第七十一話 忍び寄る影

 アルと目隠ししたリトが向かい合う。


 エルがコインを親指で弾いた。コインが地面に落ちる音がするや否やリトは魔銃をアルは弓を構えた。


 アルの手元に現れた五本の氷の矢を魔銃のエネルギー弾で砕く。が、一本逃した。アルが上手くステップを踏んで躱したからだ。

 音速を超えて迫りくる矢をリトは前傾姿勢でやり過ごしそのまま駆け出す。アルが雷の矢を放とうとしている。



 あれはまずい。撃ち出してアルの好きなタイミングで一帯に紫電を撒き散らすのだ。



 リトは急停止しながら弾幕を張った。アルは無言で幾つもの氷の盾を張る。その隙に距離を詰めアルが矢を放つと同時に



「ウィンド」



 と唱えてひと瞬き。風の壁に紫電が走る。

 後は接近戦だ。リトが蹴りを放つ。アルは弓でそれを防ぎながら短剣を腰から抜き放ち、斬りつけた。リトがそれを銃身でいなそうとすると短剣から伝うように凍り付く。アルが弓を片手で構えながら再び雷電を放とうとする。


 なるほど。こういう使い方もあるのか。



「ヒート」



 リトはすかさず熱で氷を溶かして銃身を自由にし紫電がはしるとほぼ同時に空中に跳び上がった。宙返りするリトにアルが再び弓を構える。



「シールド」



 リトは周囲に盾を幾つも展開し、それを足場に空中を自在に跳ねてアルを惑わせた。


 ルナの動きを魔法で再現してみたのだ。


 アルの氷の矢が盾に当たって砕ける。リトのシールドを砕くのは至難の技だ。伊達だてに魔力馬鹿な訳ではない。


 アルはシールドをすり抜ける雷を放とうとする。



「ウィンド」



 リトはシールドを蹴ると同時に風で加速しアルへ一直線に向かう。慌てて攻撃魔法から防御に切り替えたアルが振り下ろされた銃身を弓で受け止めた。

 金属が激しくぶつかり合う音が響く。



「スパーク」



 リトが唱えると同時にアルも同じ魔法を発動させたようでお互いの電撃が避雷針となって空中に流れた。


 アルが引く。



「シールド」



 リトはそれを盾を蹴って追いかけた。するとアルがニヤリと笑った。見れば先ほどまでアルが立っていた箇所には氷の矢が突き立っていた。


 パチンと指を弾いた音が響く。


 途端先が剣のように尖った氷柱が立て続けに辺りを埋め尽くした。リトの腕を掠めたそれは触れた箇所かしょから凍り付く。


 リトは袖が破れるのも構わず無理やり腕が凍り付く前に引き抜き両手で発砲した。

 アルが展開した氷の盾の隙間。

 再び紫電の矢を構えるその手に弾が命中する。

 アルが弓を取り落とし雷矢が消える。リトは再び呪文を唱え盾を足場にアルの背後に着地し頭に魔銃を突きつけた。






「はぁいそこまで〜」



 エルののんびりとした掛け声に二人はふぅと詰めていた息を吐いて汗を拭った。


 アルとルナの入団から一ヶ月。

 北のノーゼンブルグも、もうすっかり夏だ。気温は上がり訓練後はいつも汗だくだ。


 グラトルシャドウの本体は無事に捕獲され、今後安定した資材の供給ができるようになった。三人は魔獣退治に出る日を一日減らし、その分を訓練に当てるなことなっている。



「あぁー!クソっ!また負けたぁー!」


「そんな一ヶ月かそこらで追い付かれちゃったら僕の立つ瀬がないよ」



 アルは悔しそうに叫ぶが、リトとしてはここまで来るのに半年かかったのだ。そう簡単に抜かれては堪らない。


 アルの成長は目覚ましかった。短剣の扱いこそまだ不慣れな部分があれど、その動きにワンアクション魔法を組み込むことで補っている。

 そのワンアクションも指の動き、瞬き一つなどより無駄のない動きで発動できるようになっているのだ。



「いやぁすごかったよぉ!レナちゃんの動きの応用、アルくんのワンアクション魔法の威力、二人とももう一人前だよぉ!」



 エルは嬉しそうにそう言うが……



「うぅ〜まだまだじゃないっすか。レノはハンデで目隠ししたまんまだったし」


「僕も。未だにワンアクション魔法の習得には至りませんし、アルの雷矢を防ぐ手段が限られてます」



 自分たちはまだまだ未熟だ。



 リトは威力を動作で削っているなら体内の魔力を使ってワンアクション魔法を使えるのではないか。

 とのアルの進言を受けてその練習に励んでいるが未だ外部とのリンクを詠唱しなければ酷いことになる。



「二人とも謙虚けんきょだねぇ〜。もう騎士団の中でも屈指の強さなのにぃ。

 体術にも長けた魔法使いなんて無敵に近いじゃぁないか」



 エルがふにゃりと笑って二人の頭を撫でる。リトとアルは顔を見合わせながら少し照れた。



「それじゃぁ今の訓練の反省点を上げていこ〜。

 アルくんはもう少し近接に慣れた方がいいのと、盾を氷じゃなくてシールドに切り替えて全方向を覆った方がいいかなぁ。

 そしたら銃弾が手に当たることもないし、威力を上げれば雷矢も支障なく使えるかもねぇ」



 三人は意識を切り替え反省会をする。



「レノくんの空中に盾を張って足場にするのは実にいい案だと思うよぉ。敵の攻撃を防げるし、空中の身のこなしも格段に上がってる。

 ただ、ワンアクション魔法はまだ訓練に使うのに危険すぎるからあれだけど僕ちょっといいこと思いついちゃったんだよぉ」



 リトとアルが同時に首を傾げた。



「ふっふっふ。レノくんは詠唱無しで魔力をもう既に外に出してるんだよ」



 リトがハッとした。エルが嬉しそうに人差し指をふりふりする。



「そう、魔銃の弾に魔法を組み込んじゃえばいいんじゃないかなぁってね」



 だが魔銃の変換器は魔力を物理エネルギーに換えるものだ。魔法をそのまま撃ち出すことは……



「なぁにを言ってるんだい!君は大賢者マーリンの孫じゃぁないか!

 魔法を魔力の塊から実体を持った物理攻撃に変える方法なんて超上級魔導書にはいくらでも書いてあるでしょぉ〜!」


「おおー!なるほど!流石エル!」



 アルが拍手する。

 そういえばそうだった。しかもリトの書棚には祖父直筆のその魔導書が置いてある。



「明日からはその訓練をしていこうかぁ」



 エルはぽん、ぽん、とアルとリトの頭に手を置いた。二人はにっこり顔を見合わせた。






 その夜、リトは祖父直筆の魔導書を読んでいた。

 魔王と対峙した際に役に立ったという魔法を魔力や魔素の塊から物理物体、エネルギーに変換する方法。



 明日の朝までに習得して今度こそアルに差をつけて圧勝してやるのだ。



 ルナは今日も魔物対峙。尋常じゃなく鋭い視覚、聴覚、嗅覚などで立て続けに魔獣や魔物をサクサク倒し、大活躍したらしい。


 ぐっすりすやすやと眠るルナの顔を見てリトは静かに微笑んだ。



 ルナの生活能力も大分身についてきたし、訓練も順調。成長っぷりはリト、アル、ルナの中でも最高値を叩き出している。



 ヤツラギが言うには子供三人組を訓練で相手にできる団員はもう限られている。三人とも貴重な戦力に食いこんでいるとのこと。


 リトとしてはヤツラギからまだ一本しか取れていないからまだまだだと思うのだが、戦いにはシビアな彼本人がそう言うのだ。



 少しは成長できているのかと思うと嬉しい。



 その期待に応える為にも、これから夜の巣で役に立つためにももっと早く、更に力を身に付けたい。



 その一心でリトは魔導書を読み進める。



 と、文脈の繋がりがおかしな所を見つけた。



 よく見てみるとインクのシミで前のページと次のページがくっついている。



 せっかちな祖父のことだ。書き急ぐあまりインクが垂れた事にも気づかず乾く前に次を書き込んでしまったのだろう。



 夢中で本に書き記す懐かしい祖父の姿を思い浮かべ、ふふ、と笑いながらリトはくっついたページを慎重に剥がしに掛かった。



 なんだか一ページにしてはやけに厚い気がする。これはもしかしたら数ページに及んで染み込んでいるかもしれない。そしたら厄介だ。


 幸いインクのシミは文章から外れた本の端の方で読むのには支障はないだろうが……。



 一枚剥がし終わると案の定数ページくっついているようだ。紙が破れないように慎重にペリペリと剥がしていく。そして最後のページを剥がした時、ひらりと何かが落ちた。


 慌てて空中でキャッチしひっくり返してみてリトはピタリと動きを止めた。



 色付きで映る今と違って白黒のかなり古そうな写真。

 そこには五人の人物が写っていた。


 浅黒い肌のヒョロりとしたエルフ。弓を背負っている。

 髪もひげもないガッチリとした男。背には大きな盾を、手には大きな槌を持っている。

 中肉中背のこれと言って特徴のない色白の男。聖職者が着るローブを身にまとい、球体のはまった杖を持っている。

 そしてこれはおそらく祖父だろう。長いヒゲも、メガネもないがローブに三角帽、何より、見覚えのある長い杖を持っている。


 最後に真ん中に写っている人物はリトがよく見知っている、人物。

 腰に2丁の魔銃を差したベルトを身に付けたその年若い無表情な青年はアカツキそっくりの顔をしていた。



 何故、こんな古い写真にアカツキが?



 慌てて裏を返して見る。そこには見慣れた祖父の文字で『魔王討伐記念』と書かれていた。


 リトはハッとした。それぞれの特徴はよく見れば勇者の物語に出てくる人物にピッタリ当てはまる。



 それではこの人物は……



「勇者、アサヒ……」



 リトはアサヒであろうアカツキそっくりな人物をそっと指でなぞりながら呟いた。



 アサヒとアカツキには何か繋がりがあるのだろうか。


 いや、待て。アカツキと同じ顔をした人物がもう一人居るではないか。出生不明、トルタスに育てられたタソガレ。


 しかし彼は体外に魔力が全く放出されない特異体質でそれ故に世界最高の魔力を持つリトより高い身体能力を持っている。


 魔力を放出して物理エネルギーに換える魔銃を使い、命と引き換えに魔力を一時的に爆増させる体質を持つアサヒの血縁とは考えにくい。



 そこでリトはもう一度ハッとした。



 ————これらは俺の父が使っていたものだ。魔砲が出来るまで俺も使っていた



 二丁銃の使い手。アカツキのお父さんの形見。



 慌て自分が使っているアカツキから受け継いだ魔銃を持ってきて写真とよく見比べた。


 この魔銃には一つだけ。魔力を込めるものとは別の紋様が刻まれている。

 グリップの端。太陽を模したような飾りの紋様。



 アサヒの腰に差してある銃には同じ紋様が描かれていた。






 翌日リトは寝不足だった。


 走り込みをしながら昨日の件について思いをせる。



 あの後悶々もんもんとしながらも無理やり祖父の物理変換魔法理論を頭に叩き込んだ。


 アサヒとアカツキの関係が気になって仕方がなく、遅々として進まなかったから朝まで掛かってしまった。



 以前リトの祖父、マーリンの話をした時にアカツキは「いずれ自分の事も話す」と言った意味深な発言はこの事だったのだろうか。



 それを思えばアサヒの息子……おそらくアカツキの父とリトの祖父との繋がりも気になる。


 研究に没頭しがちな祖父はリトと同じく筆無精だが連絡は取っていた。


 アサヒの死の知らせを届けた手紙はアサヒの息子、ソルからの手紙だった。


 リトは魔法理論の本を読み解いた後、祖父が後生大事に取っていた手紙の数々を漁りまくった。


 その中で見つけたのがアサヒと祖父、祖父とソルのほんの僅かな手紙だった。

 その中で名前は出てこなかったがソルに息子がいたことが判明した。リトの母が消息を絶った際に頼ったらしき痕跡もあった。



 アカツキはさておき祖父も何故それらをリトに話さなかったのか。



 謎だらけだ。



 気がつけばフライパンの上でチーズオムレツが焦げかけていた。


 いつの間に帰って汗を流して料理をしていたのか。無意識の習慣とは恐ろしいものである。



「おはよう〜今日は香ばしい匂い……」



 ルナが起き出してきた。



「あ、うん。ちょっと考え事してたら一個焦がしちゃったんだ。

 こっちは僕が食べるからルナのはちゃんと作るよ」


「んー……、リト、クマができてる。どうしたの?」



 リトの顔を覗き込んだルナが訊ねた。



「えっほんと?」



 リトは思わず目元に手をやった。



「うーん……昨日夜更かししちゃったからな……本を読みすぎちゃって……」


「えぇ?またあ?

 ダメだよリト!背が伸びないよ!」


「うっ」



 最近になってやっと再び身長が伸び始めたリトにとっては痛い言葉だ。

 リトが目指すはアカツキくらいの身長になることなのだから。



 寝る子は育つ。寝ない子は育たない。睡眠を削るのは止めよう。



 そう言えば……



「ねえルナ。ルナはアカツキのお父さんやおじいちゃんの話、聞いたことない?」


「ない!」



 即答。



「顔、洗っておいで。もうできるから」


「はーい!」



 ルナは元気に去っていった。



 考えても改めてアカツキに聞いてみるか話してもらうのを待つしかないか。






 すぐ近くに越してきたアルと合流して練兵場に集合しヤツラギが点呼し終わったその時。それは起こった。



 ——キィンッ——



 夜の巣の結界に登録されている者にだけ届くアカツキから一方通行の連絡結界術が発動した音だ。



『総員直ぐ結界に戻れ。ソフィとパメラが連行された』



 それは王都と結界を繋ぐ入り口の一つ。

 リトやみんなが王都へ通う時よく利用させてもらっていた部屋に住む、夜の巣の協力者。

 ソフィとそのお手伝いであるパメラが捕えられた知らせだった。

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