第48話 謝罪
「どうだろう、真由さん。大国さんは誠意を見せてくれた。納得できたかい?」
歩は尋ねた。歩にとっては宝物の取り扱いより彼女の気持ちの方が気がかりだ。
真由の反応は鈍かった。何かに縛られたように動かない。
玉麗と大国の視線が彼女に向いた。
「真由、どうなの?」
真紀子が強く言うと、真由が小さくうなずいた。
「ありがとう」
大国の肩が震えていた。そんなことがあったからか、彼の声も心のこもったものに感じられた。
歩は胸をなでおろした。その時、大国の感情に共感するあまり、真由の気持ちを疎かにしていることに気づかなかった。
「あとは、日の神の依り代を見つければ、モモさんの意識は戻るはずです」
「それが難しいのですよね……」
大国が観念したように言った。
「お嬢さんの意識は、まだ戻らないのですか?」
真紀子が尋ねた。大国に代わって「そうなのです」と歩が答えた。その場の誰もがモモの無事を祈っただろう。皆、口を閉じた。
「私が巫女になるわ」
突然、真由が言った。
「真由!」
「いいのですか?」
真紀子は驚き、大国は希望を持った。
「巫女になるということが、どういうことか分かっているのかい?」
歩は身を乗り出した。
「もちろん。私、不老不死になるわ」
真由の覚悟に、その場の大人たちは沈黙した。
静寂を破ったのは、打合わせ室の外で巻き起きた混乱だった。
「今は打合せ中です。勝手に入らないでください」
ドアが開くと、梅世の声とともに大きな赤いリボンを頭に乗せたロリータファッションの金髪娘が乱入してくる。
「月の巫女、どうしてここに?」
歩は立ち上がった。
「あなたは純潔じゃないから駄目よ。ぷんぷん」
月の巫女こと美子は、右手で銃の形をつくって真由を指した。
「純潔じゃないって、どういうこと?」
聞いたのは歩で、真由は全身を緊張で強張らせていた。
「それは、大国さんが良く知っているわね? ぷんぷん」
大国に注目が集まる。彼は青ざめ、大きな手を小刻みに震わせていた。
純潔の意味などその場の大人は皆知っている。問題は、その答えを大国が求められたということだ。
「どういうことですか? 大国さん、説明してください」
黙りこくった大国に促した。
「私から説明します」
真由が立ち上がる。
「止めなさい」
大国が眼をむいた。その顔をあえて無視するように、口を真一文字に結んだ真由が歩に向いた。
「だめだ。話すなら私から話すし、お母さんには……」彼は苦しそうに語るとテーブルに両手をついて首を振る。「……すみません、席を外してもらえますか?」
大国を見ていた真紀子が、真由に向き直る。
「まさか……」
静寂が室内を占拠した。
誰もが、言葉にし難い事実を、おそらく正確に想像していた。それを音に変えないのは、声にすると言葉が現実になるという言霊の影響を受けているからだ。負の出来事を口にすることによって、誰かを傷つけたり、逆に、自分が悪役に仕立て上げられたりするものだ。
「ぷんぷん……」美子の場違いな声で時が動き出す。
「私なら大丈夫です。真由、話しなさい。まさかとは思うけど……」
真紀子が真由の手を握った。彼女はどこまでも娘を信じようとしているようだった。
「お母さんの想像した通りよ。私は、大国さんと寝たの。ゴールデンウイークの時よ」
「あなた、冬美さんの所に泊まるって……」
「大国さんの家に泊まったのよ。モモとお母さんは海外旅行に行っていたから……」
「どうして……」
真紀子が大国をにらんだ。彼は顔を伏せ、頭を抱えていた。
「お父さんに……」真由の頬を涙がつたった。「……なってもらったの……」
真由の声は消え入るようだった。彼女もテーブルに額を当てて顔を隠し、すすり泣いた。
「父親に憧れる真由さんを騙して連れ込んだのですか?」
玉麗の声は氷の刃物のようだった。
「い、いや……」
大国の言葉は声にならない。
「大国さんが悪いのではないのよ。私は、そうなると知っていて、大国さんの家に泊まったの」
真由が声を絞り出した。
「どうして……」真紀子が、背後から真由の肩に手を置いた。
「わからないの……。でも、そうしたら、幸せになれるのではないかと思った」
「浅はかな……」
真紀子の顔には失望が張り付いていた。
「でも、思ったようにはならなかった。大国さんは、私のパパでも愛人でもなかった。そう、なろうとしても、そうしてもらえなかった。家族がいるところでは、どこまでも他人だった……」
「当り前じゃない!」
真紀子が床に向かって叫んだ。
「すまない……」大国が真紀子に向かって頭を下げた。
歩は失望していた。大国と桑野親子の間でまとまった合意は、これでご破算になるだろう。
※ ※ ※
玉麗は、ただ失望していた。せっかく桑野親子と大国の和解が成立し、多額の報酬に手が届くところだったのだ。それをロリータファッションの金髪娘にめちゃくちゃにされたのだから……。
「……だから、穢れたあなたの身体に日の神が憑くことはないのよ。ぷんぷん」
その場に乱入してすべてをぶち壊した美子が得意げに言った。八田王を不純な真由から守ったという誇りがそうさせているのだろう。
その隣では、相変わらず歩が焦点の合わない目をしていた。その表情筋はひきつり、尋常な様子ではない。
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