第六十二話 逃亡者II
中距離、遠距離攻撃の連発。その速度、精度が凄まじい。
こうして魔力感知で先を読んでいても躱す端から追い詰められていく。バク転して躱したリトの頬を風の刃が掠めパッと血が散った。
リトも魔銃を使えば牽制は出来るだろうが発砲音で住民や冒険者、他の騎士団に駆けつけられては敵わない。
こうなれば接近戦に持ち込むしかないだろう。
リトは狭い路地の壁を蹴りジルベルトの頭上を跳び越え真後ろに着地した。杖を狙い蹴りを放つ。だが渦巻く風に脚を巻き取られ視界が回転する。
できるだけ攻撃したくなかったが仕方ない。
リトは回転の勢いを利用してジルベルトの顎を狙って蹴りを放った。ジルベルトが素早く首を引きリトの爪先は僅かに彼の顎先を掠めるに留まった。
だが少しは脳が揺れ、集中力が削がれたようでリトの脚が開放される。
「レノ!兄貴!」
アルに掛けていた魔法も解けたようだ。
リトは地面に転がり様にジルベルトの足を払う。ジルベルトは跳び上がりそれを交わす。次の魔法を使われる前にリトは両腕をバネにして懐に飛び込んだ。
リトの突きをジルベルトは杖で受け止めながら氷の矢を振らせる。リトは杖に手を掛け足払いの要領で矢を全て砕き、遂に杖をもぎ取った。
「嵐弾!」
だがジルベルトは怯むことなく短く呪文を唱え再びリトへ放つ。リトは踏み込みジルベルトの杖で魔法を弾くが風の弾のひとつが脇を掠める。
「止めろ!止めてくれ!」
アルが泣きそうな声で叫ぶ。応えたいがジルベルト相手に迂闊に隙を作れない。
と、ジルベルトが距離を詰めてきた。
リトの側頭部目掛けて脚を振るう。リトはそれを地面に張り付いてやり過ごしジルベルトの顔面目掛けて跳び上がる。ジルベルトが仰け反り片腕を着いて体を逃がす。
リトはすかさず追いついてフードの端をジルベルトの杖で地面に縫いとめた。
僅かに動きの止まった隙に急所を狙う。だがジルベルトの判断は素早くフードの留め具を外し後ろへ下がった。
リトの足が頭を掠め、手配書で見た通りの顔に血が流れる。ジルベルトはリトが続け様に放った回し蹴りを宙返りして躱すとそのまま大通りに出た。
「エレクトロ!」
ジルベルトを追って大通りに出たリトがあわやという所で踏みとどまると周囲一帯にバリバリと激しい音を立てて電撃が疾った。
そう言えば先程からこんなに激しい戦闘をしているのに誰も一向に出てくる気配がない。戦闘直前に何か音を遮る魔法でも使ったのだろうか。
それならば、とリトも魔銃を引き抜き発砲する。
「シールド!」
ジルベルトは幾つもの盾を張りエネルギー弾を防ぐ。続けてリトに向けて風の弾丸を放った。だがその一瞬を狙っていたリトはあらかじめ弾幕を張り、盾の隙間にエネルギー弾を撃ち込んだ。
弾はジルベルトの頬を掠め、腹にも一撃命中した。もちろん急所は避けてある。
「兄貴!!!」
アルの悲痛な叫びにリトが怯んだその一瞬。音も無く黄色い閃光が飛来した。
魔力感知のおかげでギリギリ仰け反って躱したリトはそのまま手を着いて別の路地へ飛び込んだ。
ドッドッドと心臓の音がうるさい。
今の攻撃はジルベルトが使ったものでは無い。
周囲に素早く目を走らせるも誰もいない。
リトが自分の処理出来うる限りの範囲に魔力感知を広げると凡そ三十メートル先、北東の屋根の上に光点が三つ現れた。
だが視覚だけが捉える情報に彼らの姿はない。
一体なぜ?
疑問が浮かんだのは一瞬で、続けて降ってきた雷撃を慌てて避けた。
だがカラクリは解けた。彼らの周囲に展開された魔法。
それは祖父が都合が悪い時よく利用していた光を屈折させて姿を消す隠蔽魔法だった。
それに改良を加えたのか魔力感知と視覚を統合させても彼らは
これは
負傷させたとは言えジルベルトのみならず超遠隔距離の魔法使いが三人。憶測ではあるがまず間違いなくジルベルトの仲間のはずだ。そして彼の仲間は後一人いる。
何処に姿を隠しているのか分からない。
と、唐突にリトの背後に光点が現れた。
咄嗟に前に転がり振り向いて発砲するが視覚では見えない。
だがここまで近づくと流石に朧気ながらも魔力感知で補われて姿が見える。深くフードを被ったいかつい体格。恐らく手配書のシルバーブロンドの男だろう。
近づいて来たと言うことは彼らの中でも肉弾戦に長けているのか。
男が放った蹴りをリトが前傾して躱すと彼が驚いた気配が伝わってくる。相手はリトに姿が見えないと思っているのだろう。リトは突き進んだ勢いそのまま跳び上がり男の顔面に頭突きした。
一発KO。自慢の石頭は伊達では無い。
だがこれでは彼らとの和解が更に難しくなって行くばかりだ。
どうしたものかと悩む暇もなく頭上が光に埋め尽くされリトのいる路地に雷が降り注いだ。
殺す気か!とも一瞬思えたが魔法の精度が凄まじい様で、リトにノックアウトされた男の周辺は綺麗に避けられ、石畳も微かな焦げ目がついているだけだ。
再び大通りに出たリトはそのまま前転を繰り返す羽目になった。
傷を塞いだのかジルベルトが次々と氷の矢を放ってきたからだ。
矢が刺さる先から地面が凍りつき、とうとうリトの足を捕らえた。リトがすかさず魔銃を構えるが雷の矢で弾き飛ばされる。
仕上げとばかりに飛んで来た黄色い閃光が遂にリトを貫いた。
激しい痛みと共に体が言うことを利かなくなりガクガクと崩れ落ちる。
これはイスタルリカの魔法使いがよく使う魔法……。
肩で息をするジルベルトが歩み寄ってきてリトから杖を取り戻し、氷やその他の戦闘痕を綺麗に消し去った。
エルとナイトの到着は?
体感で戦っていた時間は長く感じられていたがまだそれ程経っていないのか?
「なんて坊やなの……私の雷撃をかすりもせずに避けるなんて」
ジルベルトの横に手配書で見たかなり明るい金髪の女性が現れた。確か名前は……
ジルベルトが黙ったままリトから通信具の指輪と耳輪を外し杖を振って粉々にした。
「例の騎士団の少年だ……通信具を破壊するまで迂闊な言葉は控えろカナリア。レーゼン、ガデインはどうだ?」
「鼻血を出して気絶してるだけですよ。今クラインが運んでいます」
やはり全員手配書にあった名前。ジルベルトとその仲間達だったようだ。アルはジルベルトの実の弟と言った所か。
フードを脱いだ彼は手配書の特徴の通り片腕が途中から無かった。ジルベルトは杖を仕舞い、リトに後ろ手に魔封じの枷を取り付け目隠しをして担ぎ上げた。
「こんな夜中に出歩いていたんだ。夜の
幸いして彼は声が出ないらしいからもう少し時間が稼げる筈だ。
今のうちに例の場所で済ませてしまおう。
後、あっちにアルフレッドを転がして来た。カナリア、回収して来てくれ」
「ごめんなさいね。……アルくんも可哀想。
でも私達の目的の為には仕方がないのよ。許してとは言わないわ」
カナリアがリトに声を掛けて去って行く。声を出せないリトは手を封じられてしまったら何も話せない。
「それでは隠蔽術を掛け直します」
「ああ、頼む」
レーゼンと呼ばれたフードの男が杖を振る。
体の自由が利かなくても魔力が高すぎるリトに魔封じの枷は効かない。魔力感知を全開にしてなんとか手掛かりを残せないか探る。
そしてあることに気がついた。
この国ウィクスの四大都市であるだけあってノーゼンブルグは広い。
リトが魔力感知視て察っするにここは南西寄りの端。人気のない倉庫街。その中にある小さな二階建ての廃墟だった。
リトは2階の一部屋の中心で目隠しされたまま椅子に括り付けられていた。床に魔力を込められた魔法陣らしきものが描かれている。
直に触れずとも魔力感知を研ぎ澄まして魔法陣に付与された魔法の解析を進める。解呪の魔法の応用で解けるかもしれない。
逃亡者であるジルベルト達は隣の部屋で何か話していた。
『なんですって?』
『騎士団が害する気はないと言っていたんですか……?』
『俺たちに囲まれていることに気がついて咄嗟に吐いた嘘かも知れんな』
『俺も、その線は捨てきれないでいる。だから一先ず捕らえた。』
『アルフレッドくんに話は聞いたんだろ?信頼できるんじゃないか?』
魔法陣を探りながら耳を傾けていると少しばかりリトに優勢なようだった。しかし
『ですが彼自身の意志は兎も角。
街に帰属する騎士団自体が我々を害さないというのは荒唐無稽な話にも思えますね』
『彼自身に話を聞くことは出来ないの?』
『声を失っているらしい。意志の疎通は筆談で行えるがそれでは嘘の判別魔法が効かない』
『それならやっぱり記憶を消してそっと帰す方が……』
『そうだな。例え失敗しても……』
次第に劣勢に傾いていった。このままでは記憶の消去……それも、失敗したら廃人確定の魔法を掛けられてしまう。
リトは魔法陣に込められた術式を何とか読み取り始めた。
やはりこれは中央に置かれたモノの記憶消去に直接関わるものらしい。
脳への働き掛けから精神の封印など見た事もない術式とその細やかな微調整……などなど複雑極まりない。
だが幸いなことにこれは純粋な魔力で刻まれた魔法陣だ。
これならリトは消すことができる。
魔法は大きくふたつに分けられる。詠唱などで直接魔力に何らかの変化を与える場合と、魔法陣や核などで対象に付与する場合だ。
魔法陣は術を目に見える形にしたものだ。知識さえあれば誰でも同じ形を魔力を込めて描くことで魔法が発動する簡単なものだ。陣を消せば効果は消える。
対して核は純粋に魔力を練り上げたもので、目には見えない。術の知識を継承して核に書き込めば同じ魔法が発動するが人の魔力は千差万別。
人によって核は微妙に差が生じ、術式の形を歪める。その形の全貌は術者当人にしか知覚できないため歪んだ術式を他者が解くことは不可能だ。
核は術者より高い濃度の魔力を注ぎ続けることにより変形し、最後は霧散し破壊できる。ただし核が付与されていたものも同時に破壊される。
呪いは掛けた当人にしか解くことが出来ない。
というのがこの世界の基本だがリトは世界最高位の上を行く魔力で核を変形させるように相殺する術式を書き込む方法で解呪できるのだ。
今回はその応用編。純粋な魔力で描かれた魔法陣の術式に新たな反対呪文を描き込み相殺すること。消されないようにと魔力だけで描かれていることが幸いした。
描き直すなら一気にだ。
リトが魔術式の相殺呪文を考えるのに四苦八苦していると、バタバタと奥の部屋から慌ただしい足音が響いた。そして隣の部屋でバターンッと激しくドアが開いたようだ。
『アルくんっ!?』
『アルフレッド!お前は何故いつも魔枷を抜け出せるんだ!』
『待ちなさいアルフレッドくん!』
足音はアルのもののようだ。と、リトのいる部屋のドアがバターン!と勢いよく開かれた。リトは顔を上げた。
「レノ!!!」
「待て!アルフレッド!」
「ここまで来て邪魔する訳ないだろ!最後に話くらいさせてくれよ!」
アルの足音が駆け寄ってきてリトから目隠しを取り払った。視界が明瞭になり今にも泣き出しそうなアルの顔が目の前に現れる。
「れ、レノ!レノ、レノ!ごめんなあ!
オレ、隠し事してたんだ!名前も、兄貴達の事も……こんなことになって本当にごめん!」
アルはリトを抱きしめた。リトはアルに一度、頬を擦り寄せるとふるふると首を振った。アルがリトから少し体を離す。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。
リトはそれを見て笑った。そして口をぱくぱくと動かす。
「なんだ?」
「——」
アルは首を傾げたリトはできるだけはっきり口を動かした。
音はなくても何とか読み取ってもらえるように。
アルは首を傾げていたが気付いたようで読み上げ始めた。
「な・ん・え……なんで、か?……お・わ・れ・て・い・る・か・い・ゆ・う……理由か?……お・き・か・せ・て?
なんで追われてるか理由を聞かせて、で合ってるか?」
リトはにっこりと頷いた。
そして脳内では魔法陣の解析を少しずつ進める。
アルを信頼しない訳ではないがこの魔法陣を放置しておく訳にはいかない。
「ダメだ。これ以上情報を与えるわけにも時間もない」
「オレがどんだけ止めたって、グスッ、どうせ記憶消すんだろ……なら理由くらい教えてやってもいいじゃんか」
リトはアルに頭を擦り寄せ再び注意を引いた。魔法陣の解除までにはまだ時間が必要だ。
それに、アルにもジルベルトにもリト達が敵ではないことを信じて欲しかった。心の底から。
「う・そ?何が?」
アルが首を傾げる。
「て・あ・い・し・お……てあいしお、てあいしお?ってなんだ?」
もどかしさを感じつつもう一度「は」を長く息を出しながら繰り返す。
「て・は?・い・し・お?てはいしお……手配書か!
は・う・そ?」
アルはハッとして鼻水を啜り兄を振り返った。ジルベルトも少し驚いた顔をしている。
「なあ、兄貴!レノは……
リトは激しく頷いた。ジルベルトは眉間に皺を寄せて考えている。
そしてしばしの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
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