第11話 聖オーヴァル学園

 歩が聖オーヴァル学園大学の制服を身に着けるのはのは、ほぼ4カ月ぶりだった。懐かしい感触に身が引き締まる。ストッキングをはき、化粧をして壁の大鏡に自分の姿を映してみる。


「うん、カワイイ……」


 感心してから、ウイッグを付けていないのに気付いた。


 タンスの奥からウイッグを探し出す。


 ショートがいいかロングがいいか、セミロングか……。カーリーヘアー……、は無いな。……セミロングを選んで鏡の前に立った。


「うん、更に素敵な女性になったわ。我ながらほれぼれする」


 喜ぶ自分に気づくと、恥ずかしくなって頬が染まった。


 聖オーヴァル学園は、生命の神秘を追及する全寮制の学園だ。歴史も古く、図書館の蔵書や宝物は珍品であふれているし、授業では風水や簡単な魔法なども教えている。


 昨晩、そこに行って涅槃山の神について調べて来いと玉麗に命じられた。そこの敷地に入ることができるのは、理事長を除けば女性だけなのだ。


 社命だから、聖オーヴァル学園に入るのも、そのために女装するのも仕方がないことだ。……鏡を見ながら、自分に言い聞かせた。


 これって、自己欺瞞じこぎまん?……一瞬、不安が頭をよぎる。けれど、深く検討せずに頭の隅に追いやった。


 玄関ドアの前で外の気配を探り、誰もいないのを確認してからドアを開けた。素早くエレベーターに乗りこんで1階のボタンを押す。エレベーターを使うのは社内ルール違反だけれど、階段で所員とすれ違いたくなかった。


 彼女らには女装した姿を何度も見られている。今更恥ずかしがる必要はないのかもしれないけれど、それはあくまでも理屈だ。感情は違う。


 ――ウィーン――


 モーターが鈍く鳴る。


 階数表示を見つめた。2階を素通りする。ほっと胸をなでおろした。


 ――チーン――


 電子音がしてエレベーターの扉が開く。


「エッ……」


 歩の目が点になった。エレベーターホールには、玉麗をはじめ会計事務所の面々の顔があった。阿久の顔だけがない。


「おはよう、アユミ。エレベータを使ったな。帰ったらお仕置きだゾ」


 玉麗がニッと笑った。


「アユミ、可愛い!」


 栄花が甲高い声を上げてピョンピョン跳ねた。


「あ……、行ってきます……」


 歩は逃げるように建物を飛び出した。小走りで駐車場に向かう。


「やあ、おはよう。車は磨いておいたよ」


 阿久が車の前で待っていた。


「おは……」


 歩が挨拶しようとすると、阿久がスカートの中を覗いた。


「キャー」


 少女さながらの悲鳴がこぼれた。身に着いた反射的な行動だった。


「ショーツ、ヨシ!」


 阿久が人差し指を立てて、スカートの中を指す。指さし確認は、工場や建設現場で安全確認を行うときの号令だ。


「安全点検ですか!」


 歩は抗議した。


「今日はピンクだね。ボク的には白が良かったな」


「ヘンタイ!」


 ロリコンでオカマ好きの変態オヤジめ。……心の内で罵りながら車に乗り込んだ。


 涅槃山中腹にある聖オーヴァル学園には10分ほどで着いた。駐車場に車を停めて校舎に向かう。図書館は敷地の奥にある円形の建物がそれで、周囲は蔦で青々とおおわれていた。


「ごきげんよう」


 行きかう言葉はお嬢様学校特有のおしゃれな挨拶。


 夏休みで帰省している学生が多いためか、人の姿は少なかった。残っているのはクラブ活動に力を入れている学生ぐらいだ。テニスウエアやレオタード姿で学内を歩く学生が多い。


 相変わらず女性ばかりだ。女学園だから当然だけど。……歩の目尻は下がりっぱなしだった。少女たちの肢体に目を細めながら図書館を目指す。


 図書館の大きな正門は閉まっていた。


「やっぱり……」


 前回、滞在した経験から隣の通用口が開いているのは知っていた。そこから館内に入るとひんやりとした乾いた空気に汗が引く。


 正面のカウンターには当番の女子大生と女子高生が行儀よく座っていた。


 歩は2人に会釈して通り過ぎると、奥にある地下へ続く階段を下りた。地下の廊下の左右にはいくつかの扉が並んでいる。一番手前の右側のドアを開けた。


 入るとすぐのところにある大きな机には多くの本が積んであって、おかっぱ頭の色白の少女が本のチェックをしていた。返却された本に傷や汚れがないか確認し、痛んでいる場合は修繕しているのだ。


「七恵さん。久しぶりです」


 中等部三年の少女が振り向いた。おかっぱ頭の彼女が福島七恵だ。歩は、彼女を抱きしめたいのをこらえた。

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