第25話 月野美子
「……」
用件を訊いた歩に、七恵が困り顔で首を傾げた。
「モモさんに会わなければならないだろうって、七恵さんが気をきかせて来たのですよ。うふ」
七恵さんが口を利かないのは玉麗さんへのジェラシーかな?……歩は、まんざらでもなかった。
「そうか。僕のために、わざわざすみませんでした」
玉麗の殺気に気遣い、言葉を選んだ。
「必要ないなら帰る」
相変わらず煮え切らない態度の歩に憤慨したのだろう。七恵が立ちあがる。
「い、いや、待って。日の神と接触できるかもしれないよね。行こう」
玉麗と視線が合わないように背を向けて立ちあがった。
「俺も行こうか?」
阿久が腰をあげる。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です」
「なんだよ。つれないなぁ」
彼が口を尖らせた。
「ちょっと外出してきます」
告げた相手は事務の梅世だ。
「歩君ったら、妻の尻に敷かれた亭主みたいね」
梅世と栄花が、七恵と香、最後に歩の顔を見て笑った。
事務所を出ると、香がエレベーターのボタンを押した。所員はエレベーターの利用は原則禁止だが、来客と一緒なので〝例外〟を適用することにした。
「不思議な雰囲気の事務所だ……」
車に乗り込んでから七恵が言った。窓ガラスに貼られている〝宝会計事務所〟の文字を見ている。
「妖気が漂っていました。うふ」
「そうなの? 玉麗さんかな?」
彼女らは玉麗のことを言っているのだろうと思った。あの殺意ともいえるオーラは、確かに妖気だ。
「人間の嫉妬や悪意だけではありません。あそこには貧乏神の妖気が渦巻いています。気を付けた方がいいですよ。うふふ」
香が真顔でうふふと言った。不気味だ。
「貧乏神の妖気か……」
嫉妬や悪意というのは腑に落ちた。玉麗に限らず所員は皆、自尊心が強い。成果を競う嫉妬が渦巻いている。それが業績へつながっているようなところもある。しかし貧乏神というのは分からなかった。歩の知る限り、宝会計事務所の業績は良好だ。
貧乏神に憑りつかれていると〝金〟好きの玉麗や好子が聞いたら卒倒するだろうなぁ。……玉麗が絶望したり、怒り狂ったりするさまを想像しながらモモが入院する病院に向かった。
病院に着くと、ナースステーションで病室を聞いた。部屋は3階の一人部屋だった。
歩が扉を開けようとすると、香がささやいた。
「誰かいますよ。うふ」
「分かるの?」
「ええ。客は普通の人間ではありません」
「まさか……」
歩は七恵の顔に目をやった。彼女がうなずく。香の言うことに間違いないと言っているのだ。
息を止めてドアを少しだけ動かした。隙間から、部屋の中を覗く。
ベッドの傍らに少女がいた。モモが寝ているベッドの周りを右へ左へ、不規則に移動している。時々モモの顔を覗きこんだり、起きろとばかりに彼女の平たい胸を指でつついたりもした。その恰好は、大きな黒いリボンを飾ったピンク色のロングヘアー、レースをふんだんにあしらった白いブラウスと黒のミニのフレアスカート。ブラウスのボタンは三つほど外されていて、胸の谷間がしっかりと確認できた。生足には何故か赤と白のキャットガーター、靴はピンク色のスニーカー……。
地方都市では見かけない、アニメから抜け出したような派手な格好だった。香が普通の人間ではないと言ったのはそういうことだろう。……歩は胸をなでおろした。95点と高得点をつけてから、がらりと扉を開けた。
「病人に対して何をしているんだい?」
声を絞り、低い声で訊いた。
「キャン!」
ピンクの髪の少女が飛び上がり、スカートの裾が揺れる。そこに歩の目が行った。
「病人に悪戯はいけないよ」
「相変わらずぺちゃんこだと思って、ね」
歩は叱ったつもりだが、少女は平然と……、というよりむしろ、楽しそうに微笑んだ。どうやらモモの友人らしい。
「あ……、うふ」
香が歩のシャツを引っ張った。
「なんだい、今の〝うふ〟は?」
「この子、月の巫女です。月の神の依代ですよ。うふ」
香がピンクの髪の少女を指した。
「昨日、質問を三つしかきかなかった神様? まさかぁ」
歩は、思わず笑った。こんな神様がいるはずない。
「私に向かって失礼な男だな。プンプン」
ピンクの髪の少女が言った。
「うふ、のあとは、プンプンか……」
歩は天を仰ぎ、少女たちの日本語がぐだぐだなことを嘆いた。
「私も、決まり文句をつくらないと、かな……」
七恵が首を傾げる。
「これ以上、変な言葉を増やさないでよ」
歩は七恵のおかっぱ頭を押さえた。
「間違いないよ。この子は月の巫女だよ。うふふ」
香の言葉を歩は信じなかった。けれど、面白そうなので彼女を月の巫女として扱うことにした。
「それで、月の巫女。あなたの名前は?」
「私は
「まんまだな……」
七恵が感心した。
「デリヘルって……」
歩はからかわれているのだと思った。
「生きていくためにはお金がいるんだよ。マンションだって、着る物にだってお金がいるんだよ。こんな世の中に誰がしたんだ。昔は、毎日のようにお供え物があったのに。プンプン」
「それでプンプン、何歳だ?」
七恵が事務的に訊いた。
「15歳に見えるけれど、1200歳くらいかな。プンプン」
美子が応じた。
「ひょえー、1200歳なんて信じられない。うふうふ」
香が驚きの声を上げ、七恵の唇の端がヒクリと動く。
「勝ったと思っただろう?」
歩は七恵の頭に手を置いた。
「うるさい」
彼女が歩の手を払う。図星だったようだ。
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