第六十九話 新入団員

「えー!

 本日からぁ誇り高き我らが黎明れいめいの騎士団で預かる二人だ!

 はい!ご挨拶!」



 いつになく張りきったヤツラギの声が訓練所に響く。



「アルって言います。魔法使いで弓も使います。短剣も習いたいのでよろしくお願いします」



 真面目に挨拶するアルと……



「レノの妹の「レナ」です!十二歳です!よろしくお願いします!」



 元気いっぱいの自己紹介するアッシュブロンドに薄紫の瞳のの姿がそこにあった。



「はい!総員大拍手!!!」



 リトの時とは大違いの拍手が響く。

 特にヤツラギから。ヤツラギは既にルナにデレッデレだ。



 リトは昨日の夜の事を思い出していた。






 ——それは余りにも突然だった。



 リトとアルはノーゼンブルグへ発とうとしていた。



「じゃあ割とすぐ帰ってくるからな、兄貴」



 病室のベッドに横たわるジルベルトにアルが一時の別れの挨拶をしていた。



「しっかりしごかれて来い。

 全く。あんな特異体質を俺にも隠していたとはな」


「ごめんって」



 アルの特異体質とワンアクション魔法はジルベルトにも伝えられ、枷抜けのカラクリを知った彼は驚きを通り越して呆れ果てていた。



「リトもアルをよろしくな」


「はい゛。ジル、も、早く元気゛に」



 リトも握手を交わす。



「「行ってきます」」



 二人揃って繋ぎの間に出ると目の前にエルと、動きやすい冒険者装備のルナが立っていた。ポーチや防具までしっかりと着込んでいる。



「ルナ゛!?」



 アルと二人目を丸くする。



「私も行くの!」



 リトはギョッとした。エルとルナを交互に見遣る。



「アカツキやオルガの許可ももらってるよぉ〜。

 ルナちゃんの特殊な戦い方は騎士団向きだって前々から思ってたんだってぇ。

 団長も文句なしにYESだったよぉ」



 それはそうだろうが。



「か、らだは……?」


「もう充分落ち着いてるしぃ魔力を使って安定させた方が良いいんだってぇ。ね〜?」


「うん!一週間に一回絶対帰ってくるなら良いってママも言ってたよ!」



 エルの言葉にルナが元気よく返事する。



 だがしかしである。



「どこ、に住む゛の?」



 アルはとりあえず隠れ家にしていた所へ帰る。近々東寄りに越す手配してもらう予定だ。


 だが十二歳のルナをオルガとアカツキが一人で暮らさせるとは思えない。ナイトが世話をするとも思えないし……。



「それはもちろんリトくんの家だよぉ〜。兄妹なんだから」


「違うもん!私大きくなったらリトのお嫁さんになるんだもん!」



 まだ言っていたのか……。


 というよりそれを本気で言っているのなら一緒に暮らすのはまずいのでは。



「まあまあ〜設定だよぉ。向こうではちゃんとレノくんって呼ぶんだよ?」


「うん!」



 リトの心内を知ってか知らずか、いや間違いなく知っての仕業だ。



 絶対オルガが仕組んだに違いない。エルも共犯だ。



「でも、変装゛、は?」



 髪はオルガの髪染め薬で変えるとして、成長してもルナの顔は幼い頃の面影が残っている。身バレする可能性があるのではないか。



「じゃーん!」



 リトが訊ねると待ってましたとばかりにエルとルナが小さな目薬の瓶を取り出し見せつけてきた。



「見てて!」



 ルナが目薬を点すと碧の瞳が薄紫色に染まった。



「!?」


「すっげー!」


「僕とオルガ発明の新薬だよぉ〜!」


「えへへ、リトの綺麗な目の色とおんなじにして貰ったの」



 ルナが嬉しそうにリトに抱きつく。



「へぇえ〜!エルは薬にも詳しいんだな!」


「あはは一応博士号持ってるからねぇ色々と」



 どんどん外堀が埋まっていく。ヨルとルナは初対面であれだけ火花を散らしていたのだ。

 ルナがリトと一緒に暮らすなんてヨルが知ったら寂しく思うかもしれない。



 そう、手紙だ。手紙を書こう。毎日。形にも残るしそうすればヨルの寂しさも少しは薄れるかもしれない。



「家具は追々持って来てくれるってぇ。それじゃぁいざ、レノくんのお家へレッツゴ〜」



 こうしてノーゼンブルグへは四人で発つ事になったのだった。






 目の前のデレデレしたヤツラギに意識を戻す。



 本日、リトは寝不足だ。

 家具は追々とのことだったがそれはベッドも込みで、昨日は一つのベッドに二人で寝る羽目になった。それは別に構わなかったのだがルナはリトを抱き枕が如く抱きしめて眠った。それはもう背骨がきしむ程に。



 まだ背中が痛い。

 今日は絶対別々のベッドで寝る。オルガに任せておいたらいつ届くのか分からない。今日取りに行く。



「それじゃあ入団式と行こうか〜」



 ヤツラギはメルやルナにデレッデレだがやるべき事はきっちりとするらしい。



「誰が相手する?」


「またガキかよ……」



 いつもリトに突っかかってくる紫頭の男が呟いた。



「お、じゃあお前いけ。レナちゃぁん頑張ってなぁ〜」



 性格はああだが紫頭は確かに強い。空中での身のこなしもルナに似ている。大丈夫だろうか。



 アルが側に来て二人でゴクリと唾を呑んだ。



「始め!」



 ヤツラギの声掛けで紫頭とルナが同時に駆け出す。


 リトの時には入団式の説明も始めの合図もなかったのに。酷い差別だ。



「オラっ!」



 紫頭が大剣を振るうとルナの姿が掻き消えた。



「なっ!?」



 目を見開く紫頭の死角である頭上をルナがピョンピョンと跳ね、勢いをつけて突っ込んだ。



「えいっ!」



 ルナが掛け声と共にアームソードを振るう。


 だが流石紫頭も黎明の騎士団の一員なだけあって直前に気配を察知し、頭上に掲げた大剣で受け止めた。

 刃を弾かれたルナはクルクルと回転して着地し、再び紫頭へ向かって駆ける。紫頭が大剣を振り下ろすとするりと横を走り抜けて懐に入り込み刃を振るう。


 右、左、上、下。つい昨日持ったと思えないようにアームソードを使いこなし自由自在に切り掛かる。


 紫頭は紙一重でそれらを躱し大剣を切り上げる。ルナはそれを跳ねて躱すと空中でデコピンの姿勢を取った。



「えいっ!」



 可愛い掛け声で発射されたデコピン砲は威力満載で紫頭はその重圧に耐えかねて凹んだ地面に膝をついた。


 リトはルナのデコピンだけは受けまいと心に決めた。


 そう考える間にルナがピョンと宙を蹴って紫頭に迫った。そして躊躇なく紫頭の首に刃が吸い寄せられるように迫り……。


 ドガァンッ!と激しい音と共にルナのアームソードが回転しながら飛んでいった。

 ヤツラギが自分の武器を投げて弾いたのだ。



「そ、そこまで……」



 ヤツラギも紫頭も観客全員が冷や汗を流していた。


 もちろんリトとアルもだ。



 初めての武器を持って初めての実戦形式。

 経験が全くないルナは寸止めというものを知らなかった。



 あとほんの一瞬ヤツラギが遅れていたら今頃紫頭の首は地面に転がっていただろう。


 ルナの圧勝だった。リトは紫頭を伸すのに二ヶ月くらい掛かったのに。



「あ、アルは魔法以外戦闘未経験だからなし!はい!終了!拍手」



 バチバチバチバチと激しい拍手が鳴り響いた。皆ルナの愛くるしい見た目によらぬ恐ろしさに必死だった。



 その後、ヤツラギ、リト、アル、エルによってルナには実戦形式の試合の心得についてしっかり、本当によくしっかりと教え込まれたのだった。






 その日の夜は賑やかだった。


 お任せで美味しい手料理を食べさせてくれるユニの店でアルとルナの歓迎会をしようという事になったのだ。



「やっと女の子が入ってくれて嬉しいわ。メルって呼んでね。お姉ちゃんって言ってくれてもいいのよ?」



 ツインテールがお揃いのメルがルナを横に座らせる。



「うん!メル……お姉ちゃんよろしくね」



 ルナが珍しくもじもじしている。



 今までヨル以外皆呼び捨てだったから改めてお姉ちゃんなんて呼ぶのが気恥ずかしいのかもしれない。

 意外だ。



「なんて可愛いの!!!」



 メルは感激に瞳を潤ませてルナを抱きしめた。



「えへへ、ありがとう」



 ルナも抱きついた。



「いやぁ〜それにしても今日はびっくりしたよぉ。

 まさか彼があそこまでコテンパンにやられるとは……」


「り……レノが選んでくれた武器だから頑張ったの!」


「レノパワーすげー」



 春野菜と豚肉のミルフィーユを食べながらアルは他人事のように言った。



「レノ!こんな可愛い妹がいるなら早く紹介しなさいよね!そもそも妹が居たなんて初耳だったわよ!

 で!?あんた声いつから声が出るようになったのよ!?」



 メルがルナにパンをちぎって食べさせながらリトを問い詰める。


 ルナは慣れたもので照れもせずにあーんと口に運ばれるがままだ。

 夜の巣では皆がこぞってよくこうしてルナに食べさせていたからだ。



「週末゛追いかけっ、こしてたら。

 レナ、はづい最近まで病気で伏せっで、たから」


「それなのにあんなに動けるの!?」



 メルが目をひん剥く。



「あはは〜レナちゃんは元々すごく身体能力が高いんだぁ。でもその特異な体質のせいもあって伏せってた。ってヨイヤミが言ってたよぉ」


「はあ、どこもかしこもヨイヤミ繋がりね。あの人どうなってんのかしら。

 で、あんたが噂のレノの友達、ね」



 いきなり話を振られてアルが喉を詰まらせた。その背中を叩いてやる。



「ゲホゲホ、うっす」


「三週間もどこほっつき歩いてたのよ。レノったら上の空になっちゃって大変だったんだから」


「え〜と……急に兄貴の具合が悪くなっちゃって、看病につきっきりだったんすよ」


「ふぅ〜ん」


「も゛う、謝って、もらったがら」



 メルはまだ恨みがましそうな目をアルに向けるのでリトが擁護ようごした。



「上の空なのに一本取られた私の悔しさ返して欲しいわね」



 と矛先がリトに向いた。ちょっとはぶてている。



「すい゛ません」


「まぁまぁ今日は僕の奢りだよぉ〜。

 アルくんもこうして無事だった事だしぃ、美味しくご飯食べよぉ?」


「ハイハイ」


「「「はい!」」」



 メルと子供組三人が元気よく返事する。



「それにしても一気にこう団員が増えるなんて珍しいわね。二人とも特異体質だし。レノもそうだけど不思議な縁ね」



 メルがとろとろのポタージュを掬いながら中々鋭い所を突く。

 リトとアルは同時に喉を詰まらせた。



「まぁヨイヤミの人脈は広いからねぇ〜。アルくんが一人で伸び悩んでたのは僕も放って置けなかったし、いい縁に恵まれたってことじゃぁない?」



 エルが上手いことのらりくらりと躱す。



「通常訓練以外はアルもエルが見るんでしょ?

 魔法使いだから。二人同時になんてちゃんと見れるの?」


「二人とももう基礎はできてるし優秀だから大丈夫だよぉ〜。

 レノくんは声も戻ってきたし、そっちの感覚を取り戻してくのと、アルくんはもっと体質を活かす方法を伸ばしていくだけだからねぇ」



 エルに褒められてちょっと照れる。アルもぽりぽりと頭を掻いていた。



「レナは団長が見るって言ってたけどあたしもついてくから安心していいわよ」


「ありがどう、ございま、す」



「武器が同じだから俺が見る!」とヤツラギが言い出した時はどうしようかと思っていたがこれで心配毎が一つ減った。



「グラトルシャドウの本体ってもう少しで見つかるんですっけ?」



 アルが訊ねる。



「そうね。ノーゼンブルグの冬も明けたし移動しちゃう前に見つけたい所ね。他所に行ったらまた被害が出るわ」


「それに核の生産にも関わるから必ず確保しなきゃだしねぇ」


「核全部吹っ飛ばしてたあんたがそれを言うわけ?」


「吹っ飛ばしてたのはレノくんだよぉ〜」



 エルがリトのせいにしてきた。



 核を跡形もなく消し去っていたのが自分なのは事実だが全責任を押し付けるのはちょっと酷いと思う。



「……賑やかだな」


「いづも、こんな感じだよ゛」



 アルを見ると嬉しそうだ。


 仲間達以外と触れ合うのも、こうして一緒に食事をしたり話したりするのもかなり久しぶりだからかな。



「これから、もだよ」



 リトがそう声を掛けるとアルはちょっとびっくりしたように振り向き



「ああ!」



 笑顔を弾けさせた。






 カリカリとペンを走らせる音が部屋に響く。



「ふぁ……リト、何書いてるの?」



 寝支度を済ませたルナが欠伸をしながらやってきた。



「ヨルへの、手紙゛だよ」


「えぇ〜?またヨルお姉ちゃんに?ヨルお姉ちゃんばっかりずるい!」


「ルナは一緒に゛、いる、じゃないか」



 リトがそういうとルナはぷーっと頬を膨らませた。



「だって私、お手紙もらった事ないもん」



 確かにルナはずっと夜の巣の結界の中に居たから外から何か届くことはなかったのかもしれない。



 そこでリトはいいことを思いついた。



「ルナ゛も、ヨルに手紙、を書い゛たら」



 そう言って便箋を差し出す。ルナは目を丸くした。



 二人が実際に顔を合わせたのはあの一回しかない。もっとお互いのことを知れば仲も良くなるのではないだろうか。



「私が、ヨルお姉ちゃんにお手紙……」


「手紙、書いたこど、ないでしょ」



 リトがそう言うとルナはこくんと頷いた。



「僕と一緒に、出そう。そじたら、ルナも、手紙゛もらえるよ」



 ルナの顔がぱあっと明るくなる。

 いそいそとリトの隣に椅子を引っ張ってきて座りペンを握る。



「なんて書いたらいいの?」


「だのしかった事や、聞いてみ゛たいこととか」


「うん!」



 ルナはペンを握り一字一字丁寧に書き始めた。字を書く練習にもなるな、なんて思いながらリトも再び書き綴る。



 二人はあれやこれや考えながらちょっと夜更かししてヨルへの手紙を書いた。

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