第四十話 リトの引っ越しII
リトは掃除から始めることにした。
夜の巣の自室から重ねたバケツと箒、ちりとり、大量の雑巾、スポンジ、柄付きタワシ、ハタキを持って繋ぎの間へ。
繋ぎの間で茶色い扉を三回ノックして数字を合わせる。
ノーゼンブルグの自室の部屋は二十三番だ。
タンスの中から扉を開けてそれらを先に外に出した。ぴょんと飛び越えて部屋に出る。
タンスを閉めてポーチから三角巾と布を取り出して頭と顔に巻いた。気合いは充分だ。
南向きの大きな窓を思い切り開け、玄関は少しだけ開けてドアの下に雑巾を一枚くしゃくしゃにして噛ませた。
まずはハタキから。
備え付けの家具の背の高い順に上から下へ。ハタキをかけてホコリを落としていく。窓の桟も忘れずに。
ホコリが全部落ちたら部屋の奥から手前に向かって箒で掃ていく。
タンスとベッドも動かしてその下に溜まっていたホコリを掃き出す。ある程度溜まってきたらちりとりに集めた。
玄関まで掃き出したら次に水回りに取り掛かる。
キッチン、トイレ。そして一人部屋には珍しいことに風呂も付いていた。
これまた夜の巣から拝借してきた洗剤を垂らして、スポンジや柄付きタワシなどで擦っていく。
一度夜の巣に戻って昼休憩を取った後、今度は拭き掃除。
流し場から出した水で新しい雑巾を濡らしてタンスや食品棚を丁寧に拭いていく。
部屋の奥から手前に向かって床を水拭き乾拭きを繰り返していく。風呂場の排水溝に汚れた水を捨て、新しく汲む。
窓や桟も拭いてピカピカにした。
タンスとベッドの位置を戻す。
「よし、こんなものかな」
この部屋は一人部屋にしてはなかなか広い。
家具とかの運び込みは明日にしよう。
リトは戸締りして夜の巣に帰った。
翌日。
天気もよいため、ベッドのマットと枕を干して、夜の巣の自室から本棚とデスク、椅子を持ち込むと部屋は少し充実した。
これを機会にもう少し家具を増やしてもいいかもしれない。
今まで普通の茶髪で出かけていたから体格的にもあまり重たいものを持ち上げると不審な目で見られる。
だから重たい家具の調達は面倒で夜の巣のリトの自室は非常に寂しいものだった。
だが今のリトの髪色はアッシュブロンド。
少々重たい家具を持ち上げてても不自然では無い。
ここから元の部屋に戻る時に持って帰るのもいいな。
今はそんなに手持ちに余裕がないので、その事は頭の片隅に置当ておくことにした。
とりあえず今日は日用品や食料などの買い出しに行こう、これだけ大きな街だ。安くていい家具を置いてる店もあるかもしれない。道すがら探してみよう。
リトはそう思って部屋を出た。
北なのに雪はそれほど深くなくて、大きな道に出ると雪が捌けてて歩きやすかった。
王都で慣れていたとは言えやっぱりノーゼンブルグは大きな街だ。
街主の館が東側にあって、役員などの家が並び、騎士棟、住宅街が続いてその周辺に店が集まっているとのことだった。
リトの部屋は住宅街の中程にある。
住宅街に程近い所から順に見ていく。
鍛冶屋、魔法薬の店、旅道具、装備品などの店、飲食店などのあたりを付けていく。
リトは旅道具を補充した後、幾つか飲食店を吟味して値段の手頃な店で少し早めのお昼を食べた。
服屋や雑貨屋。食器類やキッチン用品を幾つか買い込み、市場があるか聞いてみると結構遠くにあるとのことだった。
適当に彷徨いて市場を探し当てる。お茶の葉や日持ちのする食料を買い込んだところで夕方になった。
今日見た店などを地形に頭の中で当てはめながら歩き気がつけば全く見覚えの無い場所に出ていた。
「あれだけ考え事をしながら歩くなと言うだろうが!」
頭の中の祖父が杖でポコポコ叩いてくる。
大きな道に出るにはどうしたらいいんだろう。
リトは入り組んだ路地をさらに彷徨った。完全に迷子だった。
誰か人を捕まえて聞くしかない。
日が沈みだした道を小走りに進みながらリトは焦った。
と、角を曲がると人影が見えた。三人。道を塞ぐようにしてたむろしている。
大きな声で話しながら手に持った瓶を煽っている。酒を飲むことは悪いことではないが、リトは酔っ払いにいい思い出がない。
仕方ない。他の道を行くか。
そう思って引き返そうとしたところで呼び止められてしまった。
「よう、ボウズ。見ねぇ顔だな。一緒に飲まねぇか?」
明るい黄緑の髪の男が言う。
「いえ。せっかくのお誘いですが急いでるので」
断りを入れて振り返るといつの間にかもう一人体格の良いくすんだ金髪の男が背後に立っていた。
「まぁそう言うなよ。俺たち酒代に困ってるんだ。ちっとばかし貸してくんねぁか?」
わかりやすいカツアゲだ。他の三人も立ち上がって近づいて来る。
来たばかりの地でしかもこれから長期滞在する場所で問題を起こすのはあまり得策ではない。
リトが男四人に囲まてれ困っていると後ろから声がかかった。
「あんたたち何してんのよ!」
一同が振り向くとストロベリーブロンドの少女が仁王立ちしていた。
「メ、メル……」
男達がたじろぐ。
メルと呼ばれた少女はつかつかと近寄ってくると、男たちを押しのけた。
「嫌がってるじゃないの!
あんた、こっちに来なさい!」
とリトの手を引くとそのまま場を離れた。少女はリトの手を引いて少し歩くと
「あんた見ない顔ね。ダメじゃないこんなとこ彷徨いてたら。子供に歓楽街は早いわよ」
と言った。
歓楽街まで迷い込んでいたのか。
「あの、ありがとうございます」
リトが礼を言うと少女はにっこり笑った。
「いいのよ。家はどこ?送ったげるわ」
リトはありがたくお言葉に甘えることにした。
「案外近くじゃないの。全く子供をこんなとこに住ませるなんてどうかしてるわ」
リトが住所を告げると少女はブツブツと文句を言った。少女はリトとそんなに歳は変わらなそうに見える。
路地を三、四回折れると広い道に出た。
リトはほっと一息ついた。集合住宅に着くと少女にもう一度礼を言う。
「いいのよ。何か困ったことがあったら私の名前を出しなさい。
私はメル」
メルは手を差し出してきた。リトも手を出して握手する。
「僕はレノです。
つい最近この街に来たばかりで何も分からなくて……困ってたんです。ありがとうございます」
「そ、よろしくねレノ。じゃ、またね」
とメルは手を振って去っていった。
リトの引越しは三日で済んだ。
早朝なのにも関わらず繋ぎの間にオルガとアカツキ、ルナとカティが見送りに来てくれていた。
「気を付けて過ごすんですよ」
「はい」
オルガがリトをそっと抱きしめる。リトはなんだか照れくさかった。
オルガが離れるとポンと頭に手が置かれた。
「全てお前の力になる。頑張ってこい」
アカツキがリトの頭をワシワシと撫でる。リトはコクリと頷いた。
ルナがリトに飛びついてくる。
「早くかえって来てね」
「うん。落ち着いて休みが取れるようになったらちょくちょく戻ってくるよ。
ルナも本読むの頑張ってね」
「うん!」
ルナはこの時間、普段寝ているのに頑張って起きてきてくれたらしい。ギュッと抱きしめるとえへへと笑った。
ルナとくっついたままのリトに最後にカティが近寄ってきた。なんだか不機嫌そうだ。
「……あそこの団長には気をつけろよ。……色狂いだから」
リトは激しく頷いた。
「色ぐるいってなにー?」
というルナの問いをカティに丸投げしてドアノブの数字を合わせた。
みんなに向き直り挨拶する。
「それじゃあ行ってきます」
リトは扉を開けて夜の巣からノーゼンブルグへと発った。
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