第13話 古文書
「その後、日の巫女と月の巫女日の巫女と月の巫女はどうなったの?」
歩は七恵にぶたれてズキズキ痛む頬を押さえながら尋ねた。
「ここには書かれていない。奥州日記なら書いてあるかもしれない」
機械のような口調で答えた彼女が席を立ち、再び奥深い書庫に消えた。
ここには何でもある。が、それを引っ張り出せるのは、七恵が様々な資料の概要を理解しているからだ。……歩は、改めて1500年生きてきた彼女のすごさに思いをはせた。
その彼女は、たった3分で戻ってきた。古い巻物を手にしている。
「ここには何でもあるね」
歩は感心してみせた。この空間を管理している七恵を褒めたつもりだ。しかし彼女は、喜ぶことなく巻物を広げた。
「あるものはあるし、ないものはない」
淡々と応じ、文字に目を走らせる。
「残念、巫女のその後の記録はない……」
巻物を読み解いた後に嘆息した。
「記されているのは、巫女が山に登ると空は晴れ、洪水が引いた。その後、二人の巫女のために知性をつかさどる日の宮と生命をつかさどる月の宮が建てられたということ……」
七恵が説明した。
「ご神体は?」
「どちらも鏡」
「そうなんだ……。日本神話とは、まったく関係がなかったんだね」
このことを知ったら、真由と冬美はがっかりするだろうと思った。
「うむ。大雨があったことから八田王の剣が三種の神器の
「ウカノ御霊と素戔嗚って、どんな関係?」
「ウカノ御霊は素戔嗚の子供とされる
「殺したら、その属性が手に入ったと?」
「古代人にはそう言った考え方が多かった。殺したり、食ったりして、相手の能力を身につけることができる。似たような話は、世界中に残っている」
「なるほどね。八田王の剣を見た人が天叢雲剣と誤解し、日の宮は天照、月の宮は月読になり、奴奈之宮神社が忘れ去られた。ざっくり、そんな感じかな」
「ざっくりしすぎていると思うけど……。当たらずとも遠からず。年月とともに変わるのは人間だけじゃない。歴史も記憶も変わっていく。残念だけど、それでいいのかもしれない」
「悟ったようなことを言うね」
言ってから、実際彼女は悟っているのかもしれない、と思った。
「変わらなければ、人もその文化文明も生き残れない」
「なるほど……」
歩は読めない巻物の文字を見つめた。
「この時期は、神道より仏教が重んじられた時代。神仏習合といわれ、神と仏は一つの存在と考えられた。日の宮と月の宮は、日光菩薩と月光菩薩という可能性もある」
「山では修験道が盛んだったと冬美さんも言っていたわ」
「冬美……、だれ?」
七恵の瞳が光ったように見えた。まさか、七恵は焼きもちを焼いているのか?……歩の頬が緩んだ。
「……モモさんの友達で、山にいっしょに登った子よ」
「不潔」
七恵の拳が、歩の左の頬を打った。
「痛いよ」
涙目で応じた。
「天罰」
七恵は澄ましている。
「日の宮と月の宮が日光菩薩と月光菩薩なら、上社と下社はどういうことになるのかな?」
「それならば、中央にある上社は薬師如来」
「下社は?」
「わからない」
七恵は、のっぺりとした表情のまま小首をかしげた。
その様子が可愛らしい。歩の胸がキュンとなる。
「月の宮には、鏡が残っていたけど、日の宮にはなかった。何か記録はある?」
歩は感情を圧して尋ねた。
「三つの社は度々火事にあっているから残っていなくても不思議ではない。でも近年、盗まれたという記録もあったはず……」
再び小首を傾げる。
キュン、キュン。……仔犬のように胸が鳴く。
「ちょっと待って」
七恵が席を立ち、三度、書棚の奥に向かう。
彼女は図書館のインデックスシステムなんだ。……考えながら、彼女の小さな背中を見つめた。その姿が、奥の書棚で曲がって消えた。
今度は七恵が戻るまで10分かかった。
「ごめんなさい。新聞を探すのに時間がかかった。近世になると印刷物が増えて……、探すのも一苦労」
「手間を掛けさせて申し訳ない」
「何を言うの。歩と私の仲ではないですか、遠慮などいらない……」
七恵が目を伏せる。
彼女は照れているんだ。……歩は、彼女が普通に恥ずかしそうにした古い記憶を思い出した。4カ月前、学園長の魔法で過去を経験した時のことだ。それは6世紀ごろのことで、歩は七恵の夫だった。2人はまだ新婚で、彼女は初々しい表情を見せてくれた。今も彼女は、歩とかつての夫とを重ねてみているのだろう。
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