第四十二話 魔法のレッスン

「グラトルシャドウは最近見つかった新しい魔物なんだよ~」



 エルが説明する。



 通りで聞き覚えが無かったのか。



 世界を旅した祖父から各地の魔物についても聞いていたためリトは魔物に結構詳しい方なのだ。



「グラトルシャドウは特殊な結界を使う魔物でねぇ、体内に飲み込まれるまでこちらから攻撃する術がないんだ。」



 歩きながらエルが説明を補足していく。



「体内に入ると明かりは核の光だけで暗い。その中で僕らは戦うことになるんだ。

 ガーディアンとねぇ。」



 エルはズレた丸メガネを中指で直した。



「ガーディアンって言うのはね、僕ら自身だよぉ」


「えっ?」



 リトは思わず聞き返した。



「あははびっくりしたぁ?

 厳密に言うと僕らのドッペルゲンガーみたいなものと戦うことになるんだよぉ。

 飲み込まれる時に結界を通して魔力や武装を読み取られるんだ。それを体内で再現してくる。

 まぁ君程魔力が高いと反映は無理かもしれないけどねぇ」



 エルはふにゃふにゃと笑って続ける。



「だけどね問題はそこじゃぁない。

 グラトルシャドーはねぇ学習してるんだよぉ。倒される度に僕らの技術や攻撃を学んで真似してくる。

 騎士団はねどこかにねブレーンとなる本体がいるんじゃないかと睨んでるんだぁ。それを探してるんだよ〜」



 エルののんびりした声とは裏腹に事態は深刻そうだ。



「そんなわけで求められるのは一・撃・必・殺。

 こちらの手をなるべく読ませず殺すこと。

 どぅ?かっこいいでしょぉ?」



 エルがコテンと首を傾げた。



 かっこいいかどうかは置いとくとして、難易度が高い。自分にできるだろうか。



 リトが不安を感じているとエルはにっこりした。



「だぁいじょうぶだってぇ。なんの為に僕が君に付いてるか知ってるぅ?」



 リトは戸惑った。



 エルが一番面倒見がいいからとかではないんだろうか?



 リトがそれを口にするとエルは爆笑した。



「あっはっはっはっはっはっはっは〜ぁそれならメルでもいいでしょ〜?」



 確かに



 リトがタジタジするとエルは再びメガネを直して



「僕はね、レノくん。君に魔法を教えるために着いてるんだよ」



 ニヤリと笑った。






 道から外れてしばらく歩くと雪から柔らかい下草のはえた地面に変わった。


 枯れずの森は外が雪に囲まれている中ぽっかりとそこだけ春かのような森だった。


 森に入ると団員はそれぞれバラバラに探索を開始して離れていった。リトとエルも探索を開始する。



「僕に……魔法を……?」



 リトは再びそれを口にした。信じられない気分だった。



「そうだよぉ!ヨイヤミに頼まれてたんだぁ。いやぁ実はこれが楽しみでしかたなかったんだよぉ〜。

 君は今まで特殊な魔法しか使えなかった。余りに特殊過ぎて他の魔法を使うためのコントロールは一切できていなかった。

 そうだねぇ?」



 リトは激しく頷いた。



「だが今はどうだい?魔銃に込める魔力を調整できるようになった。

 魔法を使うにはもっと微細なコントロールが必要にはなるけど、体から魔力を切り離す加減が少なくとも以前よりは格段に出来るようになってるってことだよぉ〜!素晴らしい!」



 エルがバンザイをする。



「君程の魔力を眠らせとくのは勿体なさ過ぎるよぉ〜!僕と一緒に頑張ろぉ?」



 そう言ってエルはにっこり笑って両手をリトの方へ突き出した。リトも大きくにっこりして同じようにする。


 エルはリトとハイタッチをした。



「それじゃぁまずはお手本を見てもらおうかな」



 その言葉にリトはハッとした。足元にいつの間にか濃い影が出来ていた。


 次の瞬間影は津波のように大きく盛り上がり、二人を飲み込んだ。


 飲み込まれた先はまとわりつくような闇に満たされていた。遠くに仄かな光が見える。



 あれが核だろうか。



 リトとエルはしばし緩やかな自由落下の後、同時に底へ降り立った。



「ルクス」



 エルが一言呟くと頭上に小さな球体型の光が現れた。闇の中を照らす。



「それじゃぁ行ってみよ~」



 核の側に闇から滲み出るようにしてエルとリトの形をしたものが現れた。


 ガーディアンエルが呪文を詠唱し始めて、ガーディアンリトが魔銃を撃つ。


 リトはエネルギー弾を最小限の動きで躱す。エルは躱そうとして転けた。弾がエルの上を通り過ぎた。



「いたた……。レッスンその一~。

 魔法はねぇ、想像力だよぉ~。何を、どこへ、どうしたいか。それをしっかりイメージしなきゃ発動しないんだぁ。

 あ、シールド」



 ガーディアンエルが拳大の火球を流れ星のように降らせてきた。


 エルは慣れているのか、何事もなかったように説明して、そのまま片手間に短く唱えた。

 二人の前に半透明な膜が現れてそれを防ぐ。



「あの、これ一撃必殺じゃないからまずいんじゃ……」



 不安そうなリトにエルがふにゃりと笑ってみせる。



「だぁいじょうぶだよぉ~。これくらいは既に皆やってるし読み取られてるから問題なし~。

 今回は比較的簡単な炎の魔法で行こうかぁ。」



 エルが両手を真っ直ぐ前に突き出した。



「「炎」を「核」へ「飛ばして破壊したい」。

 これをよく念じながら呪文で魔力を練り上げる。」



 ガーディアンリトがシールドを破れないと悟り、走って向かってくる。



「いざあらわるは地を焼く業火の力。紡ぐ言葉にて導き滅さん。昏らき闇の中枢へ」



 流れるように唱える。ガーディアンはもう目前だ。


 エルの外套が風もないのにぶわりと巻き上がった。



「灼熱の業火」



 最後の一節を唱えると同時に真っ赤な火球がエルの両手の目の前に現れ、一瞬で収縮した後、眩い光を放ちながら闇を一直線に駆け抜けた。


 一陣の風が吹きすさぶ。


 火球はガーディアンを消し飛ばし、核を粉砕すると、跡形もなく宙に溶けた。核がパラパラと落ちる。



「ちょっと張り切っちゃったぁ。

 どぅ?かっこよかった?」



 エルがコテンと首を傾げて訊く。


 風に吹かれて頭が揉みくちゃになったリトはコクコクと頷いた。エルは笑いながら素早く砕けた核を回収した。



「さて、そろそろだよぉ」



 エルがそう言うといきなり地が波打った。急激にせり上がる感覚。


 気がつくと元いた場所に吐き出されていた。






 リトの祖父、マーリンは自身が受けた呪いが解けてからというもの、リトに魔法を伝授しようとした。


 だがその頃のリトの魔力コントロールは本当に酷いもので、コップ一杯の水を出そうとして隣街まて水浸しにしてしまった。


 それからというものリトはマーリンにより、魔法の使用を禁じられていた。



「あっはっはっはっはっはっはっはっは~」



 その事をリトが話すとエルは爆笑した。



「はぁ~笑った笑ったぁ。大丈夫大丈夫。

 魔法が発動しなかった訳じゃないだけマシだよぉ。加減を覚えていけばいいんだもの」



 エルは丸メガネを押し上げて涙を拭う。



「でもやっぱりお祖父さんのやり方は間違ってないよぉ。実践形式で覚えてくのが一番だからねぇ。

 じゃぁレッスンその二~。呪文について。慣れていけば短い単語でもできるようになるけど誰もが最初は通る道だよぉ」



 森の中を歩きながらエルが説明する。



「呪文はレッスンその一で言ってた、何を、どこへ、どうしたいか、を示すもの。

 長~い言葉を並べればその分だけ細かな指定ができる。

 さっきの灼熱の業火の呪文はあれでもだいぶ端折ってたんだぁ。」


「覚えなきゃいけない言葉が山ほどありそうですね」



 リトが考え込みながらつぶやくとエルはケラケラと笑いだした。



「あははは呪文はなんでもいいんだよぉ。ふっとべとか潰れろとか。」



 リトは勢いよくエルを振り向いた。



「どういうことです?」


「実はねぇさっきの呪文はかなり格好つけたんだ。

「何を」、「どこへ」、「どうしたいか」。これを押さえておけば後は想像力と魔力の練り上げでなんとでもなるんだよぉ。」



 エルはズレた丸メガネを直しながら説明を続ける。



「呪文はイメージを膨らませる補助道具みたいなものなんだぁ。

 だから特定の言葉じゃなくても大丈夫。自分のイメージしやすい言葉をチョイスして、作っちゃっていいんだよぅ」



 リトは目を丸くした。エルはふにゃりと笑って



「君のお祖父さんはオーソドックスにいこうとしたんだねぇ」



 と付け加えた。



「ファイアーボール」



 エルが手のひらを上にむけて一言呟くと小さな炎の塊が現れた。



「君がこの魔法を使う時、何を連想したらいいと思う?」



 エルが問う。リトはうんうん唸りだした。



「火……球体、浮く?あ、小さくしなきゃ。それで……えっと、自分には熱くない……?」


「中々面白い発想だねぇ。自分の魔力で生み出した炎や氷は直には自身に影響を与えないんだよぉ~。

 他にはあるかなぁ?」



 エルはにこにこしてリトを見つめる。リトは他に思いつけなかった。



「そうだね、「手のひらの上に留める」っていうのが抜けてるよぉ」


「あ」



 エルの指摘にリトが小さく声を上げた。



 確かにこのままではどこへ飛んでいくやら分からなかった。



「まずは君の魔法を見てみたいなぁ。じゃぁお次は実践してみよ~」



 薮を乗り越えた先にグラトルシャドウが口を開けて待っていた。






 再び纏わり付く闇に落ちた二人にガーディアンが襲いかかってきた。エルがすかさずシールドを張る。



「それじゃぁ、適当な呪文でさっきの火の玉出してぶつけちゃってぇ」



 リトはギョッとした。



「そんな!まだ心の準備が……!」


「実践、実践〜。ほらほらイメージしてぇ」



 そう言われてリトは慌ててイメージを膨らませる。エルはするりと杖を取り出して追加のシールドを張った。



 小さい火の玉。核へ飛ばして……ぶつけて?そして破壊する。これだ。



 リトは目を閉じて魔銃に魔力を込める感覚で、魔力を練りながら叫んだ。



「小さき炎よ!我が手より出て玉となり核を破壊せよ!」



 目を開ける。リトのマントとエルの外套が巻き上がる。



「ファイアーボール!」


「嵐絶堅牢壁!」



 リトの声に被せるようにエルが叫んだ。



「え?」



 叫ぶと同時に間の抜けた声を上げるリトをエルが覆い被さるように引き倒す。



 次の瞬間もの凄い轟音と衝撃、炎の嵐に飲み込まれた。


 そして気がつくと森に吐き出されていた。


 エルとリトがゆっくりと顔を上げる。



「ケホッ……。いやぁ〜ただのファイアーボールが凄い威力だ。

 やっぱりグラトルシャドウは理想の練習相手だよぉ」


「コホコホッ。す、すいませんでした!」



 リトが顔を青くしながら謝るとエルは笑って立ち上がった。パンパンと服を払って草を落とす。外套の裾が焦げていた。



「だぁいじょうぶ大丈夫。

 これぐらい想定の範囲内さぁ〜」



 と言ってリトに手を差し伸べた。リトが手を取ると見かけによらない力強さで引っ張って立たせた。



「本当だよぉ。君の魔力が凄いのもコントロールが未熟なのも織り込み済み。

 だからグラトルシャドウを練習相手に選んだんだし、防御魔法も準備してた。そぉんなに青い顔しないの。」



 エルはふにゃりと笑ってリトの背中を叩いた。リトは力なく笑い、礼を言った。



「でもなんでグラトルシャドウが練習相手に向いてるんですか?」



 リトが問うと



「それはねぇ、魔法が暴発しても結界のおかげで、外には影響が出ないからだよぉ」



 エルはあっけらかんとして言った。

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