第七十話 特訓!

 リトの朝は結構早い。


 隣のベッドのルナを起こさないようにそっと抜け出し、静かに柔軟体操をする。関節や腱を重点的に魔力を巡らせながら床にぺたりと張り付く。

 柔軟を終えたらまたしてもそっと外へ出て屋根に登って発声練習。歌うのは恥ずかしいので暗記している限りの本の朗読をする。一通り終えると走り込み。人目に付かないように屋根から屋根へと飛び移り駆け抜ける。

 騎士団寮周辺まで行ったら引き返し少し汗を流して朝食の準備を始めた。



 ユニに習って料理のレパートリーも随分増えた。


 今日は米の残りを使ってトマトチーズリゾットとコンソメスープだ。


 部屋にいい匂いが漂い出すとルナが起き出してきた。



「ふあ〜リトおはよう〜」



 眠たげに挨拶しながらリトに抱きつき手元を覗き込む。コンソメスープのトッピングにフライドオニオンを作っていたのだ。



「もうできる、よ。顔、洗っでおいで」


「は〜い」



 先週末は買い出しに行けなかった代わりに夜の巣から沢山食料を持たされたから二人分に増えたとしても食事に困らない。



 テーブルにリゾットとサラダを置いてカップにコンソメスープを注いでいるとルナが帰ってきた。



「わぁっおいしそう!」



 昨日は寝坊して簡単に目玉焼きトーストで済ませてしまったからそれに比べると豪華に見えるだろう。



「ノーマン゛ほどじゃ、ないけどね」


「ん〜!とってもおいしいよ!」



 流石にプロには敵わないがルナが頬を押さえ、幸せそうに食べてくれるから良しとしよう。



 朝食を食べ終わったらルナに皿洗いを教える。



「チーズは残り、やすいから゛しばらく水に浸けとこう」


「うん!」



 リトの役目の一つはルナにも生活能力をつけさせることだ。



 騎士団でも夜の巣で活動するにも野外行動も身に付けた方がいい。家事に慣れたらそっちにも手を付けよう。



「リト〜リボン結んで!」


「いいよ」



 ルナが上手にツインテールに髪を結った後お気に入りのリボンを持ってくる。以前リトがお土産に渡したキャンディの箱についていたものを大事にしてくれているらしい。



「じっとし、で」



 リトが器用にリボンを結んでいるとルナがチラチラと振り返るのだ。



「今日は、二段゛結び」


「わぁ可愛い!ありがとう!」



 リボンの輪を二つ重ねた形に結んでやるとルナは手鏡で確認し、嬉しそうにニコニコと笑った。



 女の子だからそのうちドレッサーも置いてやらねば……。メルに相談しよう。



「「行ってきます」」



 そんな事を考えながら玄関を潜り二人声を揃えて戸締りした。






「おーし今日もグラトルシャドウ狩りだ。夏も近くなって他の魔物も活性化している。適当に退治しとけ。

 で……」


「レナとぉメルはぁ俺とぉ一緒に行こうなぁー。

 アルはレノと一緒にエルに着いてけー」



 ルナと違いアルの扱いがぞんざいだ。酷い男女差別である。



「それじゃー各自散開しろー」



 ヤツラギの声で団員がそれぞれ散っていく。



「じゃぁ行こうかぁ〜」



 エルに連れられアルとリトは林に踏み入れた。もちろん、リトは目隠しをしている。



「昨日でグラトルシャドウとの戦いは一通り教えたから、今日はアルくんに頑張ってもらおうかなぁ。

 僕とレノくんも魔力感知を展開してるけど何もしない。アルくんが自分で見つけた魔物を倒してご覧〜」


「いきなりすか?」



 アルが目を丸くする。



「アルくんぐらいもう魔法を扱えるならどんどん使っちゃってそれにアドバイスした方が早いんだよぉ。

 さぁちゃっちゃか行こう〜」



 とエルはサクサク進んでいく。



 前方北北西。ハニバルベア一頭、と……



 リトの感知が捉えるがアルはまだ気が付いていない。エルも気づいているのだろう。わざとそちらの方角へ歩いていく。


 しばらくしてアルがサッと弓を構えた。



「アイスアロー!」



 氷の矢が出現し弓の威力と合わさって魔法よりずっと早いスピードでハニバルベアの眉間ど真ん中を貫いた。



「ふぅ……」



 アルが詰めていた息を吐き出して弓を下す。



「まだだよぉ」



 エルの言葉と同時に足元に現れた影が盛り上がって三人を飲み込んだ。



「ルクス!」



 アルが慌てて灯りを灯す。

 三人はゆっくりとした自由落下の後、暗闇の底に着いた。

 エル、リト、アル三人の魔力と装備をコピーしたガーディアンが生み出される。


 グラトルシャドウは捕食しガーディアンと戦わせることにより獲物に魔力を使わせる。獲物が消費した魔力はグラトルシャドウの核に還元され、徐々に弱り、最後に食い尽くされるという算段だ。

 捕食されるまでこちらから攻撃することは叶わず、また捕食されたらグラトルシャドウの体内にある核を破壊しなければ脱出できない。


 またガーディアンは獲物の動きを学習して各所に散るグラトルシャドウ全てにそれが反映されるため、求められるのは一撃必殺。

 出来るだけこちらの手を晒さず核を破壊することだ。



 今度のアルの行動は早かった。矢を番えガーディアンの服を底に縫い止めると



「ファイアアロー!」



 と弓から炎の矢を射出した。矢は的中し核が砕け散る。ガーディアンが形を失い闇に溶ける間にアルは核を回収した。

 グラトルシャドウの体内結界が大きく波打ち三人を林へ吐き出した。



「いやぁ〜お疲れ様ぁ。きっちりお手本通りの倒し方だったよぉ」



 エルは拍手して労った。



「さて、ここでクエスチョン。今の一通りの戦いで反省する所はあるかなぁ?」



 アルが視線を彷徨さまよわせる。



「ハニバルベアの後、グラトルシャドウに気づかなかったとこ……とかすか?」


「そうだねぇあれは油断だったね。

 魔力感知の精度が足りなかったかなぁ。これからはもっと広範囲で広げてより精密になるよう練習していこう。

 他にはぁ?」



 アルは戸惑いを浮かべた。手本通りに倒した筈。


 そう、他は特に反省すべき点などないのだ。


 普通なら。



「ちっちっち。

 今日はアルくんの特性を伸ばす訓練だよぉ。

 昨日レノくんがやって見せた通りのオーソドックスな倒し方をなぞってちゃだめだ。

 もっと個性的に!もっと特性を活かして!

 君の特性を使っていたらガーディアンなんて無視して一撃で核を壊せたでしょぉ?」



 エルがこてんと首を倒すとアルはハッとした。



「それとねぇ君の魔法はまだまだまだまだ早くなる。ベアも核も詠唱して魔法を射った。

 ワンアクション魔法で矢を出してたらもっと早く片付いてたよぉ」


「でもあれだと威力が足らなくて倒せなかったんじゃ……」


「だからこそ、だよぉ、どんどん使っていかなきゃぁ威力なんて上がる訳もないし、威力が足りなかったら数を増やせばいいんだよぉ」



 エルの指導は的確だ。



「魔力を込めた弓で射出する矢は短距離では魔銃の弾の速度をも超える。それを魔法でやるんだから威力なんて倍々だよぉ〜」



 アルはこくこくと頷いた。



「だから今後は詠唱禁止ねぇ」


「えっでももし危なくなったら?」


「命の危機に瀕してこそ力は付くものだよぉ。アルくん」


「え゛っ!?」



 アルが蛙が潰れたような声を出した。エルは言動に見合わずスパルタなのだ。






 午後に差し掛かり木の上で昼食を取る。


 あの後詠唱を禁じられさらに普通の矢も取り上げられたアルはリトとエル、加えて自分の技を模したガーディアンを相手にし続けた。


 エルは自分とリトの防御以外本当に何もしなかった。


 お陰でアルは火球は喰らうわそれを消すのに水を浴びるわ防御に風の盾を張ったはいいがコントロールがうまくいかないわで今やボロボロの濡れ鼠だ。


 それでもグラトルシャドウ五体の核を取ったのだからアルはすごいと思う。



 リトは最初の二週間、空間ごと消滅させてしまい核を取るどころではなかったのに。



 そう言って慰めるがアルは落ち込んでいた。



「いや、オレ、魔法の才能ないんじゃないかな。ファイアボールが豆粒だぞ」



 サンドイッチをかじりながら嘆く。



 慣れない戦闘に加えて突然の無詠唱。


 普通、魔法の呪文はイメージの底上げ。声での詠唱は魔法理論からの術式の組み上げ、自分の魔力と空中の魔力をリンクさせる為のプロセス。


 詠唱が短ければ威力が落ちるのは当然で魔法使いの才能は如何に短く高威力で発動させるかに掛かっている。


 杖は全てのプロセスを肩代わりし、イメージの底上げに力添えしてくれるものだからこそ僅かな動きのみで無詠唱の高威力高速度の魔法が使えるのだ。


 それをアルはそれを杖なし、自分の動作のみで行おうとしているのだ。威力もコントロールも失って当然だ。



 そう言ってリトが慰めるも



「んなこと言ったってほとんど弓で叩き割って戦闘終了させたんだぞ?」



 とアルはすっかり自信を失っている。



 ちなみにリトは威力がバカでかいが故に詠唱を削るという方法でやっとこさ地上で魔法を使っても差し支えない程度に持ってこれたのだ。真逆である。


 アルがまたサンドイッチをはむりと齧る。



「いやぁ〜それでも結局魔法で核を壊せるようになったし、ガーディアンの攻撃も防げるようになたじゃぁないか!凄いよぉ!

 あと残すは威力の底上げ!君の魔法に威力が足りないのはイメージが弱いからだ!」



 エルはアルの急成長にほくほくだ。



「イメージ?」



 アルがボソボソとサンドイッチを飲み込んで聞き返す。



「そぅイメージ!

 全てを焼き払う業火!荒れ狂う嵐!絶対零度の凍てつく世界!!!

 君はそれらのイメージが上手くいっていない!

 魔法理論は完璧だけど今まであんまり外に出てないことが災いしてどれだけ熱いか、強いか、冷たいかの感覚が掴めていないんだよぉ!」


「そんなのどうすれば……」


「簡単さ!体験すればいいんだよぉ!

 午後からはそっちを進めるよ〜」


「「体験??」」



 リトとアルは揃って首を傾げた。


 アルが戦っている間。リトはありとあらゆる言葉の限りを尽くして応援するという形で発声練習させられていた。お陰で喉がつっかえるような感覚は随分なくなった。



 エルが大きな板チョコレートを割って二人に配った。



「これを食べたら早速行ってみよぉ〜」



 謎を抱えながらリトとアルは同時に板チョコに齧り付いた。






「ルクス」



 グラトルシャドウの体内に降り立ちエルが呪文を唱える。



「それじゃあレノくん、魔法を使ってみようか」



 リトはギョッとした。



「まだ、声が……」


「ほらほらぁ午前中の成果でもう殆ど戻ってるよぉ〜。

 振り出しに戻らない内に感覚取り戻しとかないと」



 リトはまさかと思った。



「アルくんのイメージを掴むむ手伝いをしてあげてぇ」



 やっぱり!



 リトは顔をひくつかせた。



「詠唱破棄でいいからやってみよ〜!これは君の特訓でもあるんだからぁ」



 しょうがないとリトは目を瞑り、向かってくるガーディアンを魔銃で捌きながら久しぶりに魔法を使う感覚を思い出す。



 自身の魔力から切り取って、術式で変質させて……



「ファイア、ボール」


「嵐絶堅牢壁!」



 リトの詠唱に被せるようにエルが叫んで二人を引き倒した。



 炎が爆散し熱風が吹き荒れ気がつけば三人は林の中で転がっていた。



「ケホッ。ずいま、せん。ごめん」



 三人とも服の裾が焦げ焦げだ。



「なんだ今の……」



 アルは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。



「あはは〜久しぶりだもんねぇ。それにレノくん瞬きを忘れてたよぉ」


「あ」



 確かに。リトも動きで魔法を制限する方法を取っていたのだった。



「強い炎のイメージ掴めたぁ?」



 エルが訊ねるとアルはブンブンと縦に首を振った。



「じゃあお次は氷魔法でぇ〜」



 リトとアルの顔が青くなった。






「ちょ……ちょっと!一体全体何してたの!?」



 夕方近くになり、門の近くで集合するとメルが金切声を上げた。ルナも、他の団員も目を丸くしている。



「いやぁ……ちょぉっと特訓頑張りすぎちゃってぇ……」



 どこかで聞いたようなやり取りだ。



 アルも、リトも、エルも皆ボロッボロだった。


 三人とも服があちこち焦げ、顔は煤けて、頭は嵐に見舞われた上に濡れそぼっているような状態になっていた。尚、濡れたのは三人ともがほぼ全身氷漬けになったのをエルが温めて溶かしたからだ。


 あの後アルにイメージをしっかり掴ませるためにということでエルは全てグラトルシャドウをリトに投げた。



「核は?」



 正座させた三人にため息を吐きながらヤツラギが訊ねる。


 アルが五個。リトが一個提出する。



「アルは優秀だな。お前のは?」


「あはははは〜」



 エルは本当に何もしなかったのでゼロだ。



「あははじゃねえ!!!」


「いひゃいいひゃい!らんちょういひゃいれす!」


「っ!」



 ヤツラギがエルとリトの頬をつねり上げエルが抗議する。アルは小さくなっていた。



「もうすぐ本体が見つかるかもしれない時に何やってんだこのダメ師弟ーーーーーっ!!!」



 夕暮れの空の下ヤツラギの怒声が響き渡った。

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