第七十四話 アーサー・フォン・ウィクスタリア

 階段を登った先にはタソガレや騎士達が待ち構えているだろう。何分狭い入り口だ。待ち伏せには打って付け。



 という訳でアカツキが地上に辿り着く前に魔砲で入り口周辺ごと吹き飛ばした。



 多少瓦礫で埋まるが救出班とナイトなら上手くやるだろう。



 アカツキが飛び出すと同時に身を屈める。その頭上すれすれを黒い大剣が通り過ぎていった。



「ほんっと嫌になるぜお前」



 タソガレがそう呟きアカツキに切り掛かった。アカツキはそれを魔砲で流し、振り回してタソガレの急所を狙う。



 こちらもうかうかしていられない。



 リトは魔銃を連射し、氷結弾で足元を凍らせる。動きを止めた端から騎士や魔法使いらの武器を時に持つその手ごと威力過剰なエネルギー弾で破壊した。

 コニーはボウガンと飛びナイフを使い魔法使い達の喉を狙う。エドガーは道を切り開くように戦斧を振るい、床にいくつもの亀裂を入れながら救出班のいる場所へ無事辿り着いた。


 地下からリト達を追って来た騎士や魔法使いが新たに加わる。


 エドガーが密かに情報を伝え終えたようで救出班は少し場所を移動した。


 迫り来る騎士達にエドガーは一回転して斧を振り回した。

 彼の前では盾も紙切れ同然。ひしゃげ、あるいはぱっくりと割れ、確実に騎士達にダメージを与える。



「ウィンド、ウォーター」



 リトは立て続けに呪文を唱えアカツキ含めた皆を風の壁で覆い、救出班が範囲外に出たことを確認すると仕上げの一言を唱えた。



「エレクトロ!」



 風の壁の外、水の上。空間一帯をまばゆい雷電が埋め尽くした。


 アカツキと密接し斬り合うタソガレを残して敵がほぼ全て行動不能となった。壁を消す。



「杖もなしでこの威力。私達魔法使いも型なしね。羨ましいわ」



 それをみたカナリアがため息混じりに呟いた。リトは雷弾を放ち、アカツキに加勢した。


 バタバタと足音が響き謁見の間に騎士が雪崩込んでくる。アカツキ含めた一行を目にし、



「『朝焼けの亡霊』一味だ!施設を守れ!

 例の白髪もいる、捕えろ!」



 中央貴族の一人のらしき身なりの良い男がアカツキの二つ名を叫び、事情を知っているであろう騎士や魔法使いがなだれ込んでくる。


 コリーがボウガンで男を狙うが魔法使いのシールドで防がれる。



「全てを貫き直撃せよ!雷光の槍撃!」



 カナリアがすかさず杖を振りながら雷の槍を放った。

 杖と詠唱で威力を何十倍にも増した雷槍が魔法使い達が厳重に張っていたシールドを突き抜け中央貴族に直撃する。



「——様!」


「お気を確かに!」


「医者を呼べ!」



 魔法士団が黒焦げになった男に気を取られ、口々に名を呼んでいる間に間合いに入ったガイデンが呪文を唱え刃の付いたナックルを振るう。



「ウィンドカッター!ふんっ!」



 風の刃を纏ったナックルは切れ味抜群で魔法使い達の体を易々と切り裂く。



「お、お前達はイスタルリカの……!?」


「まさかアカツキの一味と繋がっていたのか!?」


まずい、始末しろ!!!」



 騎士や魔法使いから声が上がりカナリアとガイデンに意識が向く。



「後ろがお留守だぞ!」



 そこをエドガーが叩く。大きく戦斧を振るい壁ごと扉を瓦礫へ変える。謁見の間に続々と騎士や魔法使いが集まって来る。


 そこにタソガレとやり合っていたアカツキが押されているように滑り込んできた。



 後からやってきた者達が設備の防衛と戦闘どちらに加勢すべきか迷っていると



「こいつ等の強さは異常だ!

 イスタルリカの者もいる!放っておけば拙い!加勢しろ!」



 騎士団長の一人らしき人物が声を上げて指揮する。光の屈折を使って変装したレーゼンだ。



 声まで変えている。本当に多才だ。



 地下から現れた追っ手と新たに合流した騎士、魔法使い達との乱戦が始まる。

 流石腐っても王国騎士、魔法士団。気を抜けばあっという間に戦況が崩れそうだ。

 それでもカナリアの精密な雷撃を食らわせば一気に方がつくし、リトも魔銃を撃てば武器の殆どは意味をなさなくなる。

 しかし同士討ちを嫌って使えないフリをする。



「エドワード国王陛下は今どこに?」


『南の塔に入れられていたから爆破して移動させた。こっちの侍従と宰相が上手く手引きして護衛と逸れさせている。

 今はひとりで南西の裏庭だ』


「分かった」



 リトがエドワードに確認すると同時にエドガーが斧を振るって道を切り開き、一行はそちらへ駆け抜けた。






 ボウガン、魔銃、魔法で牽制けんせいしながら駆け抜ける。謁見の間から付かず離れずギリギリのラインを保ったまま国王の近くへ。でもタソガレには気づかれぬよう。


 タソガレとアカツキの周辺は戦闘が激しすぎて今やぽっかり空間が空いている。教会派達はタソガレに加勢することは出来ないと判断しこちらへ集中的に攻めてきた。


 アカツキは上手くタソガレを誘導し、魔砲を放ち騎士や魔法使いを始末しながら一緒に移動する。



 その時



『ぅオラオラオラオラァ手応えのある奴は居ねえのかアアアアアアアアア』


『あーもーうっせえなあ。俺は行くぞ』



 壁の向こうからリトの鋭い耳がとナイトの声を拾った。

 彼の雄叫びはその場にいた全員にも聞こえたようで不審そうに辺りを見回す。


 と、壁にヒビが入りドゴォンッと吹き飛んだ。近くにいた騎士が巻き込まれ瓦礫に埋まる。


 土煙りの中一瞬影がちらつきしばししてもう一つ巨大な影がゆらりと立ち上がった。



 先程過った影はナイトだろう。これで救出班の勝率も上がる。



「ウオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーッッッ!!!!!」



 土煙りが晴れ背丈二メートルは優に超える筋骨隆々の男が長い雄叫びを上げた。



 鼓膜が破れそうだ。



 空気がビリビリと振動し、騎士達も、初めて彼を目にするカナリア、ガイデンも固まっている。リトは二人の背を叩いて意識を取り戻させた。



「ま、まさか……」


「死んだんじゃなかったのか!?」


「『怒れる大獅子』……」



 ボウボウのエメラルドブロンドの彼、ことダイダラの二つ名を呟き、騎士と新たに駆けつけた中央貴族達の顔色が絶望に染まる。


 ダイダラはナイトと同格、夜の巣創設前からのメンバーだ。

 一度スイッチの入った彼は血のたかぶる戦いこそが生き甲斐がいと言わんばかりの戦闘狂になり果て、立ちはだかる敵は皆血祭りにあげることで有名だ。


 昔、とある戦いで右腕、左足、内臓を幾つかと左目を失うという大怪我をし生死を彷徨ったそうだがアダンマイトとオリハルコン合金製の義手義足になってからというもの頑丈なのを良いこと以前より更に大暴れするようになったらしい。


 普段はノーゼンブルグの街の外にある通信塔を一人で守り、日々徘徊はいかいして戦い相手を探し回っている。


 スイッチの入った彼をコントロールできるのはアカツキ他、ほんの数人しかいない。



「敵はドコダアアアアアーーー!!!」


「ここだ」



 叫ぶダイダラにアカツキはタソガレを指差した。



「ヌゥンっ!!!」



 瞬時に移動してタソガレに殴りかかる。タソガレはあわやという所でダイダラの拳を避けた。ナックルの嵌った拳が床を打ち轟音と共にひび割れる。



「ちょっおまっ……これはずりぃだろ!!!」



 流石のタソガレもこれには顔を引きらせ、アカツキを非難した。



「お前が言うな」



 アカツキは平然として言い返し、辺りを魔砲のエネルギー波で薙ぎ払った。

 次々と襲う振動とアカツキの魔砲によって瓦礫が積み上がり騎士や中央貴族を分断する。


 そしてついに死角ができた。アカツキが囁く。



「リト、行け」



 リトは頷きカティに駆け寄った。


 カティがチョークで線を引きリトの姿も隠す。そして二人で南西の裏庭に向けて駆け出した。






 城の中は騒然としていた。


 当たり前だ。

 城のそこかしこが爆発したかと思いきや大勢の騎士や魔法士団が一斉に持ち場を離れひと所に向かってしまったのだから。

 残っているのは安全を取った中央貴族達とそれを守る騎士達、そして教会には関係ないであろうメイドや執事、従僕、近衛兵らの国王派だ。彼らは逃げ惑い、あるいは国王を探し、駆け回っていた。



 関係の無い彼らには申し訳なく思う。


 敵味方の判別がハッキリ出来ない今はまだ協力を仰げない。


 しかしこれは彼らの大切な国王を取り戻すための行動でもある。


 だからといって「許せ」とは言わない。言えない。


 これだけの大事を起こしたのだ。できる限り被害は抑えた筈だが怪我人も出ただろう。


 敵対する教会派といえ自分たちは大勢の騎士や魔法使い、中央貴族達の命を奪い、王城を破壊し回りいよいよ本格的な犯罪者となった。



 そのことがリトの胸に重くのしかかる。



 ——覚悟はしてきた筈だろう——



 アカツキの言葉が脳裏を過り、リトは頭を振って意識を切り替えた。



 今はとにかく国王の元へ辿り着き、彼の呪いを解く。

 そのための作戦だ。これを果たさずして何の為の犠牲か。



「こっちだ」



 エドワードが合流し、カティが結界を再び描く。南へ続く誰もいない廊下の割れた窓から三人で飛び出した。


 音もなく着地し裏庭に向かう。エドワードの話では宰相の誘導で他の者達は東へ向かったらしい。


 綺麗に手入れされた芝生と背の高い茂み。花壇には色とりどりの花。


 薔薇のつるむアーチの向こう側にちらりとプラチナブロンドの長い三つ編みが消えていった。背の高い茂みはまるで迷路のようだが魔力感知で補足し真っ直ぐ彼を追う。


 追いつき結界を一度解く。リトは駆けて彼の前に回り込んだ。


 虚ろだが鮮やかな、青い瞳がゆっくりとリトを認める。


 リトは深呼吸して彼に呼びかけた。



「アーサー・フォン・ウィクスタリア陛下」






 ウィクスの国王その人がゆっくりと瞬きをする。



「なんだ」



 恐ろしい程整っているが表情の抜け落ちた顔で国王が鷹揚おうように応える。


 リトは後ろ手で懐中時計型の魔道具を二回振った。


 国王の瞳に見せかけの光が宿り、表情が引き締まる。


 この魔道具は国王が必要な場面で不自然に見えぬよう、操る際に使用するもので先程エドワードが宰相から借りてきたらしい。


 中央貴族らはこれを使うことによって国民に疑問を持たせる事なく、国王を傀儡として動かしていたとか。


 リトは魔道具を三回振った。



「どうぞこちらへ、お掛けください。謁見の準備を始めます。そのまま少々お待ちください」


「ああ、分かった。世話を掛ける」



 リトが茂みの片隅の何もない地面を示すと言動だけはまともに見えるウィクスの国王が素直に地面に座った。



 国王を地べたに座らせるなど恐れ多い。


 仕方のないことといえ後から不敬罪に問われないだろうかとドキドキしながらカティに合図するとエドワードとウィクス王を含む四人の周りにチョークで結界を張り姿を消した。


 国王はそれに反応せず大人しく座っている。


 リトは大きくと深呼吸し、アーサー・フォン・ウィクスタリア国王その人の頭に手を添え潜った。



 国王に埋め込まれた呪いの核は複雑な形をしていた。

 様々な術式が刻み込まれた幾つもの核が糸で繋がるように癒着している。

 そう、かつてルナが掛けられていた不老不死の呪いのように。


 不老不死の失敗作として生み出されたルナは三十年以上生きている。まだ先代国王の時代だ。

 それに先程リト達が突入した施設にいた。先王と現王共に応用で使用されていても不思議ではない。


 術式を読み取ろうとして意識が止まる。



 またこの文字だ……。



 魔王が呪いに使った反転文字。何故、どうしてこの文字が使われているのか。


 呪いの術式が読めるのは掛けた本人である魔王と魔王をも超える魔力を持つリトだけの筈だ。

 魔王の呪い、ルナの呪い、ジルの呪い……そのどれもに反転文字が使われていた事を知る者もリトと、アカツキや夜の巣の数人と限られている。



 教会には魔王と直に関係する何かがある。

 それも核心に迫る何かが。



 リトはふるふると頭を振ってその考えを取り敢えず隅に追いやった。



 目を開き王を見る。エドワードとそう歳の変わらない若い王。彼を救うことが今の使命だ。



 しっかりしろ。


 と自分を叱咤しったする。



 再び目を閉じ集中。呪いの核を薄く伸ばすように変形させ読み解く。


「魔力と精神の断絶」、「肉体と魔力の癒着」、「精神の封印」、「一定の魔力周波との接合及び同調」


 読み解いた術式は見たこともない魔法理論のものだった。



 断絶って何だ!?魔力と精神?肉体と魔力の癒着!?



 不穏な言葉に困惑する。

 しばし考えている内に、リトは魔力と精神について祖父が書き記していたとある文献の端にあったメモを思い出した。



 ——魂とは魔力と精神の融合体である。

 魂と肉体は互いに影響を与え合い、治癒魔法は術者の精神を対象へ繋ぎ、魂の形を戻すことによって体の修復を行うものだとアダムは言うておる。

 謎と神秘に満ちた治癒魔法は精神を強靭に鍛え、修行を終えた者にのみ教皇より『神の加護の魔法』として与えられるらしい。

 わしは俗世に塗れておるゆえ無理だと言われた。実に失礼で残念な話じゃ。

 魔力とはエネルギーの塊で体中の細胞より生み出されるものじゃ。

 死とは肉体の死であり、細胞が停止する事によって魔力の供給が自然と無くなり、訪れるものなのは広く知られておる。

 じゃがしかしアダムが言うには死してなお精神は肉体と繋がったまま。それを分断するための魂葬の儀の魔法なんじゃと——




 魔法理論を学ぶ際、何度も読んだその本の片隅に書かれた祖父の走り書き。

 すっかり暗記したその内容が脳裏に閃き、この年若き王にかけられた呪いの実態を推測する。



「魔力と精神の分断」。つまり今国王は魂が分断された状態にある……?


 そして「精神の封印」これは記憶消去の魔法陣で見た。あれは安全装置だった。精神を封印することで保護していた?

 だけど今回の場合、封印されたことによって自我がなくなっている……?


 魂葬の儀で肉体と精神が分断される……それの応用かな。だけどこの人は生きている……そうか、だから「肉体と魔力の癒着」なんだ。ということは普通なら精神が魔力と体を繋いでいる!


「一定の魔力周波との接合及び同調は」はこの魔道具でこの人を操るためのものだから……



 考えをまとめたリトはもう一度深呼吸した。



 解く順番が鍵だ。



 接合同調の術式は普通の魔法理論から対となるものを組み立て新しく刻み込む。



 術式が解けるように消えた。よし。


 次は魔力と精神の断絶……封印されていても繋がるだろうか。だが先に封印を解くと精神が離れてしまう可能性がある。魔力と体の癒着だけは一番最後に残しとかなきゃいけない…………






 体感で長い時間が過ぎた。現実だとどれくらい時間がかかっただろう。


 この人の呪いは……



 リトは緊張に震える手をそっと離し目を開けた。

 すると今まで大人しく座っていた王が崩れ落ちた。慌てて支え、地面に横たえる。



「解けたか?」



 カティが切迫詰まったように聞いてくる。リトは頷いた。



「呪いは解いた。時間は?」


「三十分くらいだ。そろそろ俺たちも脱出しないとヤバいぞ。

 あっちはついさっきソフィとパメラの救出が済んで先に脱出した。怪我はしてるが命に別状はないだと」



 エドワードの答えにリトは胸を撫で下ろした。



「で、こっちはどうして倒れたんだ!?ルナん時みたいに一ヶ月も眠るとかヤバいぞ」


「魔力と精神が断絶、封印されてたんだ。見た事もない術式……だけど治癒魔法の応用で魔力と肉体の癒着で生かしていたんだと思う。

 相殺して核は確かに消えたんだけど……」



 念のため体と魔力の癒着の呪いは残してある。


 そのため命を落とすことは、ない。


 だが精神というものがどう繋がるのか分からない。だから国王の自我が戻るかどうかは……



「よもや地べたに寝かされるとはな」



 聞き慣れない声に三人が飛び上がる。


 振り向くと、地面からゆっくり身を起こしたアーサー・フォン・ウィクスタリアその人が切れ長の青い瞳でじろりと三人を睨んだ。

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