成戸歩の妖(あやかし)事件簿 ――眠れるJKと、日と月の巫女――
明日乃たまご
第1話 スーパー大黒屋
銀色の太陽がメラメラと燃え、多くの人々は見ることも感じることも拒否していた。地球温暖化を誰もが大問題だと考え、流れる汗を異常気象のせいにするけれど、実際にその問題に取り組む人は少ない。多くの人々が、それは国家や政治家、大企業が取り組むべきテーマだと考えている。〝スーパー
真夏だというのに、大国屋の会議室は鳥肌が立つほどギンギンに冷えていた。窓の気密性ではなくエアコンの駆動音のために、窓の外のセミの声は聞こえなかった。
「暑くないですか?」
大国は、額の汗を拭きながら膨らんだ腹をテーブルに押し付けて身を乗り出した。
体感温度には個人差があるし、汗をかく温度にも個人差があるから、たとえ汗をかいていなくても暑く感じていないという証拠にはならない。それが生物多様性というかどうか知らないけれど、人それぞれ汗のかきかたに大きな違いがあるということは認めなければならない……、と思わせるだけ大国の汗はひどかった。
「ええ、寒いくらいですわ」
今年44歳になる玉麗は美人会計士として有名で、ぶっちゃけ、その美貌を受注に利用している。愛想は良くないが、容姿とクールさで顧客の気持ちをつかむのがうまいSキャラだ。
玉麗の右隣では、銀縁メガネの公認会計士、
大国は、経営が順調なので支店を増やそうと考え、銀行に借り入れを申し出たところ断られた。融資が受けられなかった理由を顧問税理士に尋ねても納得のいく説明が得られなかったので、宝会計事務所にコンサルを依頼したのだった。
「いかがですか?」
彼が尋ねた。
「十分儲かっているじゃないですか。事業別に考えてみてください。スーパーの部分だけを分けてみれば営業利益率が20%なんて、超優良企業です」
玉麗がニコリともせずに応えると、大国は顔をしかめて背もたれに身体を預けた。経営者をへこます言葉を投げる彼女の姿には、Sの女王の風格がある。
大国社長も氷の女王の奴隷になれ。そうすれば気持ちよくなる。……歩は胸の内で言った。地元の大学を卒業して4カ月足らず、
いや待てよ。……歩は疑問を持つ。玉麗は大国に向かって「銭ゲバ野郎」とも「変態オヤジ」とも「私の靴をお舐め」とも言っていない。「儲かっている」と言っただけだ。それは褒め言葉ではないのか?
歩は、カレンダーから〝
「しかし、
大国が玉麗に反論した。
そうそう。……歩は大国に同調した。
「そもそも……」
好子が口を開く。彼女は大学在学中に公認会計士試験に合格した秀才だ。今は鉄の女ならぬ金の女として、あるいは名前の通り、〝金、大好き子〟として日本中の会計士に知られている。そんな女性が一地方の宝会計事務所にいる理由を知っているのは本人と玉麗だけだ。
「……トータルで利益が出ないのは、事業に直接関係のない費用が
彼女は、あからさまに納得できないといった表情をつくって首を左右に振った。それから固定資産台帳をテーブルの上にそっと置き、メガネのレンズを光らせて言葉を続けた。
「……一事が万事、……この分では不要な経費も多いことでしょう。いわゆる
ああ、こっちも氷の女王だ。……歩は嘆息しながら決算書の
それにしても、スーパーマーケットの決算書に古美術品だなんて?……首をかしげた。
「そんなものと言われるが、わが社には必要なものばかりです」
大国が不服そうな表情を作った。
「経理責任者は、そういったものの購入に反対しませんでしたか?」
「もちろん、経理課長の角田君は私の方針に賛成していますよ」
大国が胸を張るのとは対照的に、監査役の職にあるリンゴは不安を顔に表した。
「角田さんは、課長になった7年前から、固定資産への投資は止めるべきだと言っていたのです。言わなくなったのは3年ほど前からです」
「もともとは真面目な経理担当だったのでしょう。社長が耳を傾けないので、意見するのをあきらめた……」
好子が上目遣いで大国に視線を向けた。
「彼は私の方針を理解しただけです」
大国に言葉をさえぎられ、好子は呆れたというように頭を振った。
「やはり、主人の経営が悪いのでしょうか?」
リンゴは会社経営のことなど知らなくていいと大国に言われ、何も学ばず、知ろうともせず、損益が赤字でさえなければいい、という主婦の感覚で決算報告書に判子を押していた、と説明した。
「家族経営の中小企業だから、監査役が株主に説明をしたり、不祥事の責任を取ったりするということがなく、知識がなくてもその地位にいることができる。社長としては奥様への役員報酬や親族への給与を多額にして会社の収益を個人の元に移すことができます。ろくな仕事をせずに報酬を得るのは名義料にも等しい……」
好子が厳しい口調で言うと、大国とリンゴの顔が青ざめていく。
「そもそも、社長は税金を払うのは下手な経営だとか、もったいないとか誤解されていませんか?……そのために、あまり働かない親族に多額の給与を支払い、利益が出そうになると必要かどうかはっきりとしない設備に投資する。……そんなことをやっているのではありませんか?」
玉麗の話に、大国がギュッと唇を結んだ。図星なのだろう。
「今の発想でN市やD市に店を出すなど自殺行為でしょう。融資を断った銀行に感謝すべきです」
大国が何か言いたげな顔をしたが、玉麗は無視して話を続けた。
「これまで大国さんは、税理士に税金を圧縮するような決算を求めていたのでしょう。そういう社長さんは多いのです。税金を払うのも、資金の社外流出で損をしたと考える……」
彼女がリンゴの顔に眼をやった。その表情で、自分の話があたっているかどうか、判断しながら話を進めているようだった。
「……しかし、経営に貢献しない資産への投資は、税金を圧縮できたとしても利益を無くしたのとイコールです。たとえ税金がかかり、最終利益が半分になっても、無駄な費用をなくして利益を蓄積していくことが、本来、企業の再生産と成長には必要なことだということを忘れている。……道徳的なことに触れれば、税金を払うのは、個人、法人にかかわらず義務であり責任です。良い会社というのは、社会的責任を果たしている会社です。それができていなければ、銀行の信用だって失っていくのです」
玉麗の説教、いや、指導に、大国が打ちひしがれていた。
「ただ、褒ほめてあげていいところもあります」
その言葉で、大国とリンゴの顔に生気が戻る。
「この数年間。リストラせずに、しっかり社員やパートを守っていますね。雇用もまた、会社の社会的責任です。くれぐれも、利益を出すためにあわててリストラなどしないように気を付けてください」
「はい……」
うなずく大国の瞳が濡れていた。
「まさかと思いますが、利益を圧縮するために不動産購入を税理士や銀行から勧められていないですよね?」
「え、まぁ……」返事が濁る。
「物件を指定されたようなことがあるなら、気を付けてくださいね。高値で買わされていたり、不良資産を引き受けさせられている可能性もあります」
「ま、まさか……」
「別のクライアントを助けるために、利益のある会社に不良資産を買い取らせる税理士や銀行員もいるということです。お宅の顧問税理士や取引銀行がそうだというわけではありません」
玉麗がニコリと営業スマイルを作る。
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