第六十四話 夜の巣へようこそ

 そう言えばアルは……?



 リトが疑問に思ったと同時に



「ファイアアロー!」



 唯一無事だった隣の部屋の壁を飛び越えて呪文と共に空からアルが降ってきた。


 エルが杖で火を吹き消し、ナイトが鎖であっという間にアルを捕まえる。



「クソっ!兄貴!何を悠長にしてんだよ!逃げろ!」



 どうやらジルベルト達に加勢する機会を伺っていたらしい。それなら話を聴いていてもおかしくない筈なのだが……。



「アルフレッド……」



 ジルベルトも気が抜けたように呟いた。



—アル、心配しないで。僕らは敵じゃない—



 リトがしゃがみ込み床でジタバタするアルに見えるように文字を書くとアルは目を見開いた。



「レノ!?お前、記憶は!?それに、その髪……!?」


 —ごめんね、アル。僕も君に隠し事してたんだ……



 混乱するアルにそう切り出してリトはこれまでの経緯を書いて説明した。



「へ?アカツキ?誰だそりゃ?お前が賞金首だって?俺は屋根がいきなり消えて戦闘が始まったからてっきり……?」



 アルはますます混乱しているようだった。リトは首を傾げた。



 アルはリトの顔も知らなかったし、アカツキの事も知らないようだ。あれだけ新聞にデカデカと載っているのに……。



「アルフレッド、落ち着け。彼らと争う……事はもうない、筈だ」


「へ?どう言うことだ?」



 ジルベルトがアルに声をかけナイトはアルを解放した。



「アルフレッドにはなるべく外に興味を持たせないよう新聞などの外界の様子を知らせるようなものは見せないようにしていた。

 何せ八歳からろくに外に出していない。少し……世間知らずなんだ」



 ジルベルトの補足にリトは笑った。



「わ、笑うなよ!レノ……じゃなくてえーと、リト?」



 リトは頷くと



「ぼぐ……も……」



 昔は世間知らずだった。と何とか伝える。



「お前、声が……!よかったなあ!」



 そう言ってアルはリトを抱きしめた。リトもアルに腕を回す。



 和解できて本当によかった。



「へぇ〜君がリトくんのお友達かぁ〜。優秀な魔法使いなんだってね?」



 エルが丸メガネをくいくいさせながらアルを上から下まで眺める。



「そ、そこまでじゃ……」



 アルは顔を赤くしてリトから離れた。



「君、黎明の騎士団に入りなよぉ〜。リトくんみたいに強くなれるよぉ?」



 なんとエルはスカウトしだした。



「おいおいおいおい団長の俺に断りなく勝手に決めるな!それにまだ話の途中だ!」


「エル、勝手に話を進めてはいけませんよ」



 ヤツラギが慌ててツッコみカラシキもエルを嗜めた。


 その時、ジルベルトが突然倒れた。



「兄貴!」


「ジル!」



 アルとレーゼン、他逃亡者達が慌てて駆け寄る。



「どうした?診せてみろ」



 ナイトが珍しく真剣な表情で目元をすっかり覆っている前髪を上げた。ジルベルトは歯がなるほど激しく震えている。



「これは……何だ?」



 そう言ってジルベルトの服を脱がせた。

 そこに現れたのはこの場の殆どの者が知らない紋様だ。



「ジルベルトはイスタルリカの側近となった際、就任の儀として呪いを受けています。退任の儀を終えない限り解けない呪いを……。

 イスタルリカの元を離れると同時に発動しました。魔法を一定以上使うと魔力が激しく消耗されていって……私たち全員で魔力を注がなければ生命維持ができないものです」



 レーゼンが答える。

 リトは固まっていた。



 どうしてこの紋様が?



 この場の誰も、リト以外知る者の居ないこの紋様は祖父に掛けられていた魔王の呪いによく似ていた。






 レーゼンの説明からして全く同じものでは無いようだがこれは被術者の魔力を根こそぎ吸い取るものであるに間違い無い。



 —見せてください。一応、離れて—



 リトが駆け寄りそう書き込むとレーゼン達は不審そうな顔をした。



「今言った通り早く魔力を注がねばジルベルトは……」


「ウチのリトに任せろ。こいつは解呪の魔法が使える」



 リトがジルベルトに触れると同時にナイトが補足し、兄にくっ付いて離れないアルを除く皆を下がらせた。



「兄貴!兄貴!!」



 アルが必死にジルベルトを呼び続ける。



「解呪の魔法!?そんなもの御伽話おとぎばなしでしょう?」



 カナリアが声を上げる。



「カナリアの言う通りです。呪いはかけた張本人にしか解けない。この世界の常識です」



 レーゼンも眉間に皺を寄せる。



「俺たち全員で魔力を注いで壊そうとしても一向に手応えのない訳の分からん呪いなんだ。それをこんながきんちょがどうにかできる訳ないだろ!」


「早く魔力を注がないとジルベルトが危ない!」



 ガイデンとクラインも懐疑的だ。



「おいおいー。ウチのリトの髪色見えねえのか?

 こいつは魔王の呪いも解いた天才だぞ?

 伊達だてにウチにいる訳じゃねえ」



 そんなやり取りを尻目にリトは目を閉じてジルベルトに潜った。



 ジルベルトに埋め込まれた呪いの核は直ぐに見つかった。それは変わった構造をしていて核を中心にジルベルト自身の魔力の元を取り囲む形で膜が張られている状態だ。


 そして核にジルベルトの魔力がどんどん吸い込まれていくのが見て取れる。


 リトは膜を破らないように慎重に自分の魔力で包み込みその正体を探った。



 そこに刻まれた術式は祖父やルナの呪いに使われていた反転文字だった。



 半分予想していたとはいえ驚きがリトの心を乱す。


 何故祖父が開発した内に魔力を留める封印の術式と魔王の反転文字で使われているのか。



 疑問が湧き上がるが今はジルベルトだ。リトは再び集中して膜に相殺の術式を刻み加えた。


 膜が消失するとどっとリトの魔力も吸われ始める。中心にあったのはほとんど黒に見える青色の核でそれがジルベルトより多いリトの魔力を求めて移動して来たようだ。



 リトの額に汗が滲む。みんなが息を詰めて見守った。



 リトは魔力を吸われる量より多く、しかし核を破壊しないように繊細にコントロールしながら核の術式を読み取った。


 そこにもやはり反転文字の術式が刻まれていた。術式の内容は「吸収」「より多くの魔力への反応」そして核自体の「補強」だった。


 この「より多くの魔力への反応」の術式こそがジルベルトが魔法を使い、魔力を生産する量が増えることよって呪いの発動を引き起こしていたのだろう。






 吸収の魔法はかつて世界を滅亡寸前に追いやった魔王が使っていたものだ。

 祖父は自分が魔法が使えなくなる代償に呪いの封印に魔力を費やした。

 魔王が倒されたのはもう、五十年も前のことで魔王を倒し、呪いを受けた勇者一行の中で死を免れたのは祖父だけ。

 その祖父も、リトが呪い解いたといえ衰弱により去年の秋の始め月に早逝してしまった。



 夜の巣で三十年以上、五歳児から成長出来ずにいたルナが掛けられていた不老不死の呪いといい、ジルベルトのこの呪いといい、知るものが居ない筈の魔法が使われている。



 リトは言われなようのない不安に襲われた。


 魔王の呪いの反転文字の相殺術式は既に習得している。素早く、でも慎重に刻み込むと魔力の吸収は止まった。

 後の二つの相殺術式を今まで得た知識からヒントを得ながら組み立てこれも刻み込む。



 全ての反転文字を刻み込むと青黒い核はほろほろと端から崩れて消え去った。


 リトはジルベルトの足りなくなった分を補う程度に自分の魔力を注ぎ、目を開けて現実に戻った。



 ぐらりと視界が歪む。転びかけたリトを素早くナイトが支えた。



「大丈夫か?」



 ナイトの問いにリトはこくりと頷いた。

 久々に解呪を行ったので少し体感が狂っていた。



「嘘だろ……」


「信じられない……」


「まさか本当に解けるなんて……」



 みんなが口々に驚きを表していると紋様が消え、震えの治ったジルベルトが静かに目を開けた。



「兄貴!」



 アルが喜びに満ちた声を上げた。



「いやぁ〜聞いてはいたけど目の当たりにするとやっぱりすごいねぇ。解呪の魔法」



 エルが呑気に言うとナイトとヤツラギが頷いた。ジルベルトも信じられないと言う表情で自分の体を見回している。



 三人とも魔力感知に長けているから一部始終を感じ取ったのかもしれない。



「レ……リト!まじでありがとう!」



 アルが飛びついてきてまだふらついていたリトは二人一緒にひっくり返った。






 一時間後。リトの部屋は大変な事になっていた。


 ジルベルト達逃亡者五名プラスアル。

 ナイト、エル、リト。

 そしてナイトに呼び出されたアカツキ。


 元々広めとは言え家具の揃った一人暮らし用の部屋に九人は狭過ぎる。


 なぜミニマリストで部屋が広いナイトの部屋にしなかったのかとリトはちょっとばかり後悔していた。



 呪いを解いた事によってリトはアル、レーゼン他三人とジルベルト本人から深い感謝と信頼を勝ち得た。


 そうしてヴィルヘム達ノーゼンブルグ組とナイトが話を付け、ジルベルト達逃亡者五人は夜の巣に。

 顔が割れておらず精巧な身分証のある将来有望なアルをどちらの所属にするかヤツラギとナイトで揉めた。

 が、結局夜の巣所属の黎明の騎士団預かりにする事になった。アルたっての希望でだ。


 そして万が一に備え、嘘の通じないアカツキと顔合わせする事になったのだった。


 ギュウギュウと人がひしめく部屋のど真ん中でアカツキに見下ろされ、ナイトとエルが正座させられていた。



「ナイト、なぜもっと早くリトを救出しなかった」



 アカツキはちょっと怒っていた。腕組みをし、長い足で床を叩いている。


 アカツキはアルやジルベルト達全員に一言ずつ質問した後、コトの経緯を聞いてナイトがずっと着いていたにも関わらずリトが痛みを伴う記憶消去魔法を味わう羽目になった事について問い詰める。



「いやーそれが……なあ」



 ナイトはバツが悪そうに口籠くちごもると無理やりエルに話を振った。


 聞けばヴィルヘム達に連絡を取って追いついたエルは記憶消去魔法と聞いて即刻リトを救出しようとした。

 だがナイトが魔力感知で少し解析した方がいいと引き留め、メルの事もあってつい同意してしまい二人揃って外で様子を視ていたらしい。



 酷い話である。



「本当にごめんね、リトくん」



 エルは本気で反省しているようで珍しくハキハキした喋り口で謝った。

 元よりエルにはちょっと同情的だったリトはすぐ頷いた。


 アカツキはツツーと器用に足でエルを横に滑らせて避けるとナイトを黙って見下ろした。

 しばし二人、視線での攻防戦が続いたと思ったら突如ナイトが宙返りして入り口付近に飛び退いた。

 見ればアカツキが手を突き出しデコピンの形を取っている。



 アカツキの攻撃を避けれるなんて流石、夜の巣設立前からの最高戦力の一端だ。



「避けるな」


「ふざけんなよお。おまえの本気のソレ《デコピン》受けたらしばらく痛みで寝れなくなるだろお」


「それだけの事をしたと自覚するにはちょうどいい」



 アカツキは目にも止まらぬ速さで狭いこの部屋を横切り再びデコピンを繰り出す。ナイトが壁を蹴ってひらりと宙を舞う。そしてアルと並んでベッドに腰掛けていたリトの横に着地するとダルダルの袖でギュッと抱きしめた。



「ほらあ、リトは許してくれるってー」



 僕は何も言っていない。



 リトがやや冷めた目をしているとアカツキが一瞬で目の前に現れナイトの額にデコピンした。

 ドゴンッと物凄い音がしてナイトが吹っ飛んだ。



 部屋にいた全員が飛び上がる。人間が立てていい音ではなかった。



 ナイトは壁にぶつかる前に何とか受け身を取って床に降り立ったがすぐ崩れ落ちた。



「くぅぉおおおおおおぉぉおおぉーーー」



 額を押さえ蹲るナイトを見てリトは以前受けたデコピンの比では無い事を知った。



「いてぇぇえええええぇぇええーーーー……


「それでお前達の処遇に着いてだが……」



 苦悶くもんするナイトを完全に無視してアカツキは椅子に座ったカナリア、レーゼン、クライン、ベッドに横たわるジルベルト、座るアル、床で正座し直したガイデンに向き直った。

 ジルベルトも体を起こし全員の姿勢が伸びる。



 みんなよほど今の光景が恐ろしかったようだ。



「歓迎しよう。戦力の増強は俺達の最も必要とするところだ。クラインは……」



 明るい黄緑色の髪をしたクラインは名前を呼ばれてビクッとした。



 皆の緊張を解かせないのはアカツキなりの意趣返いしゅがえしかもしれない。



「イスタルリカの情報局にいたそうだな。うちにも情報部がある。そちらに割り振るがいいか」


「は、はいっ!」



 クラインが背筋を更に伸ばして返事した。



「カナリアとガイデンは戦闘部門に。うちは魔法使いがそれほど多くない。

 お前達には近接戦にも慣れてもらう。

 そして魔法の素質があるヤツらに魔法を教えて互いに訓練してくれ」



「「はいっ!」」



 かなり明るい金髪のカナリアとシルバーブロンドのガイデンも背筋を伸ばして返事する。背筋を伸ばしすぎておしりが浮きそうになっている。



「レーゼンは色々と兼任していたそうだな。マーリンの魔法の再現に成功した実績も医薬の素質もある。

 悪いが研究、情報、戦闘、医療見習いと、こき使わせてもらう」


「は、はい」



 スカイブロンドのレーゼンは他のメンバーよりかは落ち着いて見えたが割り振られた仕事の量に目を白黒させた。



「ジルベルトは」



 とアカツキがベッドを振り返る。リトの後ろでジルベルトがゴクリと喉を鳴らしたのが聞こえた。



「とりあえず療養だ」


「はっ…………?」



 ジルベルトは勢いよく返事をしようとして一拍遅れて戸惑った。リトとアルは微かに肩を震わせた。


 間の抜けたジルベルトの顔がおかしかったからだ。



「お前は負傷をし過ぎだ。解呪されたといえ呪いの影響も色濃い。

 しばらく養生しろ。話はそれからだ。

 レーゼン、いい機会だ。先ずはうちの医者に治療のいろはを習え。オルガ」


「はいはい」



 いつから潜んでいたのかオルガがタンスから現れてアカツキとナイトを覗いた全員が驚いた。



「どうも、アカツキにこき使われている医者オルガと申します。助手ができるとは嬉しい話ですね。

 手取り足取り医療の「い」から「ろはにほへと」まで全て教えて差し上げますのでどうぞこれからよろしくお願いします。

 ようこそ『夜の巣』へ」



 早口でまくし立て美しく礼の姿勢を取るオルガに逃亡メンツは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。

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