第三十九話 変な人

 ダグじぃから無言でじゃがいもと人参、玉ねぎがそれぞれゴロゴロと入った袋を渡された。


 厨房を仕切るノーマンからは調味料各種と保存食を幾つかとまな板を渡された。包丁は自分で買えとの事だ。


 オルガからは「当面の生活費は別から出るでしょうから」と言いながらお小遣いを渡された。


 カティは顔を合わせると少し不安気な顔をして



「リト……あそこはバケモンの巣窟だ。気をつけろ。

 俺はお前が汚されないか心配だぞ」



 と最後の方はふざけた忠告をしてきた。


 数日して再びアカツキの部屋に呼ばれた。



「荷造りは済んだか」


「はい。大体……後は向こうで揃えた方がいいものばかりです」



 アカツキは頷くと紙束を渡してきた。見ると写真とその横に名前と一言書かれた一覧表のようなものだ。



「これは変装後の夜の巣のメンバーと北の協力者のリストだ。覚えろ」



 リトは頷いた。



「このリストは門外不出だ。この部屋から絶対出すな。部屋から出る時は一々この机の右の一番下の引き出しの一番手前に入れろ。これが鍵だ」



 アカツキはリトに小さな黒い鍵を渡した。リトは頷くと長椅子の本をちょっと避けて腰掛け、リストを覚え始めた。






 リストを覚え始めて一週間後、リトはアカツキに連れられて食堂の鏡の前に立った。鏡は厨房のあるカウンターを除いて広い食堂の四面にびっしりと無数に並べられている。


 今回アカツキとリトが立つのは繋ぎの間へ通じる鏡が置いてある一面のその左端だった。



「今日はノーゼンブルグの当主達との顔合わせだ。

 ここは当主の執務室に繋がっている。俺が先に行く。十秒数えて戻ってこなければ続け。何かあれば戻ってくる」



 アカツキの言葉にリトは頷いた。アカツキが一番左の鏡に消えていった。


 一……二……三……

 …………九……十。


 十秒経ったがアカツキは出てこない。問題ないと判断してリトも鏡へ踏み入った。


 鏡を抜けるとタンスの内部に出る。アカツキが出た後だから扉が半分開いていた。そっと扉から出ると、高級そうな調度品が置かれた部屋にはアカツキ含めて三人、人が立っていた。


 執事服に身を包み、メガネをかけた銀髪の痩身中背の男と、ざっくりしたシャツにズボン、かなり明るい青の髪を下だけ伸ばしてひとつに括った長身の男だ。


 それぞれ六十代と四十代くらいだろうか。


 この二人の顔には見覚えがある。リストに載ってたノーゼンブルグの協力者だ。



「おおー。ほんとに真っ白だな」



 青髪の男が近寄って来た。口角を上げてリトの顔を覗き込む。



「あまりちょっかいを出さないでくれ」



 アカツキが横目でそれを見て口を挟んだ。



「ケチくせえな」



 青髪の男はアカツキを振り返り頬を膨らませた。

 その時ドアがノックされ、誰の返事も待たずに開いた。


 モノクルをかけた執事服の男がにこにこしながら入って来る。


 リトは飛び退って頭と顔を腕で隠した。



 この男の顔はリストに載っていなかった。つまり部外者。当主の屋敷のしかも執務室なんかに自分達がいるなんてバレたら一大事だ。この場にいる者みんなの立場が危うくなる。



 どうするべきか、外に逃げるか、この執事の口を塞ぐか。焦った頭では正しい回答が導き出せない。



 リトは慌ててアカツキを見た。



 あれ?平然としている。しかも心無しか呆れの表情を浮かべている。



 他の二人も、入ってきた執事もじっとリトを見つめるばかりで何もアクションを起こさない。


 リトが頭いっぱいに疑問符が浮かべるとモノクルの執事が突然爆笑しだした。


 後ろ手でドアを閉める。



「あーっはっはっはっはっはーー!!」



 一体何がおかしいのだろう。



 リトは非常に狼狽えた。アカツキを見て、他の面子を見回す。

 執事はヒーヒー言いながらよろよろと部屋の中央に置かれた机に手をついた。



「はー。いい反応だね。実に楽しかったよ。

 この一瞬のために用意しただけのことはあったなあ」



 執事が涙を拭いながら言う。リトは訳が分からなかった。



「やぁ、ようこそ我が邸へ。そして初めまして。

 私がこの街の当主、ヴィルヘム・ノーゼンブルグだ」



 リトが口をあんぐり開けるとヴィルヘムは再び爆笑しだした。






 話を聞くとヴィルヘムは自身の情報をわざわざアカツキに隠させていたらしい。

 アカツキが到着すると部屋を出て、わざわざ執事服に着替えて戻ってきた。


 全てはリトが慌てふためくこの一瞬を見るために。



「いやー面白かった。悪かったねリトくん。今日は本当に信頼の置ける者しか屋敷に残していないよ。だから安心してくれたまえ」



 ヴィルヘムが銀髪の男の手を借りて上着を着替えながら言う。



「アカツキが新人を連れてくる度これをやるんだよ。私の楽しみの一つだ。

 君の反応と来たら……ふっくく……驚いた猫のようだった」



 何処の何が面白かったのかリトにはさっぱりだが、ヴィルヘムのツボが相当に浅いらしいことは分かった。



 確かにちょっと……いや、大分変な人かもしれない。



 リトはそう思った。



「素直ないい子じゃないか。なあ?」



 机を回り込みながらアカツキに話しかける。アカツキは盛大にため息をついた。


 ヴィルヘムは椅子に座ると机の上で手を組んだ。



「さて、さて……何からしようか。

 ふむ、そうだな。じゃあ自己紹介から始めてもらおうか」



 ヴィルヘムがにこにこしながらそう言った。リトは躊躇いがちに口を開いた。



「リトです。初めまして。えーっと……」



 こんな改まった自己紹介なんて初めてだ。何を言えばいいんだろう。



 そう思いながら何とか口を動かす。



「この秋に夜の巣に来ました。武器は魔銃を使います。よろしくお願いします」



 ぺこりと頭を下げた。リトが自己紹介を終えると青髪と銀髪の男達がそれぞれ反応を見せた。



「俺はヤツラギ。お前を預かる騎士団の団長だ。

 お前、女の子じゃないのがもったいないくらい可愛い顔してるなー」



 と青髪の男が手をヒラヒラと振る。


 リトは自分の顔が強ばるのを感じた。似たような事を言って襲ってきた男の記憶はまだ新しい。


 銀髪の男は背中に定規でも当たってるんじゃないかと思うくらいまっすぐ会釈をして挨拶し始めた。



「私はカラシキと申します。ノーゼンブルグ家の家令兼、執事長を務めております。お見知り置きを。

 ヤツラギの言うことはお気になさらず。戯言ざれごとですから。

 その歳で魔銃使い……才腕遺憾さいのういかん無く発揮して頂ければと思います」



 なんとも対照的な二人だとリトが思っているとヴィルヘムが再び口を開いた。



「二人は私の腹心の部下だよ。仲良くしてやってくれ。

 リトくんは確か十四歳だったね。いやぁ将来が楽しみだ。」



 ヴィルヘムは始終にこにこしたままだった。






 ノーゼンブルグの街をリトとアカツキが並んで歩く。


 二人ともオルガの薬で変装済みだ。


 リトの髪はアッシュブロンドに、アカツキの髪は明るさはそのままに赤く変わっていた。

 その上リトはメガネをかけて、アカツキは顔の上半分を黒い布で覆っていた。何事もないように歩いているから多分布は何かしらの透視魔法でもかかっているのかもしれない。



「この髪色、元の色とかなり近いんですけど大丈夫ですかね?」



 リトが自分の前髪を摘んで問いかける。



「お前のメガネがあれば大丈夫だろう」



 リトのメガネは魔法が三つかかっている。

 ひとつはずり落ち防止。昔メガネがズルズルと落ちてくるのを嫌がって祖父がかけたのだ。意識がありさえすれば飛び跳ねようが宙返りしようが顔から落ちない。


 二つ目は視力矯正。かける者の視力に合わせて度を調整してくれる。目のいいリトにとってはただのガラスだ。


 最後のひとつは印象操作。魔王討伐後有名人になった祖父が、静かな余生を過ごすためにかけた魔法だ。顔の印象を曖昧にする。


 リトはポーチ探ってつい先程ヴィルヘムから渡された偽の身分証を取り出してしげしげと眺める。



「あの時突然写真を撮られたのが謎だったけどこのためだったんですね」



 本人が手に取ると情報が現れる銀色の身分証にはレノと言う名前とアッシュブロンドにメガネの少年の写真等が記載されている。


 写真はそうだと知っていなければリトには見えない。



「ああ。急いでたからな。

 その身分証は他所よそでも使えるには使えるが、基本はこの街の中でだけに止めとけ。後処理が大変だ」



 リトは素直に頷くと身分証を落とさないようポーチに仕舞った。






 アカツキが足を止めた。



「ここだ」



 二人の前には三階建ての建物があった。アカツキが中に進んで部屋の一つの戸を叩く。リトもその後に続いた。


 中から老齢の男性が出てきた。アカツキを認めて笑顔になる。


 確かこの人もリストに載っていた。



「ああ来たね。待っていたよ、ヨイヤミ」



 ヨイヤミはこの街でのアカツキの偽名だ。


 男性が中に一度引っ込んで、鍵束を持って出てきた。 リトとアカツキを先導して二階へ上がる。


 どうやら一つの階につき三部屋あるらしい。


 男性は階段の目の前の部屋を開けて



「じゃあこれがこの部屋の鍵だからね」



 とリトに茶色い小さな鍵を一つ渡した。



「儂は大体一階の左側の部屋にいる。何かあったらいつでも言って来なさい」



 リトが礼を言うと下に降りて行った。

 中に入って鍵を閉めるとアカツキが説明を始めた。



「この建物の何部屋かは夜の巣が借りている。困ったら頼りに行くといい。それから」



 と部屋を横切って薄い茶色の大きなタンスに歩み寄った。リトが近寄るとアカツキはしゃがんでタンスの下を探った。立ち上がると小さな木板を手に持っていた。


 アカツキはタンスの扉を開けると木板を下から差し込んだ。カチッと小さな音がして木板が嵌まる。



「この木板を挟んで魔力を通さなければただのタンスだ。外部の人間が部屋にいて夜の巣から誰か来てもらったら困る時はこうしろ」



 アカツキが扉の装飾の一部を押すと紋様が微かに四角形に窪んだ。そして扉を叩くと木板が落ちてきた。



 こんな仕組みがあるなんて知らなかった。



 リトが目を丸くしている間にアカツキは再び木板を差し込んだ。扉を閉めて紋様に手を当てる。魔力が通ったのか紋様とタンスの中が一瞬仄かに光った。



「……大丈夫だとは思うが魔力を通す時は気をつけろ。流す量が多すぎると紋様が焼き切れる」



 アカツキが忠告する。


 リトは真剣な表情で頷いた。膨大な魔力故、リトは慌てると魔力コントロールがド下手になるからだ。



「今日はこれで帰るか」



 アカツキが声をかけて二人はタンスから帰って行った。

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