第七十五話 脱出と別れ
「よもや地べたに寝かされるとはな」
そう言って三人を
「緊急時により許してください!」
「突然のことですいません!」
「不敬罪だけはやめてください!」
三人が口々に謝り許しを乞う。
アーサー王はまだじとりと見続けており、頭を下げた三人は冷や汗を流し始めた。
美人が怒ると怖い。
すると
「ふっ、冗談だ。
状況は理解している。自我が封印されていた間の記憶も残っているからな」
アーサー王は笑ってくしゃりと前髪を乱した。リト達三人は揃って詰めていた息を吐き出した。
「お許しくださりありがとうございます国王陛下……自我が封印されていた時の記憶が残っているんですか?」
一番早く立ち直ったリトが訊ねる。
「そうだ。
ああ、あとアーサーでいい。アカツキとは遠いが血縁だからな。そう堅くなるな」
「「「は!?」」」
アカツキと国王が血縁!?アカツキってつまり王族!?
三人は混乱のの
「そこら辺は後で本人に聞け。で、お前が私の自我を解放してくれた、リト、だったか?」
「はい国王へい」
「アーサー」
「アーサー陛下」
「アーサー」
「あ、アーサー様」
「アーサー」
「あ、あ、アーサーさん……」
「ふむ、それでよしとしようか。
お前達、カティと、エドワードもそう呼べ。年もそう変わらんだろうし、アーサーの名は街中でも私に因んで多い。差し支えなく使えるだろう」
「は、はい」
なんと言うことだろうか。国王をさん付けで呼ぶことになってしまった。
三人は伸びをする国王アーサーその人を前に小さくなって正座していた。
「ああ、久しぶりに伸びやかな気分だ。頭が晴れた。中央貴族のクソどもは……おっと」
アーサーはどうやら根は口が悪いらしい。
「宰相とアカツキの会話も聞いていた。
私は自我無き傀儡のフリを続け、中央貴族の教会派と正常派を振り分ける。そして王族にのみ……私が「留守」だった間は宰相についていた暗部を使い秘密裏に手を入れつつ味方を増やしていこう。
近衛騎士団は使える。教会派が紛れているが近いうちになんとかしよう。
何、大義はこちらにある。
そして南のサルベラカルド、東のイスタルリカにも伝手はある。それを使いこちらも情報も探るが夜の巣が入手しているものも共有したい、とアカツキに伝えておけ。
サルベラカルドの商人に扮して顔の割れていない者を寄越せ。そうだな、合言葉は……」
流石アカツキが聡明と言っただけあって自我が戻って間もないのにサクサク話が進んでいく。
「あの、これおやj、げふん!父を呼び出す転移紙です。
これで呼びだせば夜の巣に登録出来るので……」
カティが恐る恐るルシウスを呼び出す転移紙を渡した。
「ふむ。ノクト家のものか。便利なものもあるものだな。
身の回りには教会派が多い。
だが代々仕えてくれているここの庭師は信頼できる。この庭園に招こう」
アーサーは精緻な紋様と難解な図形でできた紙を受け取るとひらひらとさせながら眺めた。
「で、リトだったか」
「はいっ!」
リトは飛び上がった。
「だからそう堅くなるな」
「そりゃ無理ってもんがありますよ陛……アーサーさん。コイツ未だに俺ら以外の大人組には敬語っすよ?」
カティは早速砕け始めている。流石コミュニケーションの鬼。
「まあいい、改めて礼を言う。私の自我を解放してくれてありがとう」
「い、いえとんでもない。でもアーサーへ……さんの自我が無事に戻ってくれてよかった」
アーサーはリトをじっと見つめるとワシワシと撫でた。
「お前はいい子だな」
なんだか気恥ずかしくてリトは赤くなった。
「さて、お前達の脱出だがこの裏庭を通り抜け突き当たりの茂みの真ん中を押せ。
そうすれば海に突き出た崖に出る。細い道だが伝って王都に戻れるぞ。代々王家にのみ伝えられる秘密口だ。逆に入る時は出口の格子の右から三番目を……」
「俺らの脱出は心配しないでください。あ、だけどそんな秘密の入り口があるんならそこに夜の巣に繋がる紋様を設置させて貰えば……」
「では入り口の仕掛けとそれを組み合わせて……」
すっかり砕けたカティがアーサーと話を詰める。
なんだかすごいことになったぞ。
「あとちょっと背中めくっていいっすか。ここに紋様の写し描いとかないとバレちまうっすよ」
「ああ、頼んだ」
「これ、呪い刻でまれるのと一緒に見える特製インクなんで描く時ちょっとピリッとするっす。その代わり解除薬飲まなきゃ消えないからバレません」
「任せた」
芸達者なカティがアーサーの背中にサラサラと紋様を描き写していく。
「異常なしっすか?」
「ああ。」
「あの、一ついいですか?」
リトがそろりと申し出た。
「なんだ申せ」
「呪いの一つに、肉体への魔力の癒着というものがあってもしもの時のためにそれだけ残していたんです」
「ふむ。それは残しておこう。核が破壊されるデメリットよりメリットの方が高そうだ」
「分かりました。解く時はいつでも呼んでください」
そうする間にエドワードが夜の巣へ帰るための転移紙を広げていた。遠くでアーサーを呼ぶ声がし始めた。三人は慌てて魔法陣に乗る
「ふむ。探しに来たな。行くがよい」
「あの、自我が封印されたフリって……」
とリトが尋ねると瞬時にアーサーは死んだ様な虚ろ目に戻り表情が抜け落ちた。
と思えばすぐにイタズラが成功したような笑顔に戻る。
「案ずるな。腹芸には長けている」
「はい。では失礼します」
リトがそう言うが早いかエドワードが火を着ける。
その時、通信が入った。
『こちら、
教会関連の施設には強力な結界が張ってあり、数人やられました。あとタソガレが……』
「「リト!!」」
聞くが早いかリトは裏の秘密口とやらに駆け出していた。アーサーが目を丸くする中。
カティとエドワードが炎に巻かれて消えた。
ヨルの保護に失敗。教会施設に結界。それにタソガレ……悪い予感が当たった。
茂みの真ん中を押して秘密口を通る。格子を外し、崖へ出て細い細い道を駆け抜ける。
ヨル、ヨル、ヨル!どうか無事で……。
幸いにもカティの結界の効果はまだ続いている。飛ぶように走り抜けるリトの姿は誰も捉えていない。
王都の撹乱もまだ続いている。
やがて王宮から離れた通りの教会とその横の孤児院が見えてくる。屋根から魔力探知と目視で探るがタソガレの気配は、ない。
だがどこかに潜んでいることは確かだ。
でもそれより胸騒ぎがした。
孤児院の皆は外に出て恐る恐る何もない空間に手を当てたり泣く子を大きな子が慰めたりしている。
「ヨル!」
リトは屋根から飛び降りた。その僅かな衝撃でカティの結界が割れる。だが構わず孤児院へ駆け寄った。
「ひっ」
「アカツキの一味!?」
「でも盗賊に襲われた時」
大人達がリトの姿に口々に騒ぐ。
そんなことより……ああ、みんな……!
リトは教会に張られた結界の事も忘れて飛び込んだ。
「リト!いけませ……」
「うあっ!」
バシィッ!
ヨルが止める間も無く突っ込んだリトが触れた箇所に白い閃光が迸り、激しい衝撃が体を駆け抜け吹き飛ばされた。
「きゃあ!」
「シスター!」
「こわいよお。うわあーん」
小さな子供達が口々に叫ぶ。
「リト!」
ヨルが結界の境界らしき所まで走り寄り、手を突いた。
ヨルも、子供達も、顔見知りのシスター達も、みんな……
リトは痛みを圧してもう一度、結界ギリギリまで走り寄った。
「ヨル、みんなを連れて離れるんだ!結界を破壊する!」
「無茶ですリト!もう他の方が試しました。それに今の衝撃で……リトの体が!」
確かにかなり激しい衝撃だった。体がバラバラになるかと思った。
その時、目尻と鼻から生暖かいものが伝った。
拭うとそれは血だった。
そのまま血が流れ続けぼたぼたと地面に落ちる。口からも込み上げてきて血を吐いた。
「リト!私達は大丈夫ですから!」
「何が大丈夫だ!」
リトは目一杯魔力を込めて足元の結界にエネルギー弾を何発も打ち込んだ。
「リト!」
「だって皆……!!!」
その首に、手首に黒い痣の様な紋様が出ている。
あれはオルガがかけられていたものと同じだ。
魔力の封印、服従、教会関連の敷地から出たら死ぬ呪い。
それが結界の内側にいる全員に浮き出ていた。
一体誰が、いつ、こんな事を!?
呪いは意識が無ければ掛けられないのに。
それにこの結界。どうなってるんだ。
渾身の魔力を込めた魔銃のエネルギー弾が眩く光っては吸い込まれていく。
「呪いを解かなきゃ!離れるんだ!
いざ顕るは地を焼く業火の力!紡ぐ言葉にて導き滅さん!結界をぶち壊せ!
灼熱の業火!!!」
「リト!やめて!!!」
リトが最後の一節を唱えると同時にヨルが叫んだ。
「うぐっ!?ゲボっ」
詠唱をした洒落にならない威力の魔法までも結界は吸い込み、同時にリトの体に先程よりもずっと激しい衝撃が疾る。全身がバラバラになりそうな痛みに襲われると同時に口から大量の血を吐いた。口から内臓が出るかと思った。
「もう、一、度」
「リト、リト!!もう止めてください!髪色もそのままなのに……!早く逃げて!」
ヨルが中から結界を叩きながら叫ぶ。
「ま、だ、出ちゃ、ダメだ……。ゴホッ、呪い、を解かない、と」
これを施した奴の狙いはなんなんだ。
「この結界はおそらく魔力に反応してその衝撃を術者に跳ね返します。
先程の方々もそれで……!」
「ならこれで……!!!」
リトは魔銃に魔法を込め、物理エネルギーとして打ち出した。
「きゃっ」
物理魔法攻撃は結界をすり抜けてヨルの足元に当たったた。
これじゃダメだ。
リトの膝が折れる。ゴボリと血が口から吐き出された。
「クソっ!!!」
リトは血塗れになった地面を拳で殴りつけた。
「リト、リト、リト……!!!私たちは大丈夫ですから!どうかお願い!もう逃げてください!」
何か方法はないか。結界に
その時、頭上に気配を察知して横に転がった。
黒い大剣が地面を叩き割った。
パンパンパンと乾いた拍手が響き渡る。
「いやぁ〜泣かせるよなぁ。コイビト救う為にボロボロになって命を賭ける。いいもん見せてもらったぜ」
「お前が……!!!ゲホッ、ゲボッ」
血が地面にバタバタと落ちる。
ヨル達も売ったのか。
そんな気持ちを込めてリトはゆらりと立ち上がり、ヘラヘラ笑うタソガレを睨みつけた。
「そりゃぁ当たり前だろ。あっちに付いたんだ。有益な情報は流さなきゃな」
「何の為に……」
「俺の欲望を満たすため」
タソガレがニィと笑う。魔力が巻き上がりリトの髪が逆立った。
「そんな事の為に……!お前は……あんな、小さな子達にまで!!!」
リトは怒りに任せて発砲した。タソガレはそれを易々とステップで避け、あるいは大剣で弾いてリトに急接近した。
リトは切り上げられた刃を仰け反って躱し、宙返りしながら弾幕を張った。タソガレはそれらを躱しながら追ってくる。
「アイスバーン!」
詠唱し、足場を残して周囲一帯を凍らせ。。
タソガレの足も氷で固まった。続け様に幾つもの雷弾を放つ。
「クック、いいねぇ」
タソガレは大剣で足元の氷を砕きその衝撃を使って氷の上を滑る。そしてするりと孤児院の結界を抜けて中に入った。
「なっ!?」
「俺は「登録」されてるからな」
「来ないで!」
「きゃあっ」
「うわぁーん」
タソガレは周囲にいた子供と、それを庇ったヨルを抱き
思わずリトの動きが止まった。結界に入れないリトは何もできない。
「おい!そこ!なにをしている!」
「例の白髪だ!逃すな!」
騎士か衛兵かが駆けつけてくる。
「逃げるなよ。こいつらの首が落とされたくなきゃぁな」
そういう算段か。
リトがじり、と足を下げるとタソガレがヨル達の喉に大剣を食い込ませた。
「わぁーん痛いよー!」
「怖いよお!ヨルお姉ちゃん助けてえ!」
「みんな、大丈夫!
リト!逃げてください!どうせこの人は私たちを殺せません」
ヨルが必死に叫んだ。
「お、いいとこに気づくな嬢ちゃん。だが痛めつけることはいくらでも出来るんだぜ?」
そう言ってタソガレが刃を滑らせる。子供達の悲鳴が上がり薄皮が切れて血が滲む。
「っ!」
リトは動けなかった。
体の限界と、子供達と、ヨルの安全。状況を打破できる答えが見つからない。耳鳴りがする。
その時大砲のような音が響き渡った。
青白いエネルギー波が結界に当たり眩い光と共に吸い込まれる。
「ダメか。引くぞ」
アカツキが横に着地し、ひょい、とリトを抱え上げた。
「でもヨル達全員に呪いが!!!」
「その情報も掴んでいる。王宮地下施設である情報を入手した。
ヨル達は大丈夫だ。あれは俺達への牽制でしかない」
アカツキはそうリトに囁いた。
「まぁたお前かよ!」
「っ!」
「いたぁい!」
「えーん!」
タソガレがヨルと子供達を捨て、駆けて来る。
アカツキが牽制に周囲一帯に威力満載の高密度エネルギー波を放つ。その強大な波動に思わずタソガレも、衛兵達も足が止まる。
いつの間に用意していたのかアカツキが転移紙に火を付けた。
「ヨル!」
「リト!」
互いに届かない手を伸ばす。
次の瞬間、リトとアカツキは炎に巻かれてその場から消え失せた。
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