第四十三話 魔法のレッスンII

「ちょっと休憩にしようよ〜」



 エルはそう言って木によじ登った。

 大きく張り出した枝に落ち着くと、リトも引っ張り上げてくれた。


 二人で枝に腰掛け、水筒を開ける。エルは更にポーチから大きな飴玉を取り出してリトに渡してきた。



「ありがとうございます」


「いえいえ〜。僕はねぇよく頭使うから甘いものを定期的に摂取しなきゃなんだぁ。

 だからよく持ち歩いてるの」



 エルは大きな飴を口に放り込むとコロコロ転がしながら言った。リトも飴を頬張ると少し大きくて何も喋れなくなった。



「あははレノくんにはちょっと大きかったかぁ。君は可愛いねぇ」



 とリトの頭を優しく撫でた。リトはちょっと恥ずかしかったが、悪い気分ではなかった。

 飴は爽やかな柑橘系の味がした。



「メルにも大きかったんだよぉ。あの子は最初から噛み砕いてたんだぁ。

 まぁそれも可愛いんだけどね。あ、雷光の槍撃」



 エルが喋りながら流れるように唱えた。雷光が駆け抜ける。


 リトが驚いて見ると十数メートル程先の藪を押しつぶすように巨大な熊の魔物が倒れた。



 どうしてろくに見えもしないのに分かったんだろう。



 リトが驚いて目を剥くと



「ハニバルベアだねぇ。

 僕はね、探索とかの任務に出る時は魔力感知を二十メートルくらい広げてるんだぁ。

 普段は疲れるからしないんだけどね。便利だよぉ。魔法使いはみんなできるんだけどね。

 いずれレノくんにも教えるからねぇ」



 とにこやかに話した。



 だからグラトルシャドウにもいち早く気がついていたのか。



「実は僕、こうしてちゃんと弟子を取るのは初めてなんだよぉ。

 だからレノ……リトくんは僕の初弟子ってことだねぇ。僕の出来ることぜぇんぶ教えてあげたいなぁ」



 そういってまたリトの頭を撫でる。そんな風に思ってくれてたなんてリトは嬉しかった。



 歳の離れた兄ってこんな感じなんだろうか。



 リトは飴を何とか頬に押しやって



「エル、ありがとうございます。頑張ります」



 と大きくにっこりと笑った。エルはうんうんと頷いていたが堪えきれなくなった様に吹き出した。



「ふっくく……ごめんねぇ……その顔すっごく幸せそうなリスみたいで……」



 そう言われてリトは初めて自分の顔の形が変わるほど大きな飴を頬張っている事を思い出した。






 休憩を終えた後、エルは探索で三匹のハニバルベアとストームウルフを倒した。倒した魔物はその場で燃やした。



「それじゃぁレッスンその三は魔力の練り方についてだよぉ。手ぇ繋ご」



 と左手を出してきた。リトは少し照れながらその手を握った。



「レノくんは魔力感知を使って「潜る」事はできるんだっけ?」



 潜るとは人の体に魔力を巡らせて、様々な情報を読み取ることだ。


 リトは頷いた。



「じゃぁ今から僕が魔法を使うから、潜ってどういうふうに魔力を練っているのか読み取ってねぇ。

 先にこれをしなかったのはわざとなんだ。君がどの程度魔力を練ることが出来るか見たかったから。ごめんねぇ」



 リトはまた頷いた。エルが詠唱を始める。



「地を焼く炎よ、我が手に出でて……」



 リトは繋いだ手に集中して魔力をエルの体に巡らせた。


 魔力感知で見る世界は暖かな闇だ。その中に魔力の明かり感じる。


 そう思えばグラトルシャドウの体内と少し似ているかもしれない。


 エルの体内に満ちる魔力が少しづつ右手のひらへ向かって集まっていく。


 最初の一言で魔力の質が変化していく。徐々に魔力の光が紡がれて色を変え、炎の様に燃え上がった。



「宙に留まれ。収縮し、燃え上がらん。」



 流れていた魔力の一部から切り取られるようにして炎がくるりと丸まった。

 余分な魔力を削るようにして、小さくなっる。体内の魔力から僅かな光が集まり、小さな文字列に変化して炎の周りに螺旋を描いた。



「ファイアーボール」



 最後の一言で炎の玉は一瞬輝きを増して手のひらから押し出されるようにして消えていった。


 目を開ける。エルの手のひらの上で小さな炎がふよふよと浮いていた。



「どうだった?」



 エルがにこにこして聞いてくる。リトは今見たことをエルに伝えると一言付け加えた。



「思ったより……工程が多かったです。」


「あはは一回でそこまで見れたら上出来だよぉ〜。レノくんは優秀だねぇ。」



 とリトの頭を撫でる。リトはにっこりした。



「この魔力の構築の一連の流れはそれぞれの属性の魔法理論を学んで身につけることによってできる様になる。

 ちょっと齧れば誰でもできるようになることではあるけど、僕ら魔法使いは少ない力でより大きな力を。少ない言葉でより細かなコントロールを引き出せるようにした言わばエキスパートなんだよぉ。

 君も魔法は使えなくても魔法理論の勉強はしてたんでしょう?魔力の構築がきちんとできてたもん」



 エルはリトと繋いだ手をぶんぶんと振った。


 リトは祖父に魔法を習う前、幼い頃からそれらの本をよく読んでいた。

 魔法の使用禁止令が出てからも勉強はコツコツと欠かさなかったのだ。


 だからどの属性の魔法も理論上では使えるはずだった。暴発するから使うことはなかったけど。



「最後に使った文字列はねぇ、今回は「宙に留まれ」と「小さく纏まり」と「燃え上がれ」っていう三つの命令式なんだよぉ。

 レノくんの場合はここにもう少し、範囲とか、攻撃後どうなるかまで呪文に組み入れたらいいかもねぇ。

 あとはぁ、余分な魔力を削る工程は意識してやったら違うかも」



 エルは先程の大爆発の反省点を分かり易く纏めてくれた。



「十四時の方向十メートル先に反応ありぃ。行ってみよ〜」



 リトとエルはそちらの方へ歩き出した。

 エルがポーチからスルスルと杖を取り出す。そうして二人は三度みたび影に飲み込まれた。






「ルクス」



 エルが光球を浮かべる。



「レッスンその四〜。今おさらいしたことを踏まえてファイアーボールをもう一回。

 慣れるまでは自分に潜って魔力の流れを見ながらやってみよぉ〜」



 リトは頷くと両手を前に構えた。



 エルが魔法でガーディアンの攻撃を防いでいく。リトは目を閉じて自分の体内に意識を集中させた。

 落ち着いてゆっくりと呪文を唱えていく。



「地を焼く炎よ我が手より出て……



 魔力が両手に流れ込み、徐々に色が変化する。



「収縮せよ……」



 グッと集中して魔力を削っていく。



 どこまで削ればいいんだろう。



 「空を切って核へ飛び、四方一メートルを焼き尽くし、消滅せよ」



 魔力が紡がれ、文字列へ変わっていく。



 あれ?なんだか文字の大きさにムラがあるな……



「ファイアーボール!」


「嵐絶堅牢壁!」



 リトの声に被せてエルが叫んだ。二人して飛び伏せる。再び炎と衝撃、轟音に包まれた。


 グラトルシャドウは空間ごと消滅し、気がつくと二人は森に転がっていた。



「ケホッ……才能……無いんですかね……」



 リトが萎れて呟くとエルは爆笑した。



「あっはっはっはっはっは何言ってんのさぁ。一回でできるようになったら誰も苦労しないよぉ〜」



 エルは立ち上がって服を払うとリトを立たせた。



「それに、規模が大きすぎて気付いてないのかも知れないけど、前回より爆発も衝撃も小さくなってるんだよぉ」



 リトは目を丸くした。



「確実に成長してるよぉ〜。それも尋常じゃない速さで。

 一回でこんなに違いが出るなんて凄いよぉ」



 そう言ってエルはふにゃりと笑った。






 二人は木の上で昼食を取ることにした。グラトルシャドウは直接地に根付く物は飲み込めないそうだ。


 リトが食べるのは砕いた大豆、ちょっと多めのドライフルーツ、麦、玄米、ナッツを少々などをオーブンで焼き、小麦粉に砂糖、蜂蜜と共に投入して、ミルクで練って、棒状にまとめて、また焼いたコルナという携帯食である。


 腹持ちが良く、手軽に栄養とエネルギーが取れる冒険者の友なのだ。リトのこれは夜の巣の厨房を仕切るノーマンお手製のものだった。


 コルナを頬張り、枝に腰掛け、長い足をぶらぶらさせながらエルが言う。



「レノくんのコルナは随分味がいいね。何か隠し味でも入ってるのかなぁ?」


「シナモンと、溶かしたチョコレートが入ってるそうです。」



 リトとエルはお互いのコルナを一本ずつ交換していた。



「エルのは何だか変わった風味がしますね」


「あははそれはココルの実と、デゴナとか薬草がてんこ盛り入ってるせいだと思うよぉ」



 リトは目を見張った。


 ココルの実は滋養強壮、目に効く。デゴナは体を温め、消化吸収を助ける。そして体から出る老廃物を除去する薬草でもある。


 コルナは店でも売ってあるが、簡単に作れるので自作する人も少なくない。だがそんなに薬草を入れている人は初めてみた。



「メルが「トイレになるべく行きたくないから」って言うからさぁ。あ、食事中にごめんね」



 リトはそんなに気にしてないので首を振った。

 エルは「そう?」と言うとコルナの最後の一欠片を口に放り込んだ。



「うちの騎士団はねぇ三部隊に分かれて行動してるんだ。

 平時は三日任務で二日訓練、二日休みのサイクルで動くんだよぉ」



 そう言いながらポーチから板チョコを取り出すと半分に割ってリトに渡してきた。



 だからリストに載っていたはずの人が見当たらなかったのか。



「ありがとうございます。訓練って何をするんですか?」



 リトが板チョコを頬張って問うと



「んー。基本的な走り込みや、基本武器である剣の素振り、打ち合い……後はそれぞれの得意武器での試合と、各自その結果の反省練習かなぁ」



 とエルも板チョコを頬張って答えた。



「エルの得意武器での試合ってやっぱり魔法ですか?」


「そうだねぇ。でも僕は試合の時は練兵場の隅で研究してることが多いよぉ。

 試合形式はちょっと僕に有利すぎるからね」



 リトは練兵場に不自然な机が置いてあったことを思い出した。



「さぁて、そろそろ行こうか」



 エルはチョコレートを飲み込むと枝から飛び降りた。リトも最後の一口を頬張って後に続いた。






「ちょ……ちょっと!一体全体何してたの!?」



 夕方近くになり、門の近くで集合するとメルが金切声を上げた。他の団員も目を丸くしている。



「いやぁ……ちょぉっと頑張りすぎちゃってぇ……」



 エルとリトはボロッボロだった。あの後、エルは「加減を覚えるには練習あるのみぃ〜!」と言って会敵したグラトルシャドウを全てリトに倒させた。ただのファイアーボールで。


 五、六匹のグラトルシャドウとの対戦の結果、リトもエルも服が所々焦げ、顔は煤けて、頭は嵐に見舞われた上に濡れそぼっているような状態になっていた。尚、濡れたのは一度服と髪に炎が燃え移り、エルが大量の水で消火したからだ。



「核回収するぞー」



 ヤツラギが団員から核を集めて回る。エルとリトが提出できたのは最初の一匹分だけだった。



「嘘だろ?サボってたんじゃないよな?」



 ヤツラギが怪訝な顔をする。リトとエルは顔を見合わせた。


 様々な用途に有効に活用されるため、回収するようにと言われていた核は、リトが悉く空間ごと消滅させてしまったのだ。



「微塵もサボってないですよぉ」


「全力で取り組みました」



 エルとリトは声を揃えて言った。



「じゃあなんだ。会敵しなかったとでも言うのか?」



 ヤツラギが怒りを通り越して呆れた顔で聞く。



「いつもよりは少ないけど五匹くらいとやり合いましたよぉ」


「核は僕が全て消滅させました。跡形もなく。すいませんでした」


「「僕らは至って真面目にやりました」ヨイヤミに頼まれた事をやってたんですよぉ。だから団長ぉ怒らないでくださぁい」



 リトが萎れて、エルが懇願するように声を揃えて言う。


 ヤツラギは天を仰いで目を覆った。

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