第19話 暴漢
「香さん、ここに霊的な気配はある?」
歩は、上の宮の荘厳な社を指した。香の機嫌を取りたい気持ちもあった。
「邪気はあるけれど、力は弱いです。嫉妬かな。……うふ」
香が冬美の顔を見上げてから、七恵に目をやった。
「……人の意識を奪うほどのものではありません。そんなものに時間やエネルギーを使うのはもったいない。日の宮に行きましょう。うふ」
香は七恵の手を取ると、ざっざっと土を蹴るようにして、尾根をうねうねと這う細道を東へ向かった。
「一緒に行く?」
歩は冬美と真美に声をかけ、3人並んで二つの小さな背中を追った。
歩き始めて5分ほど経った時だった。「アッ」と声をあげ、冬美がその場に座り込んだ。
「どうしたの、フユ?」
「あ、歩けない。くじいたみたい」
彼女は足首を抑えて甘えた声をあげた。
「まぁ、大変。歩さん、おんぶしてあげてよ」
「あ……、うん」
真由と冬美のやり取りは芝居じみていたが、歩はそれを指摘できなかった。言われるまま背中を貸した。
冬美を背負うと手のひらに柔らかい感触がある。背中には胸の感触が……。
――これは拷問だ。
「ありがとう」
耳元で冬美の声がした。
冬美は5分ほど背負われると満足したようで、それからは自分の足で歩き始めた。そんな彼女に向かって「色欲は身を滅ぼしますよ。うふ」と香が言った。
「子供にはわからないのよ」
真美が香の白い頭をそっと撫でた。
ほどなく、日の宮の祠に着いた。太陽がギラギラ輝いていて5人は汗だくだった。
歩のシャツが肌に張り付くように、香の白衣もぴったりと体にまとわりついて身体の線をクリアに描いた。その胸元から視線を外せない。
「香の裸を想像するな。ここは神域だ」
七恵が歩の
「十五歳とは思えないボリュームだな」
真由が香の巨乳に感心する。
「エロガキなのよ」
冬美が横を向いた。
「それで、どうなの? 日の神の気配はある?」
七恵が、胸元に風を送る香に催促した。
「待って、今やるから。うふ」
香は祠に向かい手を合わせてモゴモゴつぶやいた。そうして長い祈りを捧げた後、天を仰いだ。
「ありませんねぇー。社は空っぽのようですよ。うふ」
「月の神が言うように、日の神がモモに憑りついたのなら、病院に行けば日の神の話を聞けるのかい?」
「それは、やったことがないので分かりません。うふ」
「行ってみようよ。手伝ってくれるね」
真由が香の前に屈んで頼んだ。
香が、いいのか、と聞くような視線を七恵に向けた。
「私は、かまわない。行く」
七恵が歩に言った。
「それじゃ、行ってみましょうか。うふ」
真由が先頭になって坂を下りた。冬美、七恵、香と続き、最後を歩が行く。
40分ほど歩くと奴奈之宮神社があった。
「ん?」
鳥居をくぐると、社の前に体格の良い男性の姿がある。見覚えのある人物だった。
「大国さん?」
半分ホッとしたような気持ちで歩は前に出た。そうしてから、なぜここに大国がいるのか、疑問に感じた。仕事もあり、娘の容態を気にする大国に、山に足を運ぶ時間も心の余裕もないはずだ。
いや、神頼みか!……閃くと彼の行動が腑に落ちた。
「あ……」香が小さな声を発して足を止めた。
「あの人が依頼主だよ」
歩は彼女に説明して足を進める。
「知っているよ。モモのお父さんだ」
真由の表情が硬い。モモが意識を失ったことに対する責任を感じているのだろう。
彼がのしのしと近づいてくる。その様子に不審を覚えて足を止めた。
彼はどんどん近づいてくる。もう目の前だ。
「こんにちは。大国さん、先日はおじゃましました。どうかしましたか?」
声をかけると、彼が両手を高く振りかざした。どこから取り出したものか、その手が長さが1メートルほどもある剣を握っていた。8つの突起がある異様な剣だった。
「成敗!」
突然、大国が声を上げ、剣を振って歩を襲った。
「ナ……?」
歩はあわてて後退した。真由たちも散り散りに逃げた。
大国はブンブンと剣を振り回し、まるで子供が虫取り網でトンボを追うように、歩を、真由を、冬美を追った。
「いやーん」
逃げる香も〝うふ〟と付けるのを忘れて逃げた。
普段はボーっとしている七恵は、風のように移動した。
「大国さん、どうしたんですか? 僕らはモモさんを助けるために調査しているんですよ」
歩の声は彼の耳には届かないようだ。
「邪気は失せろ」
彼は叫び、剣を振り下ろす。
「みんな、鳥居から出て!」
鳥居の下で香が叫んだ。
すかさず真由と冬美が鳥居を駆け抜ける。その後に七恵が続いた。歩もそこから出ようとした。ところが、足は勝手に鳥居の下で止まった。
憤怒の形相の大国が剣を振りかざし、足を止めた歩に迫る。
絶体絶命!……歩は夢の中で身体を二つにされたのを思い出して覚悟した。
その時だ。「私が相手だ」一本調子の声がした。歩と大国の間に立ちはだかるように、小さな七恵が割り込んだ。
「トゥーッ」
大国が七恵に向かって剣を振り下ろす。
「ダメだ!」
咄嗟に身体が動いた。「逃げろ、七恵!」歩は夢中で彼女の手を引いていた。
「なぜ?」
七恵が険しい顔をしていた。
七恵に感情が戻った!……そう思った瞬間、大国の剣が歩の額を襲った。
やられた。……自覚があった。得体のしれない黒く硬いものがずんずんと身体の奥に進んでくる。そうして少女たちの悲鳴を聞いた。直後、意識が飛んだ。
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