とモモのスレンダーな体型。全く異なり、宿る神も違うのだと思う」


「私もそう思う。太陽と月、2人が異なる属性を持つことが必要なのではないでしょうか。うふ」


「月の神は夜の象徴。日本では死を意味するけれど、愛や性的な意味もある。日の神は太陽で繁栄や生産の象徴。そこにあるのは論理的な理性。その二つを持って、彼女らは矢田王の暴走を押さえていたのに違いない」


「なるほどね」


 七恵の分析に、歩は深く感心した。


「彼女らの力が弱まったために、大国が八田王に憑りつかれたのですね。うふ」


「どうして八田王が大国に憑りつくの?」


 歩は素朴な疑問を言った。


「それは分かりません。うふ」


「八田王の剣を隠し持っていたからだろう」


 七恵が、当然だとでもいうように言った。


「日の巫女が復活したら、僕の胸の痣は消えるのかな?」


「そっちの考察は別料金」


 七恵がいう。


「玉麗さんみたいなことを言うんだな」


 歩は呆れた。


「どちらにしても、日の神の依代を見つけなければ、解決しないわよ。うふ」


 チョコレートパフェを食べ終えた香が、昆布茶を追加注文した。


「歩がアユミになって、日の神の気を引くというのはどう?」


 七恵の表情はいたって真面目なものだった。


「僕は男だよ。巫女には成れないよ」


「今はジェンダーフリー。ゲイやバイが巫女になったって不思議じゃない。日の神は平らな胸が好きなようだから、アユミにもチャンスがある」


「七恵さん、いや、七恵様。僕をからかっているよね?」


「私は、基本、冗談は言わない」


 のっぺりとした顔の七恵が歩を直視した。


「基本だよね? 基本」


 歩は苦笑する。同居していた4カ月前のことをざっと回想してみると、確かに七恵が冗談を言って笑った記憶はなかった。


「もう一度、月野美子さんに会って話を聞いてみたらどうでしょう? 歩さんが日の神に気に入ってもらえるかどうか。うふ」


「それは無理だ。連絡先が分からない」


 自分が巫女になるなんて、ありえない。……歩が応じると、香が〝うふ〟と笑った。


「それなら分かります。うふふ」


 香が懐に手を入れてごそごそする。開いた胸元から巨乳が半分ほど覗いた。歩は慌てて目を閉じた、……ふりをした。


「どうぞ、病室から逃げる時、美子さんが落としていったんです。うふふ」


 彼女が小さなピンク色の紙片を取り出した。


「ん?」


 よく見るまでもなかった。デリヘルのチラシだ。時折、駅の周辺や繁華街で見かけるものだ。


「香、よくやった」


 七恵が感情のない顔でほめた。


 受け取ったチラシには、小さいけれど半裸の女性の写真が載っていた。胸を手で隠し、ウインクをしている美子だ。


「こ、これは……」


 歩は、目をぱちくりさせながら香に目をやる。


「デリヘルのチラシだよ。だからどうしたの。うふ」


「風俗かぁ。僕は使ったことがない……」


「誰にも最初の時があるもの。ほかに手段があるなら、無理にとは言わないけれど……」


 七恵が言って、ぷいと横を向いた。


「考えてみるよ」


 関心のない振りをして、チラシをポケットに入れた。


「頑張りなさい。もう、約束の日付まで、時間がない」


 七恵の口調は母親のもののようだった。


 3人はファミレスを出て聖オーヴァル学園に向かった。歩は、車を聖オーヴァル学園の駐車場に停めた。そこから先は男子禁制。女装していない歩は入れない。


「今日はありがとう」


「いや。……奮闘を祈る」


「ご馳走さまでした。うふ」


 挨拶を交わし、七恵たちと別れた。歩は、二つの小さな影が聖オーヴァル学園の門の中に消えるのを黙って見送った。


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