第39話 モモ
玉麗は、2人の少女を観察していた。とくに、1500年生きていると教えられた七恵を。彼女にとって、歩を待つ数時間など、時間の内に入らないのかもしれない。
「あっ!」
大国が腰を浮かせた。
玉麗は彼の視線を追った。ベッドに横たわっているモモの瞼が開いていた。
「モモ! パパが分かるか?」
彼はモモの細い腕を取り、上半身を伸ばしてモモの顔を覗き込んだ。
玉麗の目にも、モモの瞳に光が宿っているのがわかった。しかし、彼女は父親の声に反応しなかった。
――ゴトッ――
扉の開く音がして、そこにジャージ姿の歩が立っていた。
「歩!」
玉麗は、自分でも驚くほど大きな声を上げていた。
「よかった。うふ」
香は安堵を笑みにしたが、七恵はのっぺりした顔を歩に向けただけだった。
「モモ……」
大国が唖然とした声を発した。たった今、目を開けたばかりのモモが、ベッドを降りて立っていた。
「矢田王さま、お待ちしておりました」
モモの声に応じるように、歩が夢遊病者のように進んでモモの手を握った。
「私を愛してくださいまし……」
声に応じ、歩がモモを抱きしめた。そのまま2人はベッドに倒れ込んだ。
「止めないか!」
驚いた大国が叫び、歩に掴みかかろうとした。が、彼の手足は動かなかった。
身体が動かないのは、玉麗や七恵も同じだった。
「これが、八田王の力……」
身動きできなくても口は動いた。
「八田王?」
「大国さんが持っていた剣の真の所有者ですよ。それは今、歩の中です。彼は、あの時の大国さんのように、八田王に憑りつかれているのです」
玉麗は説明した。
歩の手が平たいモモの胸をまさぐっている。
「止めろ、止めてくれ!」
大国が吠えるように泣いた。が、モモは違った。
「うれしい」
恍惚の笑みを浮かべたモモの頬を涙が流れた。
「財部さん、何とかしてください。あなたの部下でしょう!」
大国が懇願した。娘の濡れ場を見たいという父親はいないはずだ。
「歩、淫行はやめろ!」
玉麗は叫んだ。止められないと分かっていても、止める努力をしたと見せておくことがこの世では必要だ。後々裁判にでもなれば、この叫びこそが証拠になる。唇が動いたことに感謝した。
「うれしい、もっと」
歩の愛撫にモモがあえいだ。大国は目の前の光景を見まいとしていた。両手で目を隠せないので瞼を閉じた。
「パンツは脱ぐなよ!」
玉麗は叫ぶ。
「アユム、やっちゃいなさい」
七恵が真顔で言った。
「どういうこと?」
意味がわからず尋ねたが、七恵は答えなかった。どこまでも不愛想な少女、いや、年寄りだと思う。
「もう離しません。私と共にまいりましょう。黄泉の国へ」
「モモ、何を言うんだ。馬鹿なことは考えるな」
大国が慌てる一方、玉麗は困惑していた。もし、モモが死んでしまったら、報酬はどうなる。1億円相当の鏡を日の宮に置いてきたことを思い出し、奥歯を噛んだ。
「大丈夫。歩は強い」
七恵の静かな声に、歩の動きがとまった。
「八田王さま、どうしたのです。早く……」
モモが要求する。
歩は、ゼーゼーと息を荒げていた。やがて天を仰ぐようにして全身を震わせた。
「僕は、ナルトアユムだ……」
あがくように言った。そして、視線をモモに向けた。
「君は日の巫女ではない、大国モモだ。日の巫女よ、日の神よ、モモを解放しろ」
歩の声は力強かった。とはいえ、玉麗から見れば、モモを組み伏した態勢で言うものだから説得力がない。
「エッ!」
声を発したモモが、再び目を閉じベッドに横たわった。死んだようにぐったりしている。
「まさか……」
八田王によって動きを封じられていた大国の身体が動いた。モモの腕を取り、脈を取った。
「……モモ」
彼がうめいた。
モモには脈も息もあったが、意識はなかった。
「元の木阿弥か……」
七恵がつぶやき、ベッドの傍らで肩で息をする歩に目をやった。
「起きろ」
玉麗がスリッパで頭を打つと、歩は立ち上がった。まだ夢を見ているような目をしている。
「アユム。意識はあるのだな?」
七恵が声をかけると、彼はドスンとそこにある椅子に座り込んだ。刹那、どっと汗をかき、ジャージを濡らした。
「意識は、ずっとあったけど、身体がいうことを利かなくて……。八田王に操られていたんだ」
「気持ちよかったか?」
玉麗は、再び眠りに落ちたモモを指して聞いた。彼女を抱きしめるようにして、大国が「モモ、モモ……」と呼び続けている。
「不謹慎ですよ」
歩がフラッと立った。病室を出ると廊下に座り込んだ。
「とにかく説明しなさい」
玉麗は促した。彼はうなずき、力なく立ち上がった。
大国を含めた5人は病院内の談話室に移動した。そこで歩が、天狗の森で見つけた日の巫女の遺体が灰になったことを話した。
七恵と香は信じたが、玉麗と大国は信じなかった。
「でもこれで、日の巫女の執着心からは解放されたのではないかな」
七恵の言葉に香がうなずいた。
「それでもまだ目覚めないのは、別の誰かが日の神とモモを結び付けているからだ」
七恵が深刻な表情で、悲しみに暮れる大国をうかがった。
「その可能性を否定しないけれど、月の巫女が言ったように代わりの依代も必要に違いないよ。うふ」
香が答えた。
「依り代は、香さんではだめなの?」
玉麗は訊いた。
「日の神は、ぺちゃぱいがお好みのようです。うふ」
香がさらりと否定する。
「最近は、みんな発育がいいものね」
香のFカップ級の胸に目をやり、自分のそれと比較した。
「歩、胸を見せて。矢田王は、まだ歩の中にいるのね?」
尋ねたのは七恵だった。彼がジャージのファスナを下げて前を広げた。その胸の八枝刀の形の神紋が、より鮮明になっていた。
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