第22話 担保

 手柄を奪う玉麗に向かって、それは僕たちが調べたことだ、と歩は心の叫びを上げた。


「エッ、そうなのですか? 知らなかった。あれが……。しかし、私は盗んだりしていませんよ」


 大国は心底驚いていた。


「大正時代と言ったはずです。大国さんが生まれるはるか昔のことですよ。もしかしたら、大国さんのご先祖が……」


「まさか……。私の先祖に泥棒はいませんよ。あれは私が買ったのです」


「嘘ですね」


 メロンを切りながら、玉麗が断言した。


 歩は彼女に目をやった。はったりだろうと思った。


「本当ですよ。銅鏡と同じです」


「銅鏡は会社の固定資産に計上していたけれど、あの剣は固定資産台帳に載っていませんでした。別な形で手に入れたからでしょう?」


 玉麗が6分の1にカットしたメロンを大国と歩の前に置いた。


「やはり、会計士さんは騙せませんか」


 大国が観念して肩を落とした。


「あの宝剣は、金を貸した相手から担保として預かったものです」


「なるほど。理屈は通るわね。誰から取り上げたの?」


 そう話しながら、彼女はメロンをぺろりと平らげた。


「取り上げただなんて、人聞きが悪い……」


 彼が顔をしかめる。


「それなら、全てを包み隠さず話してください」


 玉麗が姿勢を正した。


「……20年ほど前になります。すずらん通りで酒屋を営んでいる男がいました。その男に300万ほど貸したのです。担保として預かったのが、あの剣です。……その男は金を返せないまま、10年ほど前に首をつって自殺しました」


 御神体を手放した人物が自死した。そして娘が寝たきりになった。大国が剣の祟りを疑ったのは当然だろう。しかし、元の所有者の自死の理由は、祟りではなく、大国が過酷な取り立てをしたからではないか?……歩は疑った。


「あれが御神体だと、知っていたのね」


 玉麗が問い質した。


「本人からはそう聞きました。そうでなかったら300万も貸せるはずがありません」


「借用書はどうしました?」


「どうしてそんなことを?」


「大国さんの話が本当かどうか確認したいですね。それとも、相手のご家族に返しましたか?」


「いいえ……。まだ、持っています。残債があるので……」


 神妙な大国の肩が震えている。玉麗の瞳が光った。


 大国は何かを隠している。……女王様の反応で、歩は直感した。


「遺族の方から、返済が続いているのですね?」


 玉麗の質問に大国屋が頷いた。


「毎月1万円、時には5千円ですが、振り込みがあります。かれこれ半額ほどは返してもらった状況です」


「遺族の方は、けなげにも返済を続けているのですね。……返済が済んだら、預かっていた担保は返さなければならない。大国さん。それを失ってしまいましたが、どうするつもりです?」


 玉麗の声は、詰問を越え、脅迫めいていた。


「どうしたものか……」


 彼が首をわずかに振った。風に揺れているようだった。


「モモさんの件といい、昨日のことといい、大国さんに問題の発端があるような気がするのです。それを解決しないと、モモさんの意識は取り戻せないと思いますが」


「私は、どうしたらよいのでしょう……」


 大国が哀願するような眼を玉麗に向けた。


「これ以上のことは、書類を見てみないと分かりません。後ほど、お宅の事務所に伺いましょう」


「娘を助けてください」


 彼が玉欄に向かって両手を合わせた。娘を愛するその瞳は涙にぬれていた。


 自分の事よりもモモを心配する大国の態度に、歩は心を打たれた。やはり彼も人の親なのだ。


 午後、歩の検査結果が出た。脳にも痣の残った身体にも異常はなかった。「治療代は貸しよ」と玉欄が悪魔の眼差し……悪魔を見たことはないけれど、歩はそう思った。……それを歩に向けて念を押し、退院手続きを済ませた。


「貸す相手は大国さんですよね?」


 歩は抗議した。入院の原因をつくったのは大国なのだから。


「減らず口を叩くな。それより、ナースステーションに、さっさと挨拶をしてこい。退院するときは、そうするものだ」


 玉麗に教えられてナースステーションに挨拶をすると、看護師たちが額を寄せ合ってヒソヒソと話した。中には笑う看護師もいて不快感を覚えた。


「看護師がみんな、僕を笑っていました。何かあったのですか?」


 病院を出てから玉麗に訊いた。


「歩が聖オーヴァル学園のジャージと女物の下着を身につけていたからだ。もはや、この病院では、変態として有名だ」


 彼女が悪魔のような笑みを浮かべた。……膝から力が抜けた。地面に膝をついてしまいそうだった。が、その背中を玉麗が推して駐車場まで歩いた。


「死にたい」


 歩は、車の助手席で何度もつぶやいた。


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