第31話 廻る推理
歩は結論に至れずにいた。
「モモさんを差し出したのは、彼女と面識のある人物だよね?」
「もちろん、そういうことになります」
真顔で巫女、美子が応じた。
「道を示すということは祠に連れて行ったということかな?」
それなら、容疑者は冬美か真由ということになる。
「特殊な力があればどうとでもなります。もし力がなくとも、御神体で印を刻み、神域に導く方法もあります」
歩は特殊な力を持つ香の顔を思い出した。が、彼女がモモと面識があったとは思えない。
「御神体で印を刻むとは、どういうこと?」
「御神体とモモの意識をつなぐこと」
歩の脳裏に宝刀を所持していた大国の顔が浮かんだ。しかし、父親の彼が、モモを日の神に差し出すとは思えなかった。
「まだ、日の神はモモと一体化していないよね?」
「それゆえに、モモは目覚めないのです」
「モモへ導いた何者かの力を消せば、日の神はモモから離れるのかい?」
「それだけでは足りません。すでに日の神とモモの縁は結ばれている。別の依代をみつけなければ、日の神がモモをあきらめることはないでしょう」
「別の依代……」
歩は七恵の言葉を思い出した。
「僕が依代になれば、モモは自由になるかな?」
「あなたの中には既に八田王様がおられる。それに日の神は男には憑かない。しかし、もし、八田王様が覚醒したのなら、日の神とモモを分けることは可能でしょう」
美子の瞳が怪しい光を放った。
「八田王が覚醒するとは、どういうこと?」
「恐れ多い。それは、私の口からは語れません」
――ルルルルル――
電子音が鳴った。音源は、美子のスマホ。
「時間だ。プンプン」
「あ……、プンプン娘に戻ったのか?」
「そうだよ、そうだよ。既定の90分になるからね。これ以上は延長料金をいただきます。プンプン」
美子はそういうと歩の腹から降り、剣の柄にあたる部分を握った。
「ど、どうしたの? 突然」
「ナニもしないで帰るわけにはいかないよ。私はプロだからね。プンプン」
それからの出来事は、ほんの数分間のことだった。歩は極楽の中にいた。
美子が帰った後、歩は魂が抜かれたように、ボーっとしていた。そうやって体力の回復を待った。彼女にはもっともっと訊きたいことや頼みたいことがあったけれど、追加料金を1万円もとられて財布は空っぽだった。彼女は、金がなければ引き留められない巫女なのだ。
「世の中、金、金、金……。なんて嫌な世の中だ」
声をあげて胸を悪くするストレスを吐き出した。
「愚痴を言っても仕方がない」
仕事をしなければならない、と思った。ノートを広げて、とりあえず数日間で分かったことを整理する。時系列で考えれば……、
1、山に登ったモモが日の神に憑かれて動かなくなった。一緒にいたのは、真由と冬美。社に連れて行った存在としてはこの2人が怪しい。
2、自分が真由と冬美と山に登った時は何もなかった。2人に特殊な力があるとは思えない。
3、七恵と香が一緒のとき、香が月の宮で神の声を聞いた。
4、香が上の宮で邪気を感じて不快感を示した。そこには真由と冬美がいた。真由と冬美に特殊な力がなくても、何らかの邪気を持っている可能性はある。
5、特殊な力を持つ香は怪しくないだろうか?……特殊な力があれば、モモを神域まで連れて行かなくても日の神を下ろすことができると月の巫女は言った。しかし、香には、モモを日の神に差し出す動機が見当たらない。
「動機?」
声が漏れる。
「真由や冬美に動機はあるのだろうか?」
再び思索に戻る。
6、奴奈之宮神社に下りると八田王の御神体に操られた大国に襲われた。その時、八田王は「成敗」「邪気はされ」と言った。香の霊感を信じれば、邪気を持っていたのは真由と冬美のどちらかに違いない。そのどちらかが、日の神をモモに導いた。
歩は、ノートに整理すると、美子の言葉に思い至る。
モモから日の神を除くには、導いた人物の力を除き、新たな依代を提供しなければならない。さもなければ、歩自分が覚醒することだけれど、その方法は全く分からないし、自分が自分で無くなるようで怖い。
思索が行き詰まり、全身から汗が噴き出した。
エアコンの温度設定を下げようかと思ったが、環境問題を考えて止めた。自然も神も、人間が狂わせてしまったのではないか?……玉麗の顔を思い浮かべると、室内温度を一度下げるのには勇気が要った。電気の使いすぎだ、とシバかれそうだ。
「暑ければ脱げばいいんだ」
今更ながら、思い出したように裸になる。胸に残った八つの枝を持つ剣の形が異様だった。まるで、背骨と肋骨が目の前に回り込んでいるようだ。
「八田王、お前は何をしようとしているんだ?」
神紋に尋ねても返事はない。
ベッドに横になり、真由と冬美の顔を思い浮かべながら鬱々した。
誰がモモを日の神に差し出したのか?
どうやって邪気を持つ犯人を探すか?
どうやって犯人の邪気を除くのか?
そもそも、神を呼んだ力とは何だろうか?
疑問が行きついたところに月野美子の姿が浮かぶ。
「そういえば、たったいま僕らはここで……」
彼女の容姿に似合わない娼婦のような行為を思い出す。それは昔、七恵と夫婦だったときの経験とはずいぶん違った。あの時はごく自然に結ばれたけれど、美子の行為は、ガソリンに火をつけたような無理やり感があった。とはいえ、身体の真ん中からマグマのように欲望が噴出したのは同じだ。
「いけない。推理に集中しろ!」
歩は股間を抑えて自分に言い聞かせ、冷たい水を飲んで身体を冷やした。
邪気そのものが力なのかもしれない。……改めて考えた。性欲、金銭欲、権力欲、怒り、恨み、嫉妬……。邪気に通じるものを並べてみる。同時に、そんなものは誰にだってあるに違いない、と失望を覚えた。
八田王が成敗しようとした悪意とはなんだろう? 助けたかったのは、モモだろうか? 違う。……そう思ったのは、八田王の神紋が、剣を持っていた大国にではなく歩についたからだ。大国の望みと矢田王のそれが合致するなら、神紋は大国についたはずだ。
八田王は何をしようと考えているのだろう?……歩の推理は堂々巡りを繰り返した。考えるのさえ苦しくなるほどに……。
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