第18話 嫉妬
「おーい」
境内には手を振る真由がいた。隣の冬美は会釈している。
「いやぁ、こんにちは。偶然だね」
歩は七恵と香を連れて鳥居をくぐった。
「先日はどうも」
真由は笑ったが冬美の顔は少し強張っていた。それが怖いのか七恵は歩の背後で足を止め、香は七恵の陰に隠れた。
「どうしてここに?」
「事務所に電話したら、歩さんは調査に出ていると聞いたので、来てみたのよ」
真由が目を三日月形に細めた。
「恋人はいないと言っていたけど、この子たちは?」
冬美の声に棘があった。
「友達だよ」
そう応じながら、七恵が、フウフと言うのではないかとハラハラした。
「そう。……まあ、いいわ」
そう言うと、冬美は社殿に向かった。
「ちょっと、こっちへ」
真由に手を引かれ、大きな杉の木陰に移動した。
「冬美さん、どうかした?」
「ちょっと……」彼女が耳元に顔を寄せた。「……フユは、歩さんのことが好きになったんだ」
「エッ……。君たちは、オジサンだと思っていたのでは?」
歩は率直に尋ねた。今も、彼女たちにからかわれているような気がした。
「フユは、オジサンが好きなんだよ。ファザコンというやつかな。それに惚れやすい体質なんだ」
「僕はそんな年齢じゃないけど。……それにしても好きだ、嫌いだというには早すぎるだろう。一度しか会っていない」
「確かに、好きになるのは、いつもより早いけど……。でも、どうしたの。その格好?」
彼女は、女学院のジャージを身に着けた歩を上から下へ、下から上へと露骨に目を走らせ、それから「プフフフフ……」と笑った。
「真由、話は済んだ?」
冬美がやって来る。
「うん、済んだよ」
冬美に応えてから、真由が歩に向いた。
「とにかく、フユはあなたが好きになったんだ。傷つけないで」
彼女は冬美のもとに走ると、彼女の肩を抱くようにして、御神体の大木に向かった。
彼女たちの後ろ姿を見ていると、背後に人の気配を感じた。七恵だった。
「もてる男はつらいな」
のっぺりした顔の七恵が脇腹をつつく。無表情だが、怒っているのに違いなかった。
「誤解だよ」
答えてから香がいる社殿に向かった。七恵は横にぴったりとついて歩いた。
「どこまで進んでいる。Aか、Bか、まさかCではないよね?」
「あるわけないだろう。僕はこれまで女性と付き合ったことはないんだ」
「私のお腹の中には、歩さんの赤ちゃんがいるのよ、と言われたのではないのか?」
七恵が冬美の口真似をした。全然似ていない。
「冗談はやめてくれ」
「フン」
七恵が横を向いた。
社殿の前に足を止めて祈る。……モモさんの意識が戻りますように!
「歩さん」
その声に振り返ると、冬美がいた。その後ろには困惑顔の真由がいる。
「この小さな子たちは誰? それに、どうして歩さんとペアルックなの? しかも、聖オーヴァル学園のジャージじゃない。どうして?」
冬美はポンポンと質問を投げた。
「話せば長い話なんだ。今日は、モモさんのために力を貸してもらっている。この子なんて、イタイコなんだよ。さっき、月の宮の神の言葉をしゃべったんだ」
歩は七恵の背後から香の腕をつかんで、冬美の前に引き出した。
「イタイコではない。イタコだよ。ぷぷぷん、うぷぷ」
香が怖い顔をしていた。〝うふ〟が〝うぷぷ〟に変わっている。
「それで何か分かったの?」
真由が助け舟を出すように言った。
「あなたがたは東高校の方ですね。うふ」
「あら。どうしてでわかるの?」
「秘密です。うふ」
「この子は神や霊の声を聞くことができるんだ」
歩は、真由の耳元でささやいた。
「まぁ、やだ。私の心を読んだとか?」
真由が少しだけ膝を曲げて香の灰色の瞳を覗いた。香がプルプルと左右に首を振る。
「モモさんの件だけど、聖オーヴァル学園の図書館で調べた。より詳しく調べるために、この子の力が要ったんだけど……」
歩は、七恵を冬美の前に押し出した。
「……上の宮と奴奈之宮神社が一対の上社と下社で、日の宮と月の宮は、ずっと後に作られたとわかった」
歩は、これまでに判明した事実を簡単に説明した。
「すごい! もう、夏休みの研究は終わったようなものだわ」
現金なもので、冬美の機嫌がよくなった。
「わかってくれたんだね」
歩はホッと胸をなでおろしたが、イタイコと言われた香は不機嫌そうで、七恵はいつものように無表情だった。
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