第四十七話 誘拐
「ファイアーボール!」
リトの声が響き、炎が宙を駆け抜ける。炎は核に命中して爆散させた後宙に溶けて消えた。
腰まで氷漬けにされていたガーディアンがどろりと溶けて消える。
エルは散り散りになった核を集めた。
「うん。完璧。レノくんは凄いなぁ〜。
世界広しといえども、これほどやりがいを実感できる師匠は僕以外いないだろうねぇ!」
二人で地上に戻るとエルはリトの頭を撫でた。
リトはこの二週間でムラはあるものの、とうとうコントロールを物にし、通常のプロセスとは異なるが詠唱破棄まで出来るようになっていた。
氷の他に炎と風の雷と、土と水の植物の複合魔法が使えるようになった。
「コツを掴むのが早かったねぇ!」
エルとリトがハイタッチをする。
「エルのおかげです!複合魔法の練り方を何度もお手本を見せてもらったので!」
リトが顔を輝かせる。
「それだけでコツを掴めちゃうのが君の凄い所だよぉ〜」
エルはうんうんと頷いて、ふにゃりと笑った。
「今日はそろそろ集合がかかるだろうからおしまいにしして、次回からは少し魔法のレベルを上げてみるよぉ。
まぁレノくんの場合初級魔法でこの威力だからあんまり要らなく感じるかもだけど、攻撃だけじゃなく魔法のより繊細なコントロールを身につけて、幅を広げていく目的もあるからね」
その時、通信具から連絡が入った。
『切り上げるぞー。各自門の前まで戻ってこーい』
二人はにっこりと顔を見合わせて笑うと、意気揚々と集合場所へ向かった。
二日後の午後の訓練。
今日のリト相手はいつぞやの紫髪だ。
「ちっ」
またしてもあからさまな舌打ちをされる。
「よろしくお願いします」
それでもリトはめげずにぺこりと頭を下げた。
体を起こすといつの間にか後ろに来ていたエルが屈んでリトの耳元に囁く。
「今日はレッスンの成果を見せてやりなよぉ」
リトはびっくりして振り向いた。紫髪が怪訝そうな顔をしている。
「君の魔法は既に対人に使っても問題ないんだから使わなきゃもったいないよぉ。
何を使うかは君に任せるけど」
そう言ってエルは離れた。ふにゃりと笑って手を振る。
「頑張ってぇ〜」
リトは頷いた。
「ママのおっぱいは吸い終わったか?」
紫頭が挑発してくるが気にしない。
リトはサイフから銅貨を取り出した。無言で投げる。
銅貨が回転しながら落ちていく。
地に落ちるや否や二人は動きだした。
紫頭が大剣を抜いて距離を詰めてくる。リトは魔銃を抜いてその足元を見つめて一言呟いた。
「アイスバーン」
瞬きをする。パキンと音がして紫頭の脚と周囲十メートルが凍った。
紫頭が驚いた顔をして体勢を崩す。それほど深く凍らせてないからその動きで紫頭の脚の氷が砕ける。
紫頭の胸部と脚にリトが放った威力弱めのエネルギー弾が命中した。
紫頭は解放された足で何とか踏ん張ろうとしたが、そのせいで更に滑って転けた。リトの前まで滑ってくる。
リトはその頭に魔銃を突きつけた。紫頭は唖然とした顔で銃口を見つめた。
「いやぁ〜おみごと!さっすが僕の弟子!!」
エルがリトの横にやってきて拍手する。そしてニンマリと笑って紫頭を見下ろした。
「おんやぁ?おかしいなぁ?二週間前に大口叩いてた人はどこにいっちゃったんだろうねぇ〜?」
エルが
「こぉんなに弱かったら、直すところがないなぁ〜。でも僕らは優しいから弱い君に塩を送ってあげるよぉ〜」
そう言って紫頭に顔を寄せる。
「君の敗因はねぇ、魔法使い舐めすぎ」
エルはニィッと満面の笑みを浮かべた。
「「魔法使い舐めすぎ」じゃ、ねえよ」
「いたぁっ!?」
いつの間にかエルの後ろに立っていたヤツラギがエルの頭を叩いた。
「エル!お前が、試合に、参加する時、何をするか、言ってみろ!」
「痛っあ、痛い!団長ぉ痛いです!あ痛っ!」
ヤツラギがにこやかな笑顔のまま一言ずつエルの頭に手刀を叩き込む。
「魔法使いの、お前が、参加する時には、一瞬で決着が、着くから、開始十秒と、杖と、範囲魔法は、使うなって言ってんだろうが!!
弟子にそれをさせてどうする!!!」
ヤツラギはエルの主張を無視して手刀を食らわせ続け、とうとうエルの頭を抱え込んでこめかみを拳でグリグリしだした。
「あ、痛たたたただだだだだ!!痛い!団長!!痛い!!!」
エルの悲鳴が響き渡る。
とても痛そうだ。
「いいかレノ。こうなりたくなかったらお前も開始十秒と、杖と、範囲魔法は使うなよ」
リトはコクコクと頷いた。小さく手を上げる。
「範囲魔法ってどのくらいの規模のものを言いますか?」
「そうだな半径三十センチ以下だ。それ以上は範囲魔法とみなす。」
なるほど。つまり片足だけ凍らせるとかならいいのか。
リトが再び頷くのを見届けてヤツラギはやっとエルを解放した。
エルはヨロヨロとヤツラギから距離を取ってズレたメガネを上げた。
「団長酷いぃ……」
と呟いて涙を拭った。
次の日。
けたたましい音を立てる目覚ましをリトは止めた。ベッドから起き上がる。
時計を見ると午前の少し早い時間。
眠たい……非常に眠たいが今日はやることがある。
ベッドから速やかに降りて顔を洗って着替えると急いで目玉焼きとトーストを焼いて食べた。
明日一日使って夜の巣に帰るつもりだ。今日は初給料で皆へのお土産を買いに行くつもりだった。
皆元気かなぁ……。
こんなに長期間顔を合わせないことは今まで無かった。そう思うとより一層恋しくなった。急ぎ足で部屋を出て戸締りする。
一番先にトーヤの薬草屋に向かった。北でしか取れない薬草や木の実、角などを買う。オルガへのお土産だ。
一風変わった風味がするとトーヤのオススメの体にいいタバコ草はダグじぃへ。
香辛料にもなる珍しいハーブはノーマンへ贈ろう。
次に本屋へ向かった。カティとエドワードに写真集を買う。中身はまぁ……お察しだ。
今度はメルに教えてもらったお菓子屋さんへ足を向けた。ヨルや、ルナへのお土産を買うつもりだ。
ヨルには孤児院の皆んなと食べられるようなたくさん入った焼き菓子と、綺麗な籠に入った砂糖菓子を買った。
ルナには可愛い小鳥の絵の入った小箱のキャンディ。
他のメンバーへも焼き菓子を数種類。一人一つまでと張り紙して、食堂に置いておくつもりだ。
大量に買った焼き菓子をポーチに流し込むようにして入れるリトを、店員が珍しいものでも見るかのように眺めている。
そこでふと、アカツキへのお土産がまだだったことを思い出す。北に居た事があるということだし、本もリトより詳しそうだ。
薬草は何か違うし、何がいいのか思いつかなかったのだ。
甘いもの……好きかな?
黒い箱に赤いリボンがかけてあるチョコレートの前で少し悩む。
何か違うな……。
店を後にした。そのままあちこち歩いて見て回り、アンティークショップで足を止めた。
ショーケースの小さなオルゴールが目に入ったからだ。店に入って見せてもらう。ネジを回すと心地よい音とメロディが流れた。
しばらくその音色に聴き入って買うことにした。
アカツキのお土産に決めたのだ。
お金を払ってポーチにオルゴールを仕舞うと、近くにあった時計を覗き込んだ。お昼を少し過ぎた時間だ。
結局買い物に午前中いっぱい使ってしまった。
それでも買ったお土産に満足しながら店を出ると、ちょうどエルが通り向かいを通りかかった。
珍しいことにメルを連れていない。
馬車が通り過ぎるのを待って、声をかけようとした時、エルが人に話しかけられた。
「もし、君。ちょっと道を尋ねたいんだが……」
身なりの良さそうな六十代くらいの男性がエルに道を尋ねた。
「はいはい、いいですよぉ」
「この道を通ってこの店へ行くにはどうしたらいいかね?」
男性が地図を見せる。
「あ〜それなら僕が案内しますよぉ」
「悪いね。実は人を待たせていてね。急いでたんだ。助かるよ」
「いえいえ〜」
と話をして、エルが先導し始めた。路地に入っていく。
リトはちょっと迷って、こっそり着いていくことにした。
案内が終わったら、もしかして一緒にご飯を食べられるかもしれない。
そう思ったのだ。
路地を幾つか通り過ぎて、二人は角を曲がって行った。
「スタン」
「うっ」
唐突に角の向こうから短い呪文とエルの短い呻き声が聞こえた。リトは駆け出した。
嫌な予感がする。
角を曲がると、複数の人が居た。素早く状況を確認する。
身なりの良い男性の他に体格の良い男が二、三人。
その内の一人が身動きが取れない様子のエルを羽交い締めにしていた。
男の一人がリトに気がついた。
「アイスバーン!!」
男が声を上げる前にリトは駆けながら叫んだ。瞬きをする。
パキンと地面が凍り、エルを含めた男達全員の足を氷漬けにした。
「スパーク!!」
エルを避けた一帯に小さな電を発生させる。紫電が走り、男達が崩れ落ちた。万が一エルを巻き込んだ場合を考えて威力は低いが一時的に麻痺させるには充分だ。
残る一人、エルを羽交い締めする男に向かって勢いよく跳躍して顔面に蹴りをお見舞いした。
男が吹き飛び、エルが崩れ落ちる。
リトは地面を転がって勢いを殺すと、すぐさまエルに駆け寄った。足元の氷を砕く。
「エル!大丈夫ですか!?」
「レ……ノ……く……」
リトが支えるもエルはガクガクと震えてて力が入らない様子だった。
一体何をされたんだろう。
滑らないように気をつけながらエルの腕を肩に回そうとしたその時、ヒュッと空を切る音がし、後ろに引かれて首が締まった。
「ッ……!?」
声が出ない。
「なんだこのガキは?」
リトの背後から声が聞こえた。首に手をやると細い糸のようなものが巻き付いている。
外そうともがくが、首を掻きむしるばかりだ。
「知り合いのようだ……それも親しい。助けに飛び込んできた」
いち早く麻痺から回復した様子の身なりのいい男が答える。
しまった。まだ仲間が居たのか。
何とか後ろを振り向くとかなり明るい銀髪の男が立っていた。その後ろから人がバラバラと駆けてくるがこの状況を見て動じた様子はない。
テキパキと麻痺した仲間を回収してエルを拘束する。
「なら連れていくか。どうせ言うこと聞かすのに一人要るんだったんだ。丁度いい。」
リトは銀髪の男を蹴飛ばそうとした。すると今まで加減されていたのか、首が更に締まって足がギリギリ着くか着かないかの所まで持ち上げられた。
「気をつけろ。詠唱破棄で魔法を使う。」
「問題ない。枷の予備がある」
息ができない。頭がガンガンと鳴り始めた。
腰に手を伸ばし、魔銃を抜こうとする。
「おっと、やるな。でもさせないぞ」
男の手が紐から離れて、リトの両腕を捕まえた。地に足が着く。
崩れ落ちそうになるのを堪え、体を捻り蹴りを放った。男はリトの腕を捕まえてた片手を離して今度は足を捕まえた。
「元気だな。おい、やれ」
「スタン」
銀髪の男の命令とほぼ同時に呪文が唱えられ、激しい痛みと共にガクリと力が抜けた。
地面に倒れ込むとそのまま押さえつけられる。
見るとエルが同じように押さえつけられて口に何かの瓶を突っ込まれていた。
「薬は?」
「ここにある」
抵抗しようにも体がまるで自分のものじゃないみたいに言うことを聞かない。
こじ開けられた口から瓶が突っ込まれて、冷たい液体が流れ込んできた。溺れそうになって咳き込み、嚥下してしまう。
朦朧とする意識の中、青ざめてぐったりとしたエルが棺桶のように細長い箱に詰め込まれるのを見た。
「それじゃあ、着いたらまた会おう」
そう言った男の声を最後にリトの意識は途切れた。
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