第六十三話 秘密

「俺達がイスタルリカ当主の暗殺を目論もくろんだ訳ではないのは……お前の言うとおり事実だ」



 まだ微かに迷いを残しながらもジルベルトは静かに語りだした。リトは頷いて先を促した。



「俺とそこにいるアルフレッドは貧しい家庭の生まれで、俺が十三、アルフレッドが三歳の時に両親を失った。

 だが、今ここにいる幼馴染達に助けられながらイスタルリカの奨学金制度を受け、アルフレッド育てながら勉強を続けた。

 そのお陰で八年前、十六歳で魔法士団に入団できた。

 平民の……それも、貧しい俺達の様な者にも手を差し伸べてくれる制度を作ったイスタルリカに深く恩義を感じていたんだ……ある時までは」



 ジルベルトはそこで一度口を噤んだ。

 リトが術式の組み立てに頭を働かせながらも大人しく待っていると、しばしして再び語り出した。



「五年前、魔法士団の副団長に登りつめた俺はイスタルリカの側近の一人、若い街主の相談役として抜粋された。

 だがそこでイスタルリカが不穏な魔法研究を行っていることを知った」



 そこでジルベルトはふぅーと大きく息を吐いた。



「兄貴……体が……」



 アルがリトに引っ付いたままジルベルトの体調を案じた。



 そういえば怪我をしていると言っていたし、自分も更なる怪我をさせてしまった。



 リトは謝罪の意味を込めてぺこりと頭を下げた。



「心配するな。いつものことだ。

 ……酷な話だが俺は当時八歳になったばかりのアルフレッドに外に出ることを禁じ、伝手を使って生前の情報をほとんど消し、その上で病気で死んだことにした。そして外の村出身の新しい偽の戸籍を用意した……」



 ジルベルトがアルを見つめる目は優しく、同時に酷く悲しげだった。



「俺は真相を調べるべく、イスタルリカに仕え続けた。

 そして密かに調査を続けた先に先代当主の三男と長女が中央貴族を巻き込んで起こした事件について知った。

 俺は中央貴族とイスタルリカの突然の接触を不審に思い、さらに探った」



 リトはコクリと唾を飲み込んだ。エルとメルの事件だ。



「先代イスタルリカはその事件を機に街主を解任され、幼い次期当主のために中央貴族出身の家令が派遣されたとあった。

 現当主……先代の次男は俺から見ても家令の言いなりでただのお飾りの傀儡だった」



 エルの父親は街主を解任されたのか……それに中央貴族の家令って……。



「その後間も無くして事件で破損した屋敷を建て直した際の見取り図を発見した。

 屋敷の立て直しを機にイスタルリカは何故か聖都サンクメリへの直線回線を引いていた」



 リトは再び唾をのんだ。これってアカツキも知らない情報なんじゃないだろうか。



「そして禁止書庫へ侵入し発見したのがイスタルリカがサンクメリへ送った書類の写し、違法な人体実験の内容や、俺も知らなかった未発表の非人道的魔法の実験結果やその使用法についてだった。

 返送書類も、家令が教皇と直接やりとりしていた内容も全て写真に映した」



 部屋にジルベルトの仲間達がポツリ、ポツリと入って来る。



「俺達はイスタルリカからの脱出の機を伺っていた。

 だが一年近く前。イスタルリカの禁止書庫に誰かが侵入した痕跡が見つかった。俺のものではない。

 誰か別の人物が侵入した痕跡だった。

 調査が進められ、侵入者探しが始まり、しばらくし四ヶ月半ほど前。遂に同僚に嵌められ俺が犯人に仕立て上げられた。妬まれていたからな」



 ジルベルトが自嘲気味に笑う。魔法陣の解除式は後少しで組み上がる。



「それで戦闘となりサンクメリと繋がる実験をしていた研究所や施設を破壊して脱出した。この怪我はその時負傷したものだ。

 事件の真相を隠したいイスタルリカはできる限り秘密裏に俺達を葬ろうとした。

 だが中々手掛かりが掴めずとうとう各街に手配書を回したという訳だ」



 そう言ってジルベルトは失われた腕を押さえた。



「イスタルリカはサンクメリと組んでこの国で何かを起こそうとしている。

 イスタルリカと言い、中央貴族と言い貴族は当てに出来ない。俺達はなんとしてでもこの事を国王陛下に直訴しなければならない。

 建国祭の凱旋でノーゼンブルグ来訪の折を見て。

 ……だから悪いが君には記憶を失ってもらう。カナリア」


「兄貴!」



 ジルベルトが名を呼ぶとカナリアは喚くアルをリトから引き剥がし隣の部屋に放り込んでドアを溶接してしまった。



「大丈夫だ。失う記憶はほんの一部だけ。

 アルフレッドの情報と今夜起きたことだけだ。痛みも一時的なものだ」



 ジルベルトと仲間たちがリトを中心に取り囲む。隣の部屋から体当たりする音が聞こえる。


 リトの背中を冷たい汗が伝った。


 いよいよ五人が杖を構えたその時。リトは満身の力を込めて椅子の足を蹴り砕きダンっと足を着いて一息に相殺術式を描き足し魔法陣に組み込まれた術式を相殺した。

 魔法陣が一瞬輝き、薄れて消える。



「何をした!?」


「拙い、このままでは記憶の破壊に……」


「仕方がない。たとえ脳の破壊になろうとも背に腹はかえられない」



 カナリアとガデイン、クライスが呪文を唱え始める。



 しまった魔法陣は安全装置だったのか!



 リトが後悔するも後の祭り。レーゼン、ジルベルトも呪文を唱え終わった。



「君の残りの人生にどうか幸在らんことを」



 窓も開いてないのに風が巻き上がる。



「「「「「メモリアエレイジ」」」」」



 五人が声を揃えて最後の一節を唱えた。

 途端視界を紫電が埋め尽くし激しい頭痛に襲われた。






「————!!!」



 声もなく叫ぶ。頭が割れるように痛い。全身から力が抜けて椅子ごと床に倒れ伏した。激しい痛みに身悶える。



『レノ!レノ!!!』



 隣の部屋からアルの叫び声が聞こえる。



「我慢してくれ。俺達の敵は余りに多い。ここで捕まる訳にはいかないんだ。

 それに、上手くいけば一部の記憶は残る」



 ジルベルトの話が本当ならリト達は同志だ。教会というあまりにも強大な敵にたった六人で立ち向かう必要はない。


 一緒に戦えるのだ。



「——ち——ガッ——」



 それをなんとか伝えたくてリトの喉から声が漏れ出た。正面に立つジルベルトがハッとする。



 アルに声が出ないと言った後、彼は「なら練習あるのみだな!」とリトに童謡を熱唱させた。アルも一緒に熱唱してくれた。

 声が出ずとも喉を動かす練習は必要だとリトは一人の時も同様に大声を出すつもりで音なく歌っていた。



 その成果がここにきて土壇場で現れたのか。



「——ぼ——だちっ——はっ————!!!」



 そこで声なく咳き込む。魔法の苦痛に抗いながら叫ぶリトの声は届かない。


 その時スパンッと何かが切れる音がして屋根がズレた。



「おーし、お前らそこまでだ」



 ナイトの声が聞こえた。






「なんだ!?」



 逃亡者達の注意が削がれ紫電が消える。リトは崩れ落ちてぜいぜいと息を荒げた。


 屋根が滑り落ち、外で崩れる大きな音が聞こえた。

 夜空の覗く屋根から飛び込んで来たのは染めていた髪色をラベンダーブロンドに戻したナイト。手には漆黒の大鎌。目にも止まらぬ速さで手元の鎖を五人に投げつけた。



「くっ!」



 ナイトは大鎌を自由自在に振るって周囲の壁を切り刻み、鎌の根元についた幾本もの鎖を操ってあっという間にジルベルト以外の四人を拘束した。



「ジル!逃げろ!」



 鎖に絡め取られたレーゼンが叫ぶ。



「コイツは……!」


「なんてこった……!」



 逃亡者達がナイトの正体に気付き口々に驚きの声を上げる。



「『眠りの死神』……!何故アカツキの一味がここに!?」



 繰り出される攻撃を素早いステップで躱し、魔法で反撃しながらジルベルトがナイトの二つ名を口にする。


 ナイトは夜の巣の賞金首。

 何故ここで正体を明かして出てきたかをリトは理解し、顔を上げた。



「ほれ」



 ナイトはジルベルトを相手にしながらリトが括り付けられていた椅子を切り刻むと変装解除薬を放ってきた。リトはそれを枷が嵌ったままの後ろ手でキャッチした。

 痛む体を圧して腕を前に回し薬を飲む。するとリトの髪色がサアッと白に戻った。



「お前は!?」



 リトの正体に心当たりのあるジルベルトの動きが僅かに鈍り、その隙を突いてナイトの鎖が巻きついた。



「ぐっ」



 ジルベルトが床に転がる。リトは枷を膝で叩き割った。

 ガランガランと特別な鉱石と合金で出来た魔封じの枷が容易く床に転がったのを見て逃亡者達の顔色が悪くなる。



「ぼ、ぐ、だち、は……でき、では……あ゛りま、ぜん……っ!」



 ゲホゲホと咳き込む。まだ声で伝えるのは難しいだろうか。



「レノくぅ〜ん!ネイドさぁ〜ん!どうなったぁ?」



 エルがふわりと宙から降り立った。外からヤツラギの怒鳴り声がきこえてきた。



「くぉら!ネイド!ヴィルヘム様が到着するまで待てって言ったろ!エルも!何勝手に入ってんだ!戻って来い!」



 ヤツラギをガン無視してエルは自己紹介する。



「僕はエル。黎明の騎士団の魔法使いだよぉ。

 話は全部聞かせて貰った。僕の愛弟子がお世話になったねぇ」



 エルの丸メガネが怪しく光った。



「くっ……!ノーゼンブルグはアカツキの一味と組んでいたという事か……くそっ!」


「まあ、間違っちゃいねえさ。俺達の認識以外はなー」



 ジルベルトの呟きにナイトが肯定とも否定とも取れる言葉を返す。逃亡者達の顔色が絶望に染まった。



「レノくん説明できるぅ?」



 とエルが訊ねリトは声で返事しようとして咳き込んだ。エルは予備の空中ペンを投げて寄越した。



 ー僕らアカツキの一味が犯罪者とされているのは表向きです。

 あなた達と同じように。

 僕らの敵は教会。引いては教皇です。ノーゼンブルグの一部の人間は街主含め僕らの事情を知った上で協力関係を結んでいますー



 リトがサラサラと宙に文字を書いて説明する。逃亡者達はそれを静かに目で追っていた。



 ー教会がコトを起こそうとしているのも事実。ですがそれはこの国に止まらず全世界を巻き込むものです。

 それが何なのかはまだ探り切れていません。

 だけど僕らはそれを止めるべく動いています。そうして教会と敵対した結果が懸賞金をかけられた犯罪者になったという形ですー


「と、いう訳でお前ら纏めて夜の巣ウチに来い。面倒見てやるよ」



 リトの言葉を引き継いでナイトは彼らを解放した。逃亡者達は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。



「国王に直訴してもむーだむだあ。先王が死んでからまーだ年若い国王は教会の息のかかった中央貴族達の傀儡かいらいだ。

 イスタルリカに潜り込むのにウチは苦労しててな、内情にあまり詳しくない。

 対して俺達は教会の中枢に食い込んでる奴もいる。奴らも一枚岩じゃないっつーことだ。

 どうだ?Win-Winの関係になれそうだろお?」


「それにねぇ〜イスタルリカ先代の三男坊っていうのはこの僕のことだよぉ。

 本名はエルリム。僕の妹メルヒラは十三年前に発明されたばかりの記憶消去の魔法の実験の犠牲者だ。

 僕と妹はアカツキに助けてもらって今ノーゼンブルグの保護下にある。

 アカツキの一味は悪者じゃぁない。教会の被害者を救うスーパーヒーローなんだよぉ」



 今度はエルがナイトの言葉を引き継ぎふにゃりと笑って見せた。



「それにしても今は脳にダメージも与えずほんの一部の記憶をそこまで精密に消せるまでに進んでたんだねぇ。色々悪ぅいことに応用できそうだねぇ。興味深いなぁ」



 続けてそう言い母親の形見である丸メガネを光らせる。


 そうして話す間にもバタバタと階段を駆け上がる足音がしてドアが開いた。



「あーもー!全部くっちゃべってくれやがって!俺達の立場を考えろ!」


「ナイトもエルも事を急ぎすぎでしょう」



 ヤツラギとノーゼンブルグ家の家令であり、ヴィルヘムの側近であるカラシキが二人を窘める。



「しょうがねえだろお?

 可愛いうちの末っ子が苦しめられてたんだから」



 そう言うならもう少し早く助けて欲しかった。まだ頭がガンガンする。



 実はナイトはリトが戦闘していた時からずーっと側にいた。リトがそれに気がついたのは捕まってからだったが。

 もしかしたら追いかけっこしている時から後ろにいたのかもしれない。



「はっはっは。話してしまったものはしょうがないだろう」



 そう言いながら最後に部屋に入ってきたのはここの街主、ヴィルヘム・ノーゼンブルグだった。



「ヴィルヘム様は少々エルに甘いかと」



 カラシキの言葉でヴィルヘムの名を聞き街主……貴族の登場にジルベルト達がサッと壁に下がって膝を着いた。



「ああ、そんなに堅くしないでくれたまえ。私はそうゆうのが苦手なんだよ。ノーゼンブルグうちは自由が売りだからね」



 彼らは物腰柔らかなヴィルヘムに戸惑いつつも立ち上がった。



「三人が話した通り我々は共通の敵を相手にしている。それにアカツキ達は世間で言われているような悪人じゃないのも本当だよ。

 アカツキ達のアジトには最高の腕を持つ医者もいるし君たちの恰好の隠れ家になるだろう。

 ノーゼンブルグ家の名にかけて私が保証するよ」



 そう言ってヴィルヘムはウインクを飛ばした。

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