第四十五話 魔法のレッスンIII
それができるようになったのは突然だった。
「炎よ!我が手より出でて導きに従い、焼き尽くせ!」
リトはガーディアンを無視して、核を凝視しながら呪文を叫んだ。
「ファイアーボール!」
最後の一節と共にエルが無言で杖を振る。
風が吹き荒れエルが張った防壁ごと炎に飲まれる。炎が収まると辺りはまだ暗闇だった。
半分分以上は蒸発して残り僅かな砕けた核がパラパラと落ちる。
だがリトはそれを見ていなかった。目を閉じていたからだ。
「すごいよぉ!!ちょぉっと威力過剰だけどちゃんと核は破壊できたし、残ってる!!!」
エルが声を上げてリトはやっと目をひらいた。
「よかった……!」
エルがいそいそとほんの僅かな核の欠片を拾い集める。
地面が波打ち、迫り上がる感覚。二人は森に吐き出された。
「いやぁ!面白い…面白いよぉ!レノくん〜!
呪文でなく「視線」で導いて、「目を閉じる」って行動で術を終了させるなんて、実にユニーク!」
エルがリトとハイタッチする。
「エルが杖だけでシールドを張るのを見てて、昔読んだ魔法理論を思い出したんです。
「杖は詠唱のプロセスを大幅に削減出来るが、そのために振り方で魔法の指標性を表す」
他にも「魔法の詠唱を省略すると威力が落ちる」って。
このことから詠唱を削って威力を落として代わりに身振りで示せるんじゃないかって……」
リトが説明するとエルはうんうんと頷いた。
「確かに魔法は呪文自体よりも想像力が物言うからねぇ。
呪文を削ったのは威力を落とすだけじゃなく、目の動きで術の範囲と対象と終了時のイメージをより明確するためでしょぉ?
普通は威力を上げなきゃいけないから色々プロセスを踏まなきゃいけないけどレノくんの場合は早めに詠唱破棄に入っちゃっ方がいいかもねぇ」
術の解析をしてエルはリトの頭を撫でた。
「魔力の練り上げも順調に成長してるし、威力に関しては後は慣れだねぇ。
防御魔法が要らなくなるまであと少しだよぉ〜。
後は術を撃った後無防備になるからそこを改善していこうねぇ。
僕の弟子は優秀だなぁ〜」
「師匠が素晴らしいからですよ」
エルとリトは顔を見合わせてにっこりした。
「そろそろ次の魔法に行こうかなぁ」
あの後、三、四匹グラトルシャドウを倒して昼休憩を取りながらエルが言う。
「まだ……早いんじゃないですか?」
おにぎりを頬張っていたリトが目を瞬かせる。ちなみにリトは倒した半数の核をまた消滅させた。
「うん。まだ練習が必要だけど、他の属性魔法も練習し始めたらいいかなぁって」
エルがコルナを頬張りながら言う。
「炎魔法だけしか使えなくなっちゃっても困るしねぇ」
エルの話では、諸説あるが初期に魔法の練習を一つの属性で行い続けると、他の属性が使えなくなったり、使える術に偏りが出やすいとのことだった。
「エルは……どうして僕の師匠を引き受けてくれたんですか?」
リトはずっと気になっていた事を聞いてみた。
「あはは僕は人にものを教えるのが好きなんだよぉ。夜の巣で先生役をちょこぉっとやったらやっぱり楽しいなぁって。
僕の教えたことを好きになってくれる子が増えるのがたまらなく嬉しいんだ」
エルは丸メガネ越しにリトをじっと見つめた。
「アカツキに頼まれた事がきっかけではあるけど、君は魔法が大好きなのに使えないのが勿体無いなぁって思ってねぇ。
もちろん魔法の弟子を取るのも、君程の魔力を持ってる子なんてのも初めての事だったし、不安もあったから念入りに念入りに準備したよぉ」
そこでエルはいつものように顔をふにゃりと崩して
「ところがどうだい?実際にやってみたら君は素直で可愛いし、飲み込みも早くて教えるのがすっごく楽しい。
君が僕の初弟子でよかった」
とリトの頭を優しく撫でた。
森を探索しながらエルが手を叩いた。
「それじゃぁ魔法のレッスンその五のは〜じまり始まり〜」
リトも一緒になって拍手する。
「その五では複合魔法をやっていくよぉ〜」
「えっ?いきなり?」
リトは思わずエルを振り向いた。
「そうだよぉ。やるのはズバリ、氷魔法〜。水と風の二つの魔法が一辺に覚えれちゃうから」
ピッと足元を指さす。そして一言。
「アイスバーン」
次の瞬間リトの一歩先の足元が凍った。そのまま踏み込んでしまったリトはつるりと滑って腰を
「あははごめんごめん」
エルが笑いながら起こしてくれる。
「氷魔法はこんな風に直接攻撃以外にも役に立つんだよぉ。足止めにはもってこい」
なるほど確かに。
リトが頷くと
「さて、この魔法では何を連想したらいいかなぁ?」
と尋ねてきた。リトはまたしても唸った。
「うーん……。水を冷たい風で凍らせる。凍らせる範囲と対象……。あ、硬さとかですか?」
「大体正解だよぉ〜。
後は形。この魔法じゃ分かりにくいけど氷は造形魔法の一種だからねぇ。それじゃぁ早速実践してみよっかぁ」
エルはそう言うと足を止めて目を閉じた。間も無く開けると一方向を指した。
「六十メートル先十時の方向にグラトルシャドウが一匹ぃ。行こっかぁ」
リトは驚いた。エルの魔力感知は二十メートルくらいではなかったのか。
「あっはっはっちょっと集中すれば百メートルくらいまでは分かるんだよぉ」
リトは目を剥いた。
「ルクス」
エルが最早お馴染みの呪文を唱えて闇を照らす。
「じゃぁ〜今回も僕は防御に専念するから、ガーディアンの足止めをしてから核を壊してごらん〜」
そう言ってエルは杖を取り出すとシールドを張った。リトはイメージをおさらいしてから呪文を唱え始めた。
「凍てつく風よ!妙なる水を我が導きに従い氷結させよ!」
魔力を練り上げ、動き回るガーディアンの足元を凝視する。
エルの外套とリトのマントがはためく。
「アイスバーン!」
唱えると同時にエルがリトの横から消えた。
ガーディアンを目で追い、足元を捉えたところで目を閉じる。バキバキと凍ってゆく音がした。
再び目を開けたリトの視界は辺り一面氷の閉ざされていた。ガーディアンも、核も地面も何もかもリト一人を取り残して分厚い氷に覆われている。
吐く息が白くなる。リトはまたしても自分がやりすぎたことを悟った。
「はっ!!!エルは!?」
見ると隣に居たはずのエルがいない。
どうしよう。ガーディアンに紛れて一緒に凍らせてしまったのだだろうか。
リトが激しい焦燥感に襲われると上からエルの笑い声が降ってきた。
「あっはっはっはっはっはっは」
見るとエルが宙に浮いていた。リトはほーっと大きく息をついた。
「いやぁ流石の威力だねぇ」
エルは底にスタッと降り立つと氷漬けのガーディアンを繁々と眺めた。
「こんなことになるのも想定内ですか?」
「あははうん。当然だよね」
リトが萎れて訊くとエルは笑ってあっけらかんと答えた。
「まぁまぁ。空間ごと凍りつかなかっただけマシだよぉ〜。
ここに来たての君だったら間違いなく氷で埋め尽くされてて死んじゃってたよぉ。成長してる証拠証拠」
サラッと恐ろしいことを言う。
「このまま君の炎魔法使うと危ないから今回は僕が核壊すねぇ」
と言って杖を振った。風が巻き起こり核ごと氷が砕けて落ちた。
「さぁ危険のない範囲で使えることも分かったし、次からファイアーボールとアイスバーン交互に練習して行こうかぁ」
エルはいい笑顔でそう言った。
「どういう
ヤツラギが不審の目を向ける。
「やだなぁ団長ぉ。ものすごぉく頑張っただけですって」
本当の事を言っているのにエルの言い方だとなんだか裏がありそうに聞こえてしまう。
リトとエルはつい今しがたヤツラギに半数以上が溶けたり極々僅かしか残っていなかったりするものだがグラトルシャドウ四匹程度の核を提出したのだ。
「レノくんの魔法がかなり上達したんですよぉ。
先週言ったでしょぅ?ちょっとは取れるようになるって」
ヤツラギの更なる不審の目を躱すようにエルがふにゃふにゃと言う。ヤツラギはその目をリトに向けた。
「本当です。エルのおかげで核が残る回数が格段に増えました」
ヤツラギは
「そーかそーか。お前らもやれば出来るんだなー」
リトとエルは揃ってそっくりのにへらとした笑顔を浮かべた。
「と、でも言うと思ったか?」
ヤツラギは笑顔のままリトとエルの頬を思い切り引っ張った。
「あ、いひゃいっ!いひゃいれふよぉらんひょぉ!」
「ッ……!!」
エルが悲鳴を上げ、リトはじっと黙って耐えた。
「いいか、お前ら。「ちょっとは取れる」。「格段に残る回数が増えた」。
ってことはそれ以上に大量に会敵してるってことじゃねえか!!!」
ヤツラギが二人の頬を抓る力をギュウッと強める。
「グラトルシャドウの!核は!あってもあっても!足りねえ!大事な!資材な・ん・だ・よっ!!!
何回も言わせんな!このダメ師弟!!!」
リトとエルはみんなが帰った後も三時間お説教を食らった。
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