第六十一話 邂逅

「ふぅ〜んそれでずっと塞いでたの?らしくないわね」


「そうだよぉ〜早く僕らに言ってくれてたら一緒に探すって手もあったのにぃ」



 ヤツラギにコッテリ絞られてあわやセクハラを受けかけたリトが慌てて家に帰るとエルとメルが待ち受けていた。


 帰って早々に二人に晩ご飯をご馳走して一緒に食べながらアルの出会いから現在までを話して今に至る。



 ―すいません、誰かに話すことも考えられなくて―


「あははレノくんは真っ直ぐすぎるからねぇ〜」


「そーよ。少しは見習いなさいよこの師匠エルを。ふにゃふにゃぐにゃぐにゃヨレヨレよ」



 エルとメルは夜の巣にいた事があるがメルはそれを知らない。


 当時、実の父であるイスタルリカ当主の非道な実験により脳にダメージを受け記憶を失ったのだ。まともな人間らしさを取り戻すのに二年以上もかかったらしい。


 エルはイスタルリカ出身であることも夜の巣のこともメルには話していない。メルが明るい道を歩けるように、と。



「う〜ん……お兄さんと仲間と旅暮らし、かぁ……」



 エルはリトにだけ聞こえるような声量で呟き目配せをする。リトは微かに頷いた。



 ヤツラギから逃亡者達の話を聞いてからリトもずっと引っかかっていた。



 逃亡者達がイスタルリカで事件を起こしてもう四ヶ月半。もうすぐ夏になる。動きやすい時期だ。


 アルが街に来た時期と黎明の騎士団の名前を出した時の反応、そしてその後消息を絶ったこと。

 何か繋がりがある気がしてならない。



 ただ、この場でそれを大っぴらに話すことが出来ないのはメルがいるからだ。


 実はイスタルリカの手配書についてはメルだけ聞かされていない。

 イスタルリカの繋がりでうっかりメルの過去が出てきたら今までのエルの努力が台無しだ。


 ヤツラギはそこら辺をよく分かっていて「ウチの紅一点に何かあったらどうする!」との事で口外禁止にしているらしい。

 ヤツラギが女子であるメルに甘いのは周知の事実だから誰も違和感を抱かなかったとの事。



「ねぇメルぅ、一つ相談なんだけど今夜から目隠し鬼ごっこ、と交代しなぁい?」



 とリトの部屋の上を指す。



「ええ?あいつと?っていうかなんで?」


「レノくんの友達探しするなら、魔力感知が得意な彼に交代してもらった方が早いかなぁって思ってぇ〜。

 メル前に夜起きとくの辛いって言ってたでしょぉ?それにそろそろ体調整えとかなきゃ……」


「そりゃあ助かるけど……」


「こういう時こそ彼の出番だよぉ〜。

 いつも居眠りしてるんだからぁ。偶には役に立ってもらわないと」


「それ……エルにだけは言われたくないわよ」



 メルが押され始めた。のらりくらりと自分のペースに巻き込んでしまうのはエルの得意とするところだ。


 リトもとは面識はあるもののまだあまり親交は深めていない。



 少しどきどきする。



「なんかご飯とお茶だけ頂いちゃって悪いわね。

 それじゃああたしは帰ってちょっと特訓しようかな。なんか魔力感知できないの癪だし」



 メルはちょっとぷっと頬を膨らませた。

 メルはリトとどっこいどっこいの負けず嫌いなのだ。






 メルが帰って間も無く。

 三階建ての集合住宅最上階のど真ん中。リトの部屋の真上の部屋のドアをエルが激しく叩いた。



「ネイドさ〜ん!起きてぇ〜!おはようだよ〜!」



 ドンドンドンッとご近所迷惑になりそうな音を立てて激しくドアを叩き続ける。

 彼、ことネイド。本名ナイトは夜の巣設立前からの古株で優秀なメンバーだ。


 ただ、彼はとんでもない居眠り魔なのでこうでもしないと起きない。



「一体なんの騒ぎだー?まだ夜勤まで時間があるじゃねーか……いい加減にしろよぉむにゃ……」



 ナイトはあまりにもうるさいノック音に起きたようだが玄関まで辿り着いた所で力尽きて寝落ちた声がした。



「起きてぇ〜!起きてよぉネイドさぁ〜ん!大事な大事な話があるんだってぇ〜!」



 珍しくエルが声を張る。



「むにゅ……」



 するとかちゃりとドアが開き眠そうに目を擦るひょろりと背の高いナイトが姿を現した。ダルダルの袖の寝巻きのまま。無精髭に明るい青に染めた頭は寝癖でぐしゃぐしゃだ。いつもは覗かない目が見える。



「こんな時間になんだよなあ。まだ寝れんのに」


にとっても重大な話なんだよぉ〜入れて入れてぇ〜」


「おい勝手に入るなって」


 —お邪魔しますー


「あー?レノも一緒なのかあ?しょうがねーなーもー」



 ナイトは渋々二人を招き入れた。


 ふかっふかのベッドと最低限のテーブルと椅子しかないこの部屋に初めて入った時は驚いたものだ。


 ナイトいわく寝るのに最適な環境を作るには片付けるものを減らすべしとの事。



「まー座れよ」



 と勧められるが座るところがないのでリトはベッドに、エルもその隣に座ってベッドを占拠し、ナイトが再び寝に入るのを防ぐ。


 ナイトは少々不満気だ。



「で?重大な話ってなんだよ?」


「それはねぇ〜例の逃亡者達についてだよぉ〜。

 レノくん説明してあげて」



 リトはサラサラと宙に文字を書いて今までの経緯を説明した。



「ふぅん。まあ確かにその線はある臭えけどなんで俺なワケぇ?くぁ……」



 ナイトの瞼が重た気に閉じていく。



「ネイドさん起きてってばぁ〜。

 も〜自分でも分かってるでしょぉ〜?

 魔力感知で探すの手伝って欲しいんだよぉ。レノくんを鍛えついでに」



 それはついでにしていいものなのだろうか。



 ナイトの凄い所は魔法使いでもないのにその卓越した魔力感知で船を漕ぎながらでもどんな攻撃も易々と躱し自由自在に繰り出す二本の鎖鎌で相手を一撃で沈めてしまう所だ。夜の巣のメンバーとしては別の武器を使っているらしいが、とてもそうとは思えない。


 その強さは夜の巣の中でも屈指の強さを誇り黎明の騎士団で彼にかなう者などほとんどいない。


 だからという訳ではないがナイトは自分が黎明の騎士団に所属する際、条件として訓練に付き合わない代わりに夜勤務を一人で担う事を突きつけたらしい。


 少しでも寝る時間を増やす為に。


 ナイトの眠りに対する執着は相当のものだ。



「ふぁ……わわ分かったからやめろろろろー」



 エルにガクガクと揺すられて目を覚ましたナイトが抗議の声を上げる。



「んでリト、お前の友達はどんな特徴だ?」


 —かなり明るい赤髪で背は僕より七センチほど高いで……—



 リトが説明する間にまた舟を漕ぎ出したナイトをエルが起こす。



「聞ーてるって。しょうがねーなーもー。

 夜の警備ついでにリトに追いかけられつつ友達探しゃいんだろー?

 んじゃー時間まで寝るから出てけ」



 と言ってベッドからリトとエルを押し出して潜り込む。直ぐさま大きないびきをかき出した。


 エルとリトは顔を見合わせ自分達も仮眠を取るべくリトの部屋へ戻った。

 そして自分の家に帰りたがらないエルと並んでギュウギュウのベッドで寝る羽目になったのだった。






 もう春も終わるとはいえノーゼンブルグの夜はまだ寒い。

 しんしんと冷えた夜風を受けながら屋根の上を駆けるのは気持ちよかった。

 今回、リトは魔力を球体状に循環させている。範囲は凡そ五十メートル。

 屋根から屋根へ軽々と猫のように着地して、駆けて、跳ぶ。



 やばい楽しすぎて本来の目的を忘れそうだ。



 こうしていると悩み事も一時的に吹き飛ぶというもの。


 エルとナイトを探しながら全方角を注視し走り抜ける。流石深夜未明なだけあって、動いている人はほとんど居ない。


 リトの魔力感知はまだムラがあってこうして高速で移動していると視界が覚束無くなることがある。まだまだ修行が足りてない証拠だ。



 音を匂いも鋭く拾いながら二人を探す。



 それにしても目隠し鬼にナイトを混ぜるのは少し無謀ではないだろうか。彼は魔力感知を発動させながらも気配を消すのも上手い。果たして見つけられるだろうか。



 そんなことを考えながら音もなく着地したその時、リトの鋭い聴覚が聞き覚えのある声を微かに拾った。


 急いで方向転換して屋根伝いにそちらへ向かう。そして魔力感知を切って煙突の影に潜み小さな声で言い合う二人の会話に耳を傾けた。



「アルフレッド、何度も言わせるな」


「頼むよ兄貴!一言……一言だけでいいんだ!あいつに一言手紙出せば問題ない!」


「いい加減にしろ。あれだけ人と関わるなと言ったのによりによって騎士団の人間とお前は繋がりを持った。

 顔の割れていないお前だけが俺たちの頼みの綱だったのにそれがどうだ。今やお前も表に出られず危険を犯してレーゼンが変装して外へ出なければならなくなっている」


「それは……本当にごめん。でも、あいつは本当にいい奴で俺が急遽きゅうきょ旅に出たって言ったら納得してくれると思うんだ。

 俺が何も言わないまま隠れてる今の方が不自然だろ?」


「ダメだ。俺の傷はまだ癒えていないし問題も山積みだ。

 イスタルリカと仲の悪いノーゼンブルグは格好の隠れ場所の上、目的のためにはまだ留まらなければならないと言っただろう。

 だから彼の記憶は消去する」



 記憶の消去?



 リトはフードを目深に被った小柄な人物と背の高い人物二人を凝視した。



 記憶消去魔法はかつてイスタルリカが研究していたものでメルはその被害者だった。



 やはり彼は……



 リトはしばしどうしたものか考えた末、通信具の指輪に魔力を込め、トン、トトンと叩いた。続けてトトトとさらに叩く。

 声の出ないリトにとって今、通信具はほぼ意味をなさない。だが周囲の音は拾える。それに方角やはい、いいえなど叩くことによって簡単なやり取りは出来る。

 それに今身につけているものは通常の騎士団で使うものではなく、エル発明の敵味方判別盗み聞き防止魔法の掛かった特別製だ。

 これでエルやナイトからの声は他に聞こえないし眼下の二人の会話とリトの現状はこれで伝わる筈。



『レノくんどうしたのぉ?東で何か……


「記憶の消去なんて絶対にダメだ!あれは腕のいい魔法使いが何人も集まってやらなきゃ廃人になるリスクが高いんだろ!?

 あいつにそんな事をするなんてオレはできない!

 頼むよ兄貴!やめてくれ!」



 小柄なフードの人物……アルは声を張り上げた。フードが落ちてかなり明るい赤髪があらわになる。


 エルはリトの通信具が拾う音に耳を済ませているようだ。ナイトがどうしているかは正直分からない。



 それにしてもアルという名前は偽名、もしくは愛称だったのか。

 お互いに本名も正体もを隠し合っていたなんて、共通点もここまで来ればなんだか笑えてくる。



 リトはひとり、寂し気に微笑んだ。



「アルフレッド、静かにしろ。人目に着いたら困る」


「あいつにそんな事するくらいならオレは大騒ぎするぞ!」


「それなら黙らせるだけだ」



 背の高い人物がいつの間にか取り出した杖を振るとアルの声が途絶えた。



「俺達の腕は確かだ。心配するな。もし彼が廃人になって困るならお前も一緒に加われ。確率が上がる。もう使えるだろう?」



 アルはくっついた口を引っ張ってこじ開けようとしている。アルの兄が言う「彼」とは間違いなくリトのことだろう。



 話を聞く限り記憶消去魔法の研究は随分進んで条件を満たせば廃人化は免れる上一部の記憶だけを消せるようになっているようだ。



「もし彼に手荒な真似をしたくないならお前も協力しろ。

 レーゼンからの情報では明日いつもの場所に現れるのだろう?お前が例の場所まで誘き寄せろ」



 アルは憤慨した顔で首を振った。



「ならば隠れ家で大人しくしていろ」



 とうとう暴れ出したアルをアルの兄は易々と捕まえその手に魔封じの枷を嵌めた。杖を仕舞い、片腕で軽々と肩に担ぎあげる。アルがじたばたともがくもビクともしない様子だ。


 リトはさてどうしたものかと考えた。



 このままでは明日自分は攫われるらしい。接触した際に話を付けるにも相手の顔も分からなければ、どんな手段を使ってくるのかも分からない。文字を書くのを悠長ゆうちょうに待ってくれるはずもないし……



『レノくん僕らもそっちに行くから彼らに……』



 エルと思考がリンクしていた。



 リトと面識のあるアルが居るこの場こそ話を付ける絶好の機会だ。

 リトは素早く行動に移した。


 まず煙突をコン、コン、コン、と大きな音を立てて叩く。そして目隠しを取りメガネをかけて屋根から飛び降りた。二人の目の前にわざと音を立てて着地し両手を上げて敵意がないことを示す。



「!」


「君は……!」



 アルは目を見開いて驚きを示したがアルの兄……恐らくジルベルトなる人物の行動は早かった。

 アルを放り出し杖を構える。リトは魔力感知を半径十メートル程度展開し飛んできた風の弾丸から逃れた。



 ―話は聞かせてもらいました!僕に敵意はありません!―



 リトは前方に転がりながら宙に文字を書く。

 フードを目深に被ったジルベルトはほんの僅かな間驚いたように動きを止めたが続け様に短い雷撃の矢を繰り出す。

 リトはそれを前後左右に僅かなステップを踏んで躱し何とか文字を書き込んでいく。



 ―僕は、黎明の騎士団はあなた達を害するつもりはありません!―


「その言葉を信用する訳にはいかない。それに話を聞かれたなら尚更だ。ここで捕らえさせてもらう」



 ジルベルトは話を聞く気は無いようで次々に風の弾を、刃を放ってきた。

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