第21話 見舞い人
「おはよう」
早朝、歩の病室に玉麗が顔を出した。冬美と一緒だった。
「アッ、おはようございます」
「入り口で冬美さんとバッタリ会った。なんだか遠慮していたぞ」
玉麗が歩の頭を小突くと、冬美が頬を染めた。
恥ずかしくて病室に入れなかったのだろう。乙女らしい恥じらいは歩にとってはご馳走だ。
「具合はどうですか?」
冬美が遠慮がちに言った。
「もうすぐ危篤に陥るとでも言われたか?」
冬美に比べたら女王様は口が悪い。それは本当の気持ちの裏返しだ。そう解釈すると我慢もできる。いや、感激する。しかしそれは、思い込みに過ぎないのかもしれない。ともあれ、医者の話を伝えた。
「午前の検査で問題がなかったら退院だそうです」
「良かった」
冬美の表情が花が咲いたように明るくなった。
「そんなことだろうと思って着替えを持ってきた」
玉麗が着替えを枕元に置いた。
「部屋に勝手に入ったが、文句は言うなよ」
「文句だなんて、とんでもない。ありがとうございます」
玉麗の心遣いに頭が下がる。
「さすがに女物のジャージでは退院できないだろう」
玉麗が笑った。どうやら、それを言いたかったらしい。やはり女王様はSだった。
歩と玉麗の顔を交互に見るようにして冬美が口を開く。
「あのう。歩さんと玉麗さんって、どんな関係なんですか?」
「親子ではない。姉妹でもない。かといって夫婦でもない。主人と奴隷といったところか……」
玉麗がからかう。冬美の顔が困惑で染まった。
「玉麗さん、ふざけないでください。冬美さんは真面目なんですから。困っているじゃないですか……」
歩は、2人の関係を雇主と労働者だと説明したが、彼女の表情は晴れなかった。
「それだけの関係には見えないんですけど……」
「セフレかな。毎週、必ずやることにしている……」
玉麗は歌うように言った。
「え!?」
冬美の眼が点になった。
「違うよ。玉麗さん、なんてことを言うんですか!」
歩は思わず大きな声を上げ、病院にいることを思い出して口を閉じた。
「毎週休日の朝は洗車だ。洗車友達。セフレだろう?」
噓をつきながら、玉麗は澄ましていた。
「こういう人なんだよ。気にしないで」
歩が教えると、冬美が半笑いを浮かべた。
「そうだ、忘れていた。大国屋が見舞いに来たいと言っていたがどうする? そろそろ着くころだ。顔も見たくないと言うなら、断るが……」
玉麗が歩の頭を叩いた。
「イテテ……、僕なら大丈夫ですよ」
「ほう、そうか。見舞金をたんまりもらえよ」
玉麗が病室のドアを開け、廊下を覗く。「いたいた……」そう言った後、廊下にいた人物を呼んだ。
黒い影が入ってくる。警察を釈放されたばかりの大国だった。彼の顔と腕にはいくつもの青痣があり、大きな身体の肩をすぼめる姿は痛々しい。痣は、冬美や七恵らに取り押さえられた時についたものだろう。
「ヒッ!」
冬美が小さな悲鳴を上げ、「私、失礼します」と一言残して、逃げるように病室を飛び出した。
「やはり、まずかったですか……」
大国が小さな声で尋ね、持参した見舞いのメロンを差し出した。
「まあ、いろいろありましたから……。彼女は怖かったと思います。僕は気にしていませんから、心配しないでください」
メロンを受け取ると、彼に椅子をすすめた。
「どうして、大国さんがあの場所におられたのですか?」
歩は、襲われたことよりも、大国が御神体の剣を持ち、奴奈之宮神社にいたことのほうに関心があった。
「それが……、記憶がないのです」
小さな椅子に座った大国は困惑の表情をつくり、膝に手をついてうなだれた。
グゥー、玉麗の腹が鳴る。
「いいかしら」
彼女がメロンを指す。その視線は拒絶を許さないものだった。
「どうぞ」
仕方なくうなずいた。
玉麗がどこで手に入れたのか、果物ナイフを手にして振り上げる。
「正直に言いなさい。さもないとあなたのバナナを半分にしちゃうわよ」
彼女はクライアントにさえ容赦がなかった。包丁が、窓からさす陽に煌めく。
「それは許してください。本当に覚えていないんです。倉庫で宝剣を見ていたら意識を失って、気づいた時には女の子たちに蹴られていました」
大国の声は震えていた。玉麗が振り上げたナイフが怖いのか、ボコボコに蹴られた記憶が蘇ったのか……。
歩は、怯える彼の顔や腕についた打撲傷の跡を見て同情した。少女たちは全力で蹴ったのに違いない。
玉麗がメロンに果物ナイフを突き立てた。甘い香りが病室に広がる。
「意識を失う前に倉庫で見ていたのは、振り回して消えた八つの枝のある剣ですか?」
歩は自分の体の中に消えたという、剣を思い出していた。
「そうです。我が家の宝でした」
「あれは、大正時代に盗まれた上の宮の御神体のようですが……。それが祟っていると考えたのですね?」
玉麗が物知り顔で言った。
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