第八話 朝市

 リトの修行開始から五日目。リトとアカツキは朝早くから、ダグじぃの小屋の横で組手をしていた。


 毎日早朝にアカツキに稽古を付けてもらい、その後もついて回ってよく観察した。


 アカツキの動きはとてもスマートで、無駄な動きが一切ない。腰、膝、肩や手首、足首に至るまで関節の可動域が広く、重心移動がとても滑らかだ。


 他の人達の動きもよく観察した。初日の訓練の後、食堂に戻ったリトは沢山の人に取り巻かれた。



「お前がリトか!!!」


「白髪なんて耳を疑ったけどほんとだったのね」


「初っ端から金貨百枚たぁやるじゃねえか!」


 と色んな人にバシバシと肩や背を叩かれた。


 新たに仲間入りしたリトを一目見ようと集まっていたらしい。女性も少なからずいた。


 赤、茶、金、銀、緑に青など多様だったが皆明るい髪色をしていた。


 アカツキ曰く夜の巣のメンバーはほとんどが戦いのプロらしい。


 老若男女様々で、筋肉の付き方も当たり前に違うが、屈む時、歩く時、階段を登る時。アカツキ程ではないがみんな重心移動がスムーズで、身体の使い方をよくわかっているようだった。


 夕方から夜にかけてはなれない訓練でヘトヘトだったが、ルナと過ごすことが多かった。ルナに絵本を読んでやったり、お絵描きに付き合ったり、ままごとで遊んだりした。

 時折ルナの呪いを覗きながら。


 ルナの受けている呪いは不老不死に関するもので間違いないだろう。だが術式の読み取りはと言うと実の所あまり進んでいなかった。


 ルナの呪いの核は複雑な形ももちろんだが殻に覆われていることが特徴的だ。確証は持てないが核を覆う殻は三つ。それぞれひとつの魔法を内包しているようだ。


 殻に触れると魔力が吸われるため、解析は思うように進まなかった。


 寝る前にはアカツキに言われた通り、風呂上がりの柔軟体操と鏡で体の使い方の練習も欠かさなかった。


 五年間も机に齧り付いていためコチコチの関節に魔力を巡らせ、伸ばしたり縮めたり揉みほぐしたり……。関節とその周辺の筋肉を柔らかくするために尽力した。

 頭の中に皆の動きを思い出し、自分の動きとトレースする。初めは見よう見まねでぎこちなかったが徐々に次第にイメージと重なり合うようになっていった。




 この五日間でリトは驚くほど動けるようになっていた。始めた時には緩やかで確かめるような動きだった組手も、今では速く、鋭く打ち合うようになっていた。


 目にも止まらぬ速さで拳や蹴りを繰り出し、時折アカツキの出すカウンターを避ける。アカツキは全ての攻撃をこともなげに受け流してみせる。

 アカツキの蹴りをペタリと地に張り付いて避けたリトはそのまま体を捻ってアカツキの軸足を払った。アカツキは片手をついて躱し、距離をとろうとする。


 チャンスだ!!!


 リトは両手をついて反動で跳ね上がり、アカツキとの距離を詰めた。半歩退いたアカツキが僅かに体勢を崩す。そこへ渾身の一撃を叩き込んだ。


 パァンと高い音を立ててリトの華奢な拳がアカツキのてのひらにおさまった。



「ようやく一撃入れられたな」



 アカツキがリトの頭にポンと手を置いた。目が微かに笑っている。



「お前は飲み込みが早いな。この短期間で俺の体勢を崩せるようになったやつはいない」



 ワシワシとリトの頭を撫でた。



 アカツキに褒められた。



 嬉しくて笑顔がこぼれる。遠くでダグじぃがぷかりとパイプでタバコをふかしていた。


「俺は今日出掛ける用事がある。お前も好きに過ごせ」






 リトはダグじぃにぺこりと頭を下げて、小屋に入った。ここはダグじぃが普段暮らしているらしい。

 彼は教会に顔が知られていないのだ。ダグじぃはおしゃべりだったリトの祖父とは違い、無口な老人だった。

 だがリトやルナを見かけるとオヤツに採れたてのウリ等ををそっと渡してくれる優しさを見せてくれた。

 タンスと鍛冶場の鏡を通り抜けて、食堂に戻ったリトはカティを探した。



「カティならアカツキと出かけましたよ」



 と休憩中のオルガが言う。ルナはまだ寝ている時間だ。



「カティは便利な能力を持ってますし、顔も割れていない。そのためアカツキがよく連れ回します」



 オルガが細い筒をくわえ、ダグじぃのようにぷかりと煙を吐き出す。その首には掠れた灰色のあざのような紋様がある。袖からチラリと覗く手首にもだ。


 オルガは呪いをかけられ教会の医者として働いていた。


 教会はルナの「調整」のため、高い魔力を持つ腕の良い医者を必要としていたらしい。

 褐色の肌のためエルフの中ではあまり馴染めなかったオルガは、各国を旅して長い年月をかけて医療技術を磨いた。


 下町の診療所から貴族にまで、知る人ぞ知る名医だったらしい。


 そんなオルガを教会は騙して捕らえた。服従させられ、外部との連絡もろくに取れず、教会の敷地から出ると死ぬ呪いをかけられたオルガは三十年近く耐えた。


 教会を脱出する際、オルガは自ら呪いを破壊した。そのためオルガの身体はボロボロだ。

 一日十数回。十何錠もの薬を服用しなければ生きていられない。


 この細い筒そんな数を一々飲んでいられないとオルガが調合しな直した薬だ。火をつけ吸引することで摂取できる。

 口寂しい時にも吸うらしい。


 全てオルガが話してくれたことだった……自分から勝手に。


 一度壊された呪いはリトにも解けない。核が爆散してしまっているからだ。


 煙を燻らせながらオルガが問う。



「それで?どうしてカティを探しているんです?」


「それが……」



 リトは朝市に行きたかった。お金がないので自分の採った木の実や薬草を売りたかったし、それを使って調度品も揃えたい。


 だがまだどの鏡がどの街へ通じているかも分からないので、一番歳の近いカティに相談したかったのだ。



「それなら私と一緒に行きましょう」



 オルガが楽しそうに言った。






 リトは祖父お手製の染髪剤で髪を染め、祖父のメガネをかけて変装した。


 隣に立つオルガを見る。


 いつもの白衣を脱いで首の詰まったノースリーブを着たオルガは白い肌をしている。



「私の調合した薬のひとつですよ。肌の色を白く変えることができます。三時間はもつでしょう」


 アームカバーの上から革の篭手をはめながらオルガが説明した。

 腰に短剣まで差して、こうして見るとまるで医者ではなく冒険者のような出立ちだ。



「それでは行きましょう」



 とオルガは右から五番目の鏡を通り抜けた。オルガに続いたリトは小さな部屋に出た。一通り家具が揃っているが、人が暮らしている気配はない。



「ここの大家は一般人です。この部屋は冒険者として、顔の割れていない夜の巣のメンバーのひとりが借りています。

 大家は最上階に住んでいるのでそうそう会うことはないでしょうが、私たちには通じている訳ではないので気をつけるように」



 オルガがマントを被りながら囁いた。


 人気がない部屋にも納得だ。冒険者なら長期間旅に出ることもざらだからだ。


 部屋は一階ですぐに小さな路地は出た。


 朝靄に包まれた道をオルガはスイスイと進んでゆく。オルガに遅れないようにリトは足早に歩いた。


 北に歩いて十分もしないうちに朝市のある通りへ出た。西から東へ結構な人で賑わっている。ガヤガヤとした通りを人にぶつからないように歩いた。




「ここから」



 オルガが長い指で示した。



「あそこまで。日用品を並べているところが多いです。衣類やあなたのポーチにも収まるよう分解できる家具もあります」



 リトは頷いた。



「食べ物はあちらです」



 オルガは反対側を指す。



「空いてるところで木の実を売るのも自由です。お金はありますか?」



 と、リトの手を取り銀貨を五枚枚落とした。



「私も少々見て回ってきます。二時間後、先程の部屋で落ち合いましょう」



 リトが礼を言うとオルガはにっこりと笑い、立ち去ろうとして、戻ってきた。



「大切なことを言い忘れていました。南へは行かないように。教会があります」



 リトに耳打ちしオルガは今度こそ立ち去った。リトはゴクリと唾を飲んだ。

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