第44話 覚悟

 歩は玉麗と打ち合わせを重ねた。歩はモモの意識を取り戻し、真由が背負った心の荷物を降ろしてやるために。玉麗は報酬を確実なものにするために。


 二人は再び大国屋を訪ねた。スーパーの会議室は、相変わらずギンギンに冷えていた。


「約束を果たすために大国屋さんにやってもらわなければならない事があります」


 玉麗の言葉は丁寧だったが、その口調は相変わらず氷の女王だ。強い冷房が、玉麗の言葉を更に鋭くしている。


「なんでもやります」


 大きな身体の大国が肩をすぼめて声を震わせた。


 玉麗の瞳が光る。


「先日見せていただいた安田産業の領収証は偽物ですね。それともう一つ、石姫の黒ヒスイの勾玉があなたの手元で眠っているはず。……違いますか?」


「それをどうして……」


 彼の表情が困惑で固まった。


「あなたの先祖は、大正時代に涅槃山から四つの御神体を盗んで逃げた黒島耕吉。ご神体を集めた結果、関東大震災が起きたかどうかはともかく、震災で黒島耕吉は亡くなり、その息子が大黒屋を起業……。大国と名字を変えてF市に戻った……」


 玉麗の冷たい視線が大国をなめまわす。


「……大国の戸籍こせきを、震災のどさくさの中で偽装したのか買ったのかは分かりませんが、父親を亡くした黒島はここに戻って商売を始めた。その時に資金が必要になって烏山さんに八田王の剣を売ったのでしょう。月之宮の鏡も同じような経緯をたどったのだと思います。それは、当時の市長が買い入れて祠に戻しました。もう一つの鏡が、今回、私どもが頂いた鏡……」


 大国の顔から生気が失せていた。それでも玉麗は矛先を緩めない。


「……領収書を偽造して安田産業から買ったことにしたのは、支店を出すために、あの鏡を売ってお金に変えようと考えていたからではありませんか? 鏡を売るには、出所を明確にし、その価値を高める必要があった。下の宮の御神体の勾玉は、売りさばかれた形跡がない。まだ、あなたが所有しているはずなのです」


 玉麗が大国の揺れる瞳を覗きこんだ。彼は顔色を青黒くしたまま口を利かなかった。


「そしてもうひとつ。……20年前、烏山さんが八田王の剣を担保に300万円を貸してほしいといった時、大国屋さんは、さぞ嬉しかったでしょうね。……あなたは、烏山さんが返済できないだろうと、うすうす感じていたのでしょう?」


 大国がはじかれたように頭を上げて口を開いた。


「それで、私に何をしろというのですか?」


 彼の態度は、開き直りにも見える。歩は腹が立った。


「あのう、……先日、烏山さんの遺族に会ってきました。毎月、少額ずつ返済している方です。振込は烏山さんの名前になっていますが、今は旧姓で過ごされています。その方はあの剣が上の宮の御神体だと、ご主人から聞いていたということです」


 歩の話に加え玉麗が追い打ちをかける。

 

「そうなると、担保として預かった剣を返せないとき、その対価は貸し付けた金額以上になる可能性が高い。借金返済が終わった時、大国屋さんが御神体に見合う金額を払えるかどうか……」


 その言葉は脅迫にも等しいものだった。


「それがモモの件と関係していると言うのですか?」


「関係しているのです」


 歩は断じた。


「烏山さんにお嬢さんがいたのはご存知ですよね?」


 玉麗が、ヒスイのような目を見開いて大国に顔を寄せた。


「ええ。モモと同じ年でした。葬儀の時に会ったのが最後ですが……」


 大国が探るように目を細める。


「その後も会っているはずです」


「まさか。その子が……。私を恨んでいるのですか?」


 大国の言葉に、歩は違和感を覚えた。が、それが何かはわからなかった。


「借金を苦に自殺した父親を想う娘さんの強い思念が、日の神とお嬢さんを結びつけたのです。モモさんを救うには、彼女の大国さんに対する想いを解きほぐさなければならないようです」


 歩は、玉麗と打ち合わせた通りのことを話した。


「恨みだけなら、まだ簡単だったとおもいます」


 玉麗が話をかぶせていく。


「それだけではないと?……烏山の娘を私は知っているはず……」彼は頭を抱え、記憶の中を探るような目をした。「……モモの友人ですな?」


 大国屋の声は異常にうわずっていた。


「心当たりがあるのですね。大国さんは罪深い……」


 玉麗がフーっと息を吐き、話を続けた。


「……調べれば相手を特定するのは簡単なことですが、変なことを考えないでくださいよ。モモさんの状況が悪化しかねない。まずは大国さんが身を切る覚悟をすることです。下手なことをしたら、たとえご先祖様の罪は時効でも、地元の名士として、地域の財産を秘匿ひとくしているのはどうか、と責められかねない」


 玉麗の指摘に大国の喉が鳴る。その音は歩の耳にも届いた。


「たとえ店がつぶれても、出来ることは何でもします」


 覚悟を瞳に浮かべた大国が、テーブルに両手を置いて誓った。


「何でも……。分かりました。大国さんが覚悟を決めるというなら、私どもも全力でお手伝いしましょう」


 玉麗が氷の微笑を浮かべた。



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