第七十六話 繋がる点と点

「ちくっしょう!!!」



 繋ぎの間で降ろされて直ぐ、リトは床を殴りつけた。



「気持ちは分かるが、先ずは治療を受けろ。

 ヨルの話はそれからだ」



 アカツキの言葉にリトはギッと振り仰いだ。



「なんでヨルが……、あの孤児院のみんなが無事で済むと思ってるんだ!

 全員に呪いがかかってたんだぞ!ゲボっ」


「ハイハイ。叫ぶのは後にしてください。全くどいつもこいつも無茶しやがってですよ」



 血を吐いたリトを今度はオルガがひょいと抱え上げて医務室へ運び込む。



「リト!」


「リト、リト!」



 アルとルナが駆け寄ってくる。



「お前!あれだけ言ったのにこんなボロッボロになって!」


「……ごめん」


「リト!大変!血がいっぱい出てる!大丈夫!?

 ママ、リト治る?」


「ええ、ええ、無事に治りますよ。心配ご無用です。叫び倒す元気もありますしね」



 オルガは医務室の診察台にリトを横たえると潜った。


 医務室を見回すといつになく人でいっぱいだった。奥の方にルドガー、ソフィ、パメラが眠り、ノーマンは左肩に包帯を巻いてベッドに腰掛けジルと話している。


 その向かいにはコリーが頭に包帯を巻いて横たわり、隣に座って話すエドガーも右腕を吊っている。


 カナリアとレーゼンが心配しているのは横たわるガイデンだ。胴体全体をガッチリ包帯で覆われている。



「私が、アイツの攻撃を避け損ねたのを庇って……」


「カナリア、あまり気に悩むのは止しましょう」



 他にも何人かベッドに腰掛けたり、横になって休んでいる。


 そして診察台に近いベッドに横たわっているのは包帯でぐるぐる巻きになったノエルや撹乱班の数人。



 みんな満身創痍だ。



「最高魔力を突き抜けるあなただからこれくらいで済んだんですよ。後数回同じ魔法を打ち込んでいたら身体中にヒビが入って爆散していました」



 オルガがぷりぷりと怒る。



「なんで知って……?」



 リトが疑問に思うと通信具をトントンと叩いた。



「魔力が込もりっぱなしだったそうです。周囲の音も筒抜け。

 ……お陰でアカツキも間に合いましたがね」


「あ……」



 魔力を全開で回して駆け出したあの時からずっと繋がりっぱなしだったのか。



 リトの通信具にはヒビが入っていた。



「リト!テメーこの野郎いい加減にしろよ!」


「あの後気が気でなかった。心配したぞ」



 その時、アカツキに続きカティ、エドワードが医務室に入ってきて避難がましい目でリトを見た。



「ごめん」



 リトはまた謝った。



「イスタルリカの結界魔法みたいですね。

 主に、囚人を閉じ込めておくための。

 体内外関わらず魔力に応じて術者本体にダメージを跳ね返すものです。それを反転させる形で張ってあったのでしょう」



 オルガがリトに魔力を通して治療しながらピンとおでこを軽く弾いた。



「随分と無茶をしましたね。体表こそそれほどではありませんが内臓器官がだいぶやられてますよ」



 そしてアカツキに向かって



「このダメージの受け方、メルの脳細胞を破壊したものと似ています。イスタルリカはあれを元にして強化版の魔法結界を生み出したようですね」



 と報告した。



「という訳であなたはお薬での治療です」



 オルガは振り向くや否やリトの口ににけばけばしい黄色い液体の入った瓶を突っ込んだ。



「ごほごほっ!?おえーっ!!!」



 薬を嚥下したリトは思わずえずいた。



 何とも言えないすえた匂いとどろりとした感触、そして鼻を抜ける薬くささと濃厚な甘苦い味。


 最悪だ。



「無茶をした代償です」



 頬や頭、服をひっぺがされて体のあちこちにも貼り薬をベタベタ貼られ、包帯でぐるぐる巻きにされていく。


 下を死守しようとするリトにアルは笑いを堪え、ルナは顔を手で覆って背中を向けた。


 何やかんやで治療を終えてベッドに横になったリトの目の前にアカツキが腰掛けた。他のメンツも各々好き勝手に腰を落ち着ける。



「ヨルの話って……」


「ああ、順次共有していこうと思っているが、先ずはお前に話してやるのが筋だと思ってな」


「ヨルお姉ちゃんがどうしたの?」



 ルナも不安そうに訊ねる。



 アカツキが珍しく目線を下げている。なんだろう。嫌な予感がする。



 しばらくしてアカツキが目を上げた。



「ヨルは教会のだ」







「嘘……だ……」



 リトの声が震える。アルがリトの手をぎゅっと握り、ルナが口を覆う。



「そもそも。ヨルと初めて顔を合わせた時に気づくべきだった。

 あれ程暗い髪の人間がどうして普通に動いて話して生きているのかに……」


「どういう……」


「この世界の魔力の平均は下高位から中位が大多数を占める。

 その中でも稀な下位の人間の身体能力は低い。魔力も魔法も魔道具も使えない。

 ヨルはその下の下を行く暗さだ。自己生産できる魔力量から考えれば動くこともままならず、息をするので精一杯な筈だ」



 アカツキが静かに話を続ける。



「人が自己生産できる魔力と体内外へ周囲の魔力を循環させる量にも限度がある。

 そしてそれは持つ魔力に比例して少なくなる。

 本来ならヨルは赤ん坊の時に死んでいてもおかしくない」



 リトは息を呑んだ。



「オルガの治療を受けてさせたにも関わらず、全く感知できなかった。

 ヨル自身の体質として組み込まれているものがある。それがコレだ」



 アカツキがリトの前にばさりと何枚もの紙を置いた。



「ノーマンとノエルが少し無茶をして奥まで侵入して情報を得てきた。教会派にバレないよう写しではあるが……」



 リトは震える手で一番上の紙から読んでいった。アル、ルナも後ろから覗き込む。



 ——実験体第四十一号個体名:ヨル


 胎児に魔王の心臓の一部の移植に成功。

 母体の魔力を吸い尽くして誕生するも、自身の生存のため保有魔力が極限に減少。

 実験体三十五号個体名:ルナへ定着した複合魔法の結果を鑑みて自由を与え定期的な検査により経過を観察する——



 そう記された紙には今よりずっと幼い顔のヨルの顔写真が貼られていた。



 次の紙を捲る、捲る、捲っていく。紙を捲るたびにヨルの写真は成長していった。



 紙に記されて居たのはヨルが周囲や人からも徐々に魔力を吸収して生命を維持していること、触れるとその者の記憶が覗けること、記憶消去術、記憶精査術により本人には意識させぬよう検査を行っていたこととその経過……



 信じがたいことが書き連ねられている。



 そして半年前、「他者から魔力を奪う魔法が発動し、魔王の再来に成功した」と記され、以降短期的に細かい検査を詰めると締めくくられていた。



 リトの手から紙がバサーッと滑り落ちる。



 魔王の心臓の移植って……。

 それにあの心優しいヨルが……魔王の、再来……?

 そんな事って……



 リトの頬を何かが伝って顎から落ちた。

 アルの手が肩に食い込み。ルナの震える手が反対側に添えられる。



 そうだ、ルナ……ルナも教会の実験体で……。



 リトはルナの震える手にそっと手を添えてやった。



 アカツキが痛ましそうな顔でリトを見やる。そしてもう一枚、紙を差し出してきた。



「追い討ちをかけるようだが……お前の出生を聞いてずっと調査してきたことがある。

 その手掛かりとなる、記述も見つかった」



 ——個体名:アリシア

 完成体の母体としての適合を確認。サンクメリ施設に移送——



 そこにはリトの祖父が成人の際にプレゼントする筈だった……リトが祖父の形見のお守りとして持っていた……今はヨルに預けてある懐中時計の蓋に嵌められていた写真に写っていた人物。


 リトの誕生時に命を落とした母の顔写真が貼ってあった。



 完成体……



「僕、が……?」


「お前の母も、お前も。教会の実験に何らかの関係があったということだ。

 現にお前の髪色は唯一無二の白髪だ。

 お前が事実完成体となったかは不明だが実験が成功したという報告もない。

 それにお前の母は故郷へ帰ってお前を産んだ。

 教会の中枢に食い込んでいる奴と最後に連絡を取った際には鍵となる人物三人を集める必要があると言われていたらしい。

 その鍵の三つがヨル、ルナ、お前だったという訳だ」



 珍しくアカツキがリトの手を取る。



「お前の出生の謎も探るよう伝えてある。

 だが、ただの実験体として扱われていたのならお前の母は、お前をあれほど愛してはいなかっただろう。きっと何かあったはずだ」



 アカツキにしては憶測の多い物言いだがリトはそれに励まされ、その手を握り返した。



「ヨルの検査の記述にあった記憶精査というのはジルベルト達から聞いたが文字通り記憶を覗き見る魔法だそうだ。

 記憶消去術の応用らしい。

 だがヨルの記憶検査の結果には……不思議と夜の巣やお前に関する記述が一切ない」



 リトはアカツキを疑問を投げかけるように見つめた。



「ヨルと触れ合う時にいつも痛みが疾ると言っていたな。

 今思えばあれは超高魔力のお前とヨルの吸収の拒絶反応だったか……あるいはヨルの自我が無意識にお前を隠していたか……。

 謎は多いがヨルにも教会の実験に対して何か抵抗する潜在能力があるかもしれんという事だ。

 今後ヨルを教会の元で動かしていくために孤児院の者達は人質として生かされるだろう。

 だから、あの場は引いた」



 アカツキが慰めるように握ったリトの手を親指で摩った。



「大丈夫だ。

 鍵の一つはお前が解いてしまった。術式の研究は進められているだろうが大きく軌道修正しなくてはならないだろう」



 そしてぎゅっと握る。



「カティとエドワードから聞いた。

 無事、アーサー王の呪いも解いてくれたそうだな」



 リトは頷くとアーサーの呪いを解いた経緯とその術式についてアカツキに報告した。



「「精神と魔力の分断」不老不死の呪い、魔王の再来……。

 そしてお前の祖父の走り書き。

 お前が数々の呪いを解いてきてくれたお陰だ。

 点と点が繋がった……」



 その場にいた皆が息を詰めて次の言葉を待った。



「かつて魔王は神になろうとした。それには己の抱える膨大な魔力と、周囲から吸収し取り込む魔法と、肉体の保全が必要不可欠だとヤツ自身が語った言葉だ。

 だが本来、本物の「神」とは別にいる」



 アカツキが手を組み目を閉じた。



「精神世界……異次元の世界に存在するこの世の魔力の根元である「神」が。

 教皇は精神世界に自身の魂を繋ぎ、神と交信を行う。血筋によって代々受け継がれていく唯一無二の魔法だ。

 教皇が神と交信し、その啓示を受ることによってサンクメリは神の加護……治癒魔法や災害などの予知、触れた者の過去、現在、未来まで見通す力を持ち、一つの国として認められていた」



 みんながアカツキの言葉に耳を傾けていた。



「教会の中枢に送り込んでいる者からの情報では精神世界を繋ぐ魔法を応用し、教皇は神と成り代わろうとしているらしい。

 だが奴自身は死んだ妻の復活に取り憑かれている。死者の蘇生は神に成り代わることのただの付属でしかない。

 黒幕が、他にいる」



 リトはこくりと唾を飲み込んだ。



「数々の呪いに魔王の呪い自体とそれに使われていた反転文字が刻まれていたこと。

 勇者の体質がルナの呪いに組み込まれていたこと。

 リトの祖父の封印魔法が使われていたこと。


 それらの情報を得ていた者がいる。

 そしてヨルに移植された魔王の心臓の細胞。魔王の死体がなければ不可能だ。


 その場所に辿りついたのは誰だ?」



 アカツキが目を閉じたまま問う。



「魔王の埋葬場所を知っている者は限られている。

 精神世界に魂を繋ぎ、神と交信できる魔法は血筋によってのみ受け継がれるものだ。

 それら全ての条件を満たすものは誰だ?」



 リトはハッと息を呑んだ。



「勇者一行のなかで旅に出たまま消息を断ち、呪いによって死んだとされた人物がいる。

 治癒魔法に長けていた教皇の一人息子……」



 そこで言葉を切り、アカツキは目を開いた。

 鮮やかな青い瞳がきらりと光る。



「そうだ、「アダム」は

 奴こそが、教会の黒幕だ」



====================


 お読みくださりありがとうございます。


 これにて第四章完結となります。終盤で出てきた新たな謎や明かされた秘密。今までふんわりと蒔いて来た伏線の幾つかを回収する章となりました。


 第五章については現在執筆中で投稿まで少しお待たせしてしまうかもしれません。



 物語はまだまだ続きますが一度過去に遡ります。


 どうぞこれからもお楽しみいただけると幸せます。




 そしてここから感謝とお願いを。


 いつも応援や応援コメントをくださってありがとうございます!とても嬉しく、励みになっております!

 本当にありがとうございます!


 そしてお願いの方ですが、どうかこれからも応援やコメント、面白いなと思ったら作品のフォローや最新話の最後のある⭐︎を押してレビューをいただけると大変幸せます!


 どうかこれからもよろしくお願いします!

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