第七十二話 救出作戦会議

 リト、アル、ルナが一斉に駆け出す。



「待て」



 それをヤツラギが捕まえた。



やしきの方が近い。そっちを使え。俺も後で行く」



「「「はいっ!」」」



 三人は揃って返事をし、祖母の危篤きとくと言ってヴィルヘムの邸を目指した。



「どうぞ」



 門の前では待ち伏せていたカラシキと目を白黒させた門番が立っていた。



「「「お邪魔します」」」



 声を揃えてそう言うと三人は邸へ駆け込んで行った。後ろでカラシキと門番のやり取りが僅かに聞き取れた。



「か、カラシキ様……あの子供達は……?勝手に入れてもよろしいんで……」


「火急の用でヴィルヘム様がお呼びになった者達です。問題ありません」



 中はすでにカラシキによってか人払いがされており、僅かな数のメイドと執事がいるのみだった。真っ直ぐヴィルヘムの部屋を目指すとメイドの一人が



「どうぞ」



 とドアを開け三人を招き入れた。

 ヴィルヘムは部屋のタンスの前に立っており、三人を出迎えた。



「リトくん、何かあれば全員こちらに連れてくるようアカツキに伝えてくれたまえ。迎える用意はしてある、と」



 アルとルナを先に潜らせてヴィルヘムはリトへことづけた。



「はい!」



 返事と同時にリトもタンスに飛び込む。


 水を通り抜けるような感覚と同時に繋ぎの間に降り立った。

 そこにはすでに何人もの夜の巣のメンバーが集まっていた。ナイトの姿もある。だがカティとエドワードは見当たらない。



「カティとエドワードは姿消してソフィ達の後を追ってるぞ」



 ナイトが三人に教えてくれた。



「ソフィとパメラは無事ですか?それに、王都なら、ヨルが……」


「ヨルは正直分かんねえよ。でもアイツにも緊急用の指輪が渡されてんだろ。連絡ねえっつーことは今回は別なんじゃねえか」



 続々と集まるメンバーの前にアカツキが姿を現した。



「ルドガーとカティ、変装したリト、エドワード他数人の顔が割れた」



 リトは胸が痛んだ。



 優しい祖母の様なソフィと美味しいお茶を用意して温かく出迎えてくれるパメラ。



 二人が囚われた事にリトが大きく関係していることに胸が痛くなる。


 ナイトとアルが背中を叩いてくれた。ルナもリトを抱きしめる。


 アカツキが回したのだろう。手元に更新された手配書が回ってくる。遠目に映る白髪のリトと、茶髪メガネのリトが同一人物という記述。そして新しく顔がはっきりと写った白髪のリトの写真。

 明るい茶髪でヨルやソフィ達の警護に当たっていたルドガーの写真と、そしてカティやエドワード、他数名の似顔絵。

 そしてリトの手配書にだけAlive Only生け取りにせよの文字。



 何故だ。



「ルドガーが酷い負傷をしながらも情報を持ち帰った。最初俺達一味との繋がりの疑いで連行すると衛兵がやってきたらしい。

 近くでルドガーが隠れて護衛していたがいきなり襲われたと。その戦闘の間に連れて行かれてしまったという経緯だ。

 ルドガーは今オルガが治療中だ。命に別状はない」



 ルドガーの無事にみんな一息吐く。



「二人にはタンスの事こそ話さないよう、封印を施しているが、もし何かあれば抵抗せず俺達に脅されていたことにしろと伝えてある。だが、強引に口を割らせようとする可能性もある。

 カティとエドワードに別の部屋から後を追わせた結果が先程届いた。王都の地下施設へ連れて行かれたらしい」



 周囲がザワつく。



「ヨルの事が上がっていないのが不自然だが今回顔が割れたのに彼女は関係していないだろう」



 ヨルの名前が出てどきりとしたリトだったが関係ないとの事で落ち着いた。


 だがそれも束の間。



「ルドガーの話では、襲いかかってきた人物はフードで顔こそ見えなかったものの、黒い巨大な剣を紙の様に振り回していたらしい」



 それは最悪の敵を示す言葉だった。






「全員覚えてるな。タソガレだ。

 どういった経緯か分からんが教会に最悪の奴がついたらしい」



 アカツキがチラリとリトに視線を寄越した。



 よく考えれば顔が割れたメンツはみんなタソガレに関連していた。



 自分の手配書だけAlive Onlyなのもタソガレに執着されているからに他ならない。教会、国と取引したのだろう。


 結局は自分のせいでソフィ達を、ルドガーやカティ達を巻き込んだ様なものではないか。



 リトの握りしめた拳から血が流れた。



 それにしたもなぜタソガレはヨルのことを黙っているのか。

 以前の様に人質として最も有効なヨルを野放しにしているのか。


 何か企んでいるのは確かだが更に悪いことにしか発展しかねない。それが分からない今、ヨルを保護することもできない。



 リトの奥歯がギリ、と鳴った。その時



「はーっはっはっは!!!

 お前が執着されているのはお前のせいじゃないぞ!!!それもこれも悪いのはタソガレだ!!!」



 いつの間に後ろに居たのか、ノーマンがバァン!とリトの背中を叩きながら叫んだ。


 リトは前方に吹っ飛び何人かにぶつかった。


 その大声と音に驚いて振り向いたみんなだったがその通りだとでも言うように全員リトに微笑んで頷いた。



 ぶつかったみんなも笑いながら助け起こしてくれる。



 リトは半分泣きそうになった。

 アルがニヤニヤして肘で小突いてくる。



 やめろと押しやりつつもみんなの気持ちが嬉しかった。



「ノーマンの言う通りだ。タソガレの執着はヤツの私情だ。

 お前のせいではない。

 それにお前を生かして捕えようとしているのもタソガレの一存で決まった訳ではない筈だ。教会の上部の意志が絡んでいるだろう」



 アカツキも鮮やかな青い瞳で真っ直ぐリトを見つめる。



「自分のせいだと一人で思い悩むな。そんな暇があるなら着いて来い」



 リトは目を丸くした。タソガレの目的であろうリトはてっきり置いていかれると思っていた。



「お前を引っ込めておいたら今度はヨルにも手を出しかねん。それに置いて行く方がお前は暴走するだろう」



 アカツキの言葉にその場の皆がどっと笑った。リトの猪突猛進加減は夜の巣では周知の事実だ。


 リトは少し赤くなった。



「ソフィとパメラは必ず保護、奪還する。今エドワードが見ている筈だ。居残り班、撹乱班、実行班に分けるぞ。

 通信具を配る。エル」



 いつの間にか繋ぎの間にヤツラギと一緒に来ていたエルにアカツキが呼びかける。



「はいはぁ〜い。僕お手製の敵味方識別反応魔法付きの通信具『改』だよぉ〜。通信塔を介さないから一定の距離内でならどこの街でも繋がるよぉ。今度からコレ使ってね。

 一人1組取ってってぇ〜」



 とエルは即座に動き回って通信具を配り始めた。その間にもアカツキが班を割り振っていく。



「ルナ、アルフレッドは留守番だ。顔が割れていないのに戦闘方法で判別されては困る。それに一度、ヨルの元に赴いている。ヨルが放置されている今、変な繋がりを持たせない方がいい。

 オルガやアジトここを守れ」


「ヴィルヘムさんが万が一にはノーゼンブルグで用意している、と」



 リトが進言するとアカツキは頷いた。



「分かっている。ルシウスもそう手配している。今王都に通じている場所は全員通過し次第爆破する。帰りは転移紙を使え、これも回してくれ」



 そう言ってアカツキは近くのメンバーに長い筒状に丸めた紙束を渡していった。



「部屋にはカティが待機している。全員姿を消して出発しろ。

 だがカティ本人が付いてないとなると結界の効力は弱まる。タソガレは気配に鋭い。実行班以外は半径十五メートル以内には近づくな」



 それぞれが通信具を身に付けるのを見届けてアカツキは指示した。



「撹乱班は今から発て。カティに既に作戦を話している。アイツから聞いて各所に散れ。情報共有は追々していく。

 実行班の大多数は顔がすでに割れてる奴で構成する。

 ノーマンお前も出ろ。ナイトは騎士団からまだ帰ってきてないを連れ戻して来い。ヤツラギとエルも手伝ってやってくれ」


「おお!久々に腕が鳴るな!!!」


「ええー俺にアイツ投げんなよお。めんどくせーなーもお」



 ノーマンはノリノリで、ナイトは渋々、ヤツラギとエルは力強く頷いて了承した。






 撹乱班とナイト達が発った後、実行班の作戦をアカツキが詰める。



「リト、お前は俺に着いてこい。

 いい機会だ。お前を国王に接触させたい。

 国王にはある疑惑が上がっていてな。手を貸してくれ」


「!?っはい!」



 国王と聞いて驚いたがリトは勢いよく返事した。



「実行班は二つに分ける。国王接触班とソフィ、パメラの救出班。途中までは一緒に行動する。

 救出班はノーマン、お前が五人程連れて行け。少人数でできるだけ戦闘を避けて救出しろ。

 レーゼンお前も救出班だ。隠密魔法とオルガ仕込みの医療が必要になるかもしれん。姿を消しての攻撃もかなり有効だ。

 カティはこっちが連れていく」


「おう!任せろ!」



 ノーマンがレーゼンの肩を抱き、他のみんなも頷く。



「王都の地下施設は王宮内謁見の間にある。

 まず間違いなくタソガレは地下で張っているだろう。

 狙いは俺の始末とリトだろうからな。俺達接触班で誘き出し、地上で暴れさせる。」



 そこでアカツキは五本指を広げた。



「王宮内への手引きはエドワードにさせる。内側から五箇所爆破する。

 それを合図に謁見の間の真上のここから姿を消したまま侵入しろ。

 内部はパニックだ。

 レーゼンの魔法もあるがカティの結界は割れるかもしれん。人や物からの衝撃は受けないよう気をつけろ」



 アカツキが見取り図を指差し皆が頷いた。カティの簡易結界は強度も増したらしいがやはり強い衝撃には耐えられない。



「俺達接触班の結界はカティに担当してもらう。

 が、地下に入り次第派手に戦闘して一度崩す。そしてタソガレと、地下、応援として地上から駆けつけた騎士等を引きつけ地上へ引き上げる。

 だが恐らくこちらが引き上げるまでもなく向こうから地上に出るだろう。地下の施設を破壊されたくはないだろうからな。

 それまで救出班とカティは謁見の間のここら付近で待機だ」



 アカツキがまた一つ見取り図に丸を描く。



「できる限り気配を隠し俺達やタソガレが離れてから侵入しろ。だが教会派の騎士、魔法使い、もしかすれば聖騎士が出張ってくる可能性もある。後から追加で守護に回って来る者もいるだろう。がこっちに来しだい戦力増強にナイトを送る。なるべく戦闘を避け、速やかに二人を救出しろ」


「ソフィにはまだまだ長生きしてもらわなきゃならんからな!任せろ!!!」



 ノーマンが胸を張る。



「一方こっち、カティは姿を消したまま俺たちと一定の距離を保つ。俺達は戦闘による移動を装って国王が居る方へ近づく。死角を作って俺が合図したらリト、お前をカティの結界で隠す。

 カティと二人で姿を消したまま国王を捕獲しろ」


「気絶させるんですか」



 リトが訊ねるとアカツキは首を振った。



「侵入の際の爆破と、タソガレと戦う俺達を見て中央貴族と事情を知る騎士、魔法使いはまず、己の身や地下の施設を守りにいく筈だ」


「国王じゃ、ないんですか……?」



 普通国のトップを守らねばならないのではないだろうか。



「教会派にとって国王は今、ただの血筋頼りのお飾りだ。なんなら挿げ替えても差し支えない位軽い扱いを受けている。

 サンクメリとウィクスの事情を知らない騎士達は守ろうとするだろうが、普段から国王は自らフラフラと勝手に姿を消すことがしばしばある。

 俺達が協力し、タソガレ他を引きつける。

 お前は国王の呪いを解除しろ」



 なんだって!?



「側近である宰相は先王時代からの忠臣だ。

 だが聡い彼は晩年の先王と年若い現国王の様子が途中からおかしくなった事を不審に思い、教会派に飛び込んだ。

 そしてそのまま教会派についたと見せかけ、国の舵取りを教会の都合よく、しかしギリギリの線を保って来た」



 リトは息を呑んだ。



「国王の従僕の一人にうちの協力者がいる。そいつが色んな目を潜り抜けて確認したところつい先月、国王の背に紋様を確認できたそうだ。

 それを機に宰相と話をつけた。

 ウィクス王家は代々特殊な目を持つ。それに現国王も元は聡い人物だ。その「自我を封じる」呪いを解け」



 アカツキは力強い目でリトを見つめた。



「国王の自我が解放され、協力を仰げば機を見てウィクスの教会派を一掃し、国としてサンクメリに立ち向かえるようになる。

 教会との戦いでお前が何よりの鍵になる。

 卑怯ひきょうな話、俺はそう踏んでお前の人のさにつけ込んでまだ引き返せたのにお前を……」


「僕は望んで夜の巣のメンバーになりました」



 リトはアカツキの言葉を遮った。



「ルナと出会って、アカツキに助けられて、オルガやカティ、みんながお互いを思い合う温かさを見て、僕も「家族」に。「家族」を守る力になりたい。

 そう思って夜の巣に留まったんです。

 それは人の好さにつけ込まれたんでも無理に引き込まれたんでもありません。

 僕の意思で。

 夜の巣は僕の「家」になった」



 グッと拳を握る。



「その上望まれてたなら言うことありません。

 国王陛下の呪いは僕に任せてください。必ず解きます」



 その力強い言葉にアカツキはふっと笑った。



「つくづく俺は「家族」に恵まれているな」


「アカツキほどいいお父さんはいません」



 リトがそう断言すると



「兄ではないのか……」



 少し残念そうなアカツキの言葉にオルガを重ねて笑ってしまった。

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