第50話 罪
マスターキーを手にした玉麗を先頭に、7人は3階へ上がった。
「もし、八田王があの剣で攻撃してきたらどうするの?」
最後尾を歩く好子が臆病な声を上げた。
「その時は……」玉麗は足を止めて振り返った。「……大国さん。お願いします」
「私ですか……」
彼が顔を歪めた。
「一度はその手で剣を握った人間じゃないですか。今度も、その手で宝剣を受け止めてください」
根拠のない説を唱えた玉麗は、困惑する大国を置き去りにして歩き始めた。
足を止めたのは歩の部屋の前。念のため、ドアに耳を当てて様子を窺った。が、中はシンとしていて
「静かだわ」
7人が交代でドアに耳を当て、顔を見合わせてうなずいた。
「開けるわよ」
玉麗は合鍵を差し込んで回した。――ガチャ――歯車の回る音がする。
「交代」
玉麗は、大国を前に押し出した。
「私が……?」
問う大国に、玉麗が、阿久が、好子が、梅世がうなずいた。
納得できない表情をつくりながら、大国がノブを回した。ゆっくりと引いて、部屋の内部を窺う。
「いませんね」
彼の声と同時に、7人は玄関になだれ込んだ。キッチンはもとより、その奥のリビングにも人影はない。
「奥の寝室じゃないの?」
梅世が言った。
――パタパタパタ――
先頭を切って奥に向かったのは栄花だった。大人たちが止める間もなく、彼女は寝室のドアを開けた。
「まずい」
声を上げて追った阿久が、背後から彼女の両目を手で覆った。
「矢田王さま、やってるの?」
玉麗は寝室を覗いた。
「あれ……?」
拍子抜けした。そこにも人影はなかった。
「どうした?」
「誰もいない……」
寝室を覗いた者たちが同じように目を瞬かせた。
「おじん、クサイ!」
栄花が阿久を突き飛ばした。
「風呂じゃないの……」
梅世が洗面所と風呂を覗いた。そこにも歩たちはいなかった。
「どこへ行った?」
2Kの部屋は、手分けをして探すほど広くはない。
「歩のやつ。戻ったらお仕置きだ」
玉麗が洗濯機の中を覗きこんでいると、大国のスマホが鳴った。
「そうか。戻ったのか……」
電話の相手は妻のリンゴで、モモの意識が戻ったということだった。彼の目尻に喜びの涙がにじんだ。
「良かったですね。やはり、歩の言ったとおりだった……」
玉麗は喜んだ。これで莫大な報酬が手に入る。
喜んだのもつかの間、大国の陰で肩を落とした真紀子をみとめ、言葉を濁した。
「どうやら、3人は不思議な力でどこかに移動したようです。4カ月前にもそんなことがありましたが、無事に帰ってきました。今回も大丈夫ですよ」
玉麗は極力明るい声で説明し、真紀子には家で待つように話した。
「私が送りましょう」
好色な阿久が真紀子の肩に手をかける。
普段なら玉麗は怒るところだけれど、その時は阿久に任せることにした。1人でいるより、男性が近くにいた方が心強いだろう。
真紀子と大国が帰ってから、玉麗は七恵と連絡を取った。そうして香にも確認してもらった。しかし、歩と真由の消息は知れなかった。
「どこに行ったんだぁー!」
その夜、玉麗は好子を連れて居酒屋福労で酒を飲み、くだを巻いた。
「相手は神様ですからね。変なことにはならないでしょう」
アルコールに弱い好子が日本酒をちびちびなめながら応じた。
「神様だからって、罪もない人間を苦しめてもいいのかぁー!」
一言発するたびに、玉麗は酎ハイのグラスを空にした。
「歩さんに、何の罪もないとは思えないですよ。女装して女子寮に忍び込んでいるし、独身寮に女は連れ込むし……」
好子が赤い顔で笑った。
「苦しんでいるのは、私だぁー」
玉麗は、空けたグラスを乱暴にテーブルに置いた。ガコン、という大きな音が店内に響きわたる。
「あら……」好子が絶句した。
玉麗は彼女に焦点の合わない目を向けた。その顔には玉麗にも罪があると書いてあった。
「私に、何か罪でもあると?」
酔って下がった目尻を、精一杯持ち上げてみせた。
「い、いえ。玉麗さんが、歩さんのことをそんなに心配しているとは思わなかったから」
彼女が苦笑を押し隠した。
「ふん!……私があんなやつのことを心配するはずがないだろう。コピーを取るくらいしか役に立たない男だぞ。役に立たないのに、給料は払わないといけない……」
「でも、心配なのでしょ?」
好子が刻んだフランクフルトをつまみ、しげしげと見つめた。
「自分の息子を見ているようで、心配なのよー」
自分の言葉で、歩の股間にぶら下がっていたものを思い出した。それは好子が手にしているフランクフルトの比ではなかった。大きなため息が漏れた。
「玉麗さん、息子がいるのですか?」
「チガウ、チガウ……。ムスコ、大きかったわよね?」
関心がない素振りをしていても気にかかる。それは好子も同じなのだろう。彼女も頬を染めていた。
「ほら、好子も飲みなさい。ムスコのことなんか忘れて……。笑えば心配事もどこかへ飛んでいく」
カラカラ笑って酒をすすめる。
「私はもう、十分です」
赤かった好子の顔が蒼く変わっていた。
「お、出来上がっちゃったわね。好子は信号機みたいで分かりやすいわ」
言い終わる前に、彼女が立ち上がってトイレに走った。
「やれやれ。吐くなんて、お酒がもったいないわよぉー」
彼女の背中に向かって言った。
「さて、お開きにするか……」
今度は自分に向かって言った。すると、酔いが一気に引いた。ほどなく戻った好子に肩を貸して3階の部屋まで送った。
「おやすみぃー」
「すみませんでした。おやすみなさい」
好子を部屋に放り込むと、合鍵を使って歩の部屋のドアを開けた。
「アユミー。いる?」
室内は真っ暗で人の気配はない。開いたままの窓から生ぬるい風と車のエンジン音が流れ込んでいた。
「なんだ。いないのか……」
つぶやきながら部屋に上がり込み、室内をぐるりと見回した。空虚の香りがした。
やっぱり、いないかぁ。……小さな後悔と寂しさが胸の内を通り過ぎる。
「戻ってこないと、首だぞー」
誰にともなく言うと、去ったはずの酔いが回った。歩のベッドに倒れ込むと、そのまま眠ってしまった。
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